as for anything
12月9日、今日は菜月先輩の厄日なのではないだろうか。せっかくの誕生日にも関わらず早朝、部屋に不審者が侵入。そして至る現在、夜10時過ぎ。ほろ酔いで少しでも気晴らしになっているかなと思った矢先。
「うう、わーん!」
「菜月先輩大丈夫ですよ。落ち着いてください」
「うう、ぐすっ、すん」
悲鳴が聞こえたから何かと思えば、菜月先輩の手元にはずぶ濡れになった携帯電話。その画面は黒く、ご臨終になられた模様。スタミナ面でかなり優秀だったらしい相棒とこんな形でお別れすることになるとは思いも寄らなかったことだろう。
どうして俺が菜月先輩の部屋で一緒にいるのかと言えば話は長くなるけど、元々飲み明かす約束をしていたところに今朝の事件だ。今日は護衛という意味合いでも先輩のお宅で夜を明かすのがよろしいだろうと。
ぐすぐすと泣きじゃくる菜月先輩を、よしよしと宥めるしか出来ない。果たしてこうまでになっているのは携帯が水没したからなのか、見た目以上に酔っているからか、抑圧された物が解放されているからなのかはわからない。
「本体がおじゃんでもバックアップを取ってあればデータなどは引き継げると思いますし、大丈夫ですよ」
「写真とかは、大丈夫。現像もしてあるし」
「さすがのマメさです」
「だけど……ううっ」
「音楽データですか?」
「それは、パソコンにある」
「ですよね。それでは、何がそこまでショックなのでしょう。新しい機種にすれば今までよりもっと綺麗な写真を撮れますし、音楽だっていっぱい入ります。音質だってよくなりますよ」
そういう、物質的な問題じゃないにしてもだ。何とかして気を散らさないと、と適当なことを並べ立てる。そしてまたぐすぐすと泣きじゃくる菜月先輩に、俺は大丈夫大丈夫と根拠も何もない言葉を投げかけるのだ。
「メール……」
「メール?」
「バックアップ取ってなかった……お前とのメール、たまに読み返してたのに」
ナ、ナンダッテー!?
(ナンダッテー……ナンダッテー……ナンダッテー……)
いや、ホントマジでナンダッテーだよ! セルフ山びこ、ミキサー的に言えばエコーかけちまうくらいにはナンダッテーだよ! まさか俺とのメールを読み返していただいていたとは! でもってそれがおじゃんになったことがショックだなんて!
ちきしょう可愛いじゃないか…! なんかもう最近の菜月先輩はもはや死語かもしれないけど俺のことをキュン死させようとしてるんじゃないかとしか思えないぜ! あ~、マンガやドラマもいいけどやっぱ菜月先輩に勝る物はなし!
「メール、ですか」
「先の約束があったり、言動のウラを取るとか、証拠になる」
「少々物騒な聞こえ方なのは措いておいて、気持ちはわかるだけに何とも」
何を隠そう、俺も全く同じことをしているのだから。菜月先輩とのメールを読み返してはニヤニヤしてしまうのだ。いや、菜月先輩はニヤニヤされないとは思うけど、少なくとも俺は菜月先輩とのメールはうっかり消さないように保護している。
「あっ、それでは、明日の収録後に携帯の機種変に行きましょう。元々出かける予定でしたし」
「でも、今変えるとしたらスマホにせざるを得ないだろ? 変えるつもりなかったから情報もないし、全然わかんないんだけど」
「何のために俺がいるんですか。偏屈理系男と呼ばれた本領をここで発揮せずしていつお役に立つのかと」
「そ、そうか。お前がいたな。頼りにするぞ」
「お任せください! そうとなればさっそく俺の端末で下調べをしましょう。料金プランもきっと変わると思いますし。申し訳ございませんが、充電器を挿してもよろしいでしょうか」
「どうぞ、コンセントは好きなだけ使ってくれ」
「では失礼します」
こうして、手のひらサイズの端末を2人並んで覗き込むのだ。今の俺に出来ることをするだけだ。微力ながら菜月先輩のお手伝いが出来ればそれはとても幸せなことだ。こうして明日のことを考えるだけで、先の恐怖などを紛れさせることが出来れば。
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