無意味なシミュレーション

「おっ」


 ふらりとサークル室に入ると、誰もいない。机の上には、紫色をした毛糸の……何だろこれ。マフラー? それともネックウォーマー。スヌードかなあ。とにかく防寒具には違いなさそうな物が置いてある。

 結構よく出来てると思う。あー、いいなー、寒いしなー、こーゆーのがあったらいいと思うんだよなー。買ったらいくらくらいするモンなのかなー、1000円から2000円くらいであったらいいんだけどなー。

 あっ。糸が一本ちょろりと。おいおい大丈夫かよ。切った方がいいんじゃねーの。おーおーおー、あー、マズイマズイ解ける、あーっ! ヤバいヤバい! つかこんな脆いのかよ!


「うわっちゃあ~……」


 さっきまではちゃんと形を成していたけれど、ほつれたのをどうにかしようと奮闘していたら原型がわからなくなってしまった。もちろんアタシに編み物とか裁縫の技能は家庭科レベルくらいしかない。つか誰のだよー、どうすっかなー、弁償かなあ。ちょっとシミュレーションしてみるか。


「ゴメンまっつん! 糸はみ出てたの処理しようとしたらこんなんなっちゃった! ゴメン! あー、いいよ千鶴、新しいの買うから。あっ、まっつんそしたらクリスマスプレゼントの体で買おうか!」


 まっつんなら温厚だし、ちゃんと謝れば許してくれる可能性は大きいな。ハマちゃんはどうだ。


「ゴメンハマちゃん! 以下略! あー、ツルさんマジすかパねえっす!」


 ……ダメだ。ハマちゃんには何を言ってもマジパねえって返って来るイメージしか持てない。予測不可能、未知数だ。えーと、一番想定したくないけど、一応宏樹もシミュっとくか。


「あー、悪い宏樹、以下略。 は? 朝倉何やってんの。俺の私物をこんなにしてくれたからにはわかってるよね。は? そんな大事なモンならこんなトコに置いとくなっつーの。朝倉何言ってんの、そもそも朝倉が触らなきゃこうはならなかったんだけど」


 だああああっ! いくらアタシが悪いっつっても宏樹はどこまで行っても宏樹だったああああ! えー、どうすっかなー、まっつんに賭けるしかねーな!


「あったかいノンカフェインがあってよかったねヒロ」

「でもさあ、ここから遠いんだよ」

「あっ、千鶴。来てたんだ。おはよう」

「オ、オハヨ~……」

「朝倉、いつにも増して変だけどどうしたの」

「べ、別に~」

「あっ、俺の腹巻がない」

「えっ、どうするのヒロ、気に入ってたのに」


 うわあ最悪のパターンかよ! うわ、宏樹のじとっとした視線が突き刺さる!


「朝倉、出さなかったらわかってるよね」

「うっ」

「また随分と派手にやってくれたね」

「糸がさ、1本はみ出てたんだって! 処理しなくていいのかなーってちょっと引っ張ったら……こんなことに……悪気は、なかった……です。すみません」

「自分で買った物だったらもっと怒ってるけどさ。これ、一から作ってもらったヤツなんだよね。どうしよう。謝ったらもう1回作ってくれるかな」


 ダメになってしまった腹巻を前に、宏樹はどうしようと頭を抱えている。まさか一から手編みで作ってもらった物だとは思わなかったし、そんなに大事な物だったとも思わず。無表情ながら悲しそうだし、大変なことをしてしまったなと今更ながらに思う。


「そしたらアタシがその人に謝るし、もう1回作ってもらえるように頼む!」

「いいよ、そこまでしなくても」

「いんや、腹巻だろ? やらかしたトコを冷やさないようにっつーことじゃんか。宏樹の場合はガチで命に係わるし。さあ! 親か、女か!」

「いいって」

「よくない」

「……朝倉の気が済まないなら、毛糸だけ買ってくれる?」

「お安いもんだ」

「あと、朝倉さんにチクっとくから。精々正月の親戚付き合いでネタにされればいいよ」


 ちょっとでも下手に出たアタシがバカでしたよ! やっぱり宏樹は宏樹だった! よりによって秀悟にチクるとか、自分の手を汚さずにアタシを叩きのめす気マンマンじゃねーか!


「……宏樹テメ~…! 絶対許す気ねーじゃねーか!」

「当たり前でしょ。気に入ってたのに。さ、毛糸買いに行かなきゃ。松江、朝倉連れて俺の後ろについてきてくれる?」

「わかったよ」

「はあ!? お前の助手席にアタシが座ればいいだけの話だろーが!」

「あんな狭い空間に朝倉と2人でいたくないからね」

「宏樹テメー表出ろ!」

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