サンタクロースは慌てない

「長谷川、てめェ何のつもりだ」

「ユーヤぁ、テメーこそ年長者に対する口の利き方っつーのがなってねーなァ、あァん?」


 さあ今日もバイトだとロッカーを開けた瞬間、制服が真っ赤なサンタクロース装束になっていた。そんなことをしやがったのは間違いなく10何センチ下から下衆い目で嘗め上げてくる長谷川だろう。

 年長者と言うだけあって、歳は奴が2コ上だ。音楽系の専門に行った後、バンドで飯を食ってくことを目指してるギタリスト。最初は音楽の話とかで意気投合してたが、如何せん性質が悪すぎる。


「毎度おなじみ季節の衣装だろうがよ」

「百歩譲って帽子はかぶるにしてもだ。その他の服は絶対着ねえからな。動きにくいだろうが普通に考えて」

「余裕だろうが」

「年長者風吹かせて車の鍵持ってくてめェには確かに余裕かもしれねえが、基本原付の俺がンなことやってたら不審者極まりねえだろうが常識で考えろ」


 ウチのバイト先では、イベントごとに配達スタッフがそれっぽい衣装に身を纏ったり、それっぽい小物を装着して客先に出向く。クリスマスならサンタだし、ハロウィンならそれっぽい仮装をして菓子の小包を配る。

 どうしてそんなことが始まったのかと言えば、長谷川の思いつきだ。その思い付きを店長が「それいいね!」などと採用してしまってから2年ちょい。多少無理にでも行事をコスプレイベントにして現在に至る。

 長谷川は髪が長く顔も中性的で、割と何でも無難に着こなしてしまう。だからこそこの店の連中が調子に乗るっていう部分も少なからずあるのだろう。スカートまで履きやがる。だけど、それを俺に強要するなと。

 まあ、理屈としてはわからねえでもない部分はある。注文してきたのが家族だった場合に、コスプレをしていた方が子供受けはいい。ただ、問題は俺がそれを求めていないというところと、何でもかんでもネットで拡散しようとする連中だ。


「時期が時期だし許されるだろ。オラ、諦めて着ろ。じゃなかったらお前今日全裸で配達することになるぞ」

「ふざけんな」

「全裸かサンタか、どっちを選ぶんだろうなあユーヤは」

「野郎」

「お前みたいな奴に無理やりコスプレさせんのが楽しいんだよなあ」

「帽子だけじゃダメなのか」

「服も着ろよ、何もスカート履けっつってるワケじゃねえんだ」

「スカートなんか履かせようモンならぶっ飛ばすぞ」

「おー怖っ、さすが元ヤン」

「てめェ誰が元ヤンだ。ヤンキーだったことなんか一度もねえぞ」


 まともな生活を送ってなかった頃なら確かにあるが、ヤンキーだった覚えはない。学校にもちゃんと行ってたし、成績だって自分で言うのも難だが学年上位をキープしてた。

 それはともかく、何だって俺がこんな格好。帽子までならまだいい。なのに、衣装は全身しっかり揃えられているし、制服は行方知れずになっている。正直、制服が出てこないなら名札だけつけて今着てるこの服で配達したい。


「ちょっとー、誰ー? 制服こんなところにー!」


 すると、どこからか飛ぶおばちゃんの声。普通ならあるはずのないところから出て来る制服。ということは。俺のかどうかはわからないけど、とりあえず返事をしてみる。


「柏木さん、それ俺のかもしんないっす」

「あっ、高崎くん? 管理ちゃんとしてー!」

「スイマセンあざっす! 長谷川、残念だったな」

「これで終わると思うなよユーヤ」

「マサちゃんまた高崎くんで遊んでたの」

「だってリアクションがいちいちおもしれーんすもん」


 おばちゃんから制服を受け取って、無事に着替える。うん、確かに俺の制服だ。ただ、「また高崎くんで遊んでたの」っていうこの文言にはちょっと引っかかる。俺はコイツの遊び道具かっつーの。


「なあユーヤ、さみーし風呂いかね?」

「行かねえ」

「酒飲もうぜ」

「飲まねえ」

「拗ねんなよーちきしょうかわいいなーお前は」

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