幽霊の権利
「石川先輩福井先輩、お久し振りです」
「久し振り」
「久し振り……」
珍しい奴に会ったなと思う。昼飯時の食堂だから、誰が現れてもおかしくないとは言え。偶然居合わせたツカサをそのまま捕まえ、同じ席に座らせる。これから始まるのは情報収集だ。
「ツカサが娯楽班の班長になったって聞いたけど」
「そうですね」
「どう、やってみて」
「まだまだこれからです」
「だろうね」
代替わりをしたとは言え、3年に上がってからが本番のような物だ。今いる2年生の誰が進級に伴って失踪しないとも限らないし、こればっかりは何とも言えない。尤も、進級に伴って幽霊になった俺と美奈に言われるのも癪だろう。
このツカサという後輩は元々大石よりは俺とウマの合う性格をしている。だからこそ適性という意味でも定例会よりは対策委員だったんだろうとは思う。ツカサは大石のやり方で大丈夫なのかと去年の今頃からずっと不安視していた。
そもそも大石のやり方というのは「誰も傷つけない方法を探しましょう。それが見つかるまでみんなで話し合いましょう」というやり方だ。言い方を変えれば全員に妥協させるということだ。
ただ、効率が悪すぎる。全員の発言を引き出すことすらままならない。元々大人しい性格をしたメンバーが多いUHBCでは、誰かがリーダーシップを発揮してぐいぐい引っ張っていくくらいの方が早く確実に丸くまとまる。
「まあ、ツカサだったら今より悪くなることもないだろうから、思うようにやって大丈夫だと思うよ」
「……徹、それはまるで、今が悪いと……」
「美奈、それは語弊がある。いや、俺を陥れる悪意か?」
「大石先輩の場合はバックボーンが特殊なのでああいう感じになったんだなーってバタやんの件で察しましたし、考え方は理解出来ませんけど器の大きさは見習って行きたいなと。俺はちょっと短気なところがあるので」
「え、津幡の件で何か動きがあったの」
「話すと長くなるんですけど、端的に言えばあの人と別れました。それで、今は少しずつサークルにも復帰しつつあって」
「あ、本当。よかったな」
「ホントですよ」
津幡は青女の闇からようやく解放されたらしい。今度福島さんでも誘ってそっちで何か動きでもあったのかどうか聞いてみよう。そうとなったら紅茶のおいしい店を調べておかないと。
それはともかく、津幡の件でツカサは大石を相当責め立てたらしい。端的に言えば、お前は本当に津幡のことを考えて「別れるように言うことは出来ない」などとほざいているのかと。まあ、ツカサも情に厚すぎるところがあるけど、大石も大石だ。
「まあ、その他諸々、大石先輩には酷いことを言ったんですけど、大石先輩は怒らないどころかそれを全部受け入れて。俺がサークルをまとめるなら安心だなんて言うんすから、ホント、何なんですかねあの人」
「器がデカいって言うかザルなんじゃないのか」
「……徹」
「こほん」
ツカサ曰く、津幡が心身の健全を取り戻す方に向かい始めたのは大石の働きが大きかったとのこと。津幡は大石に叱られて目が覚めた、と。ツカサは津幡が本格復帰出来るように環境を整えることを大石から頼まれたそうだ。
「大石って人を叱れるのか」
「いや、想像は出来ないっす」
「……想像には、難くない……」
「美奈」
「彼の場合、大切な人の命に関わるケースであれば……私たちより思うところはある、はず……。皆平等に大事……だからこそ、傷つけたくないし、失いたくない……そういう考えがベースにある……」
性悪と呼ばれる俺にはとても理解が出来ないけれど、そういう考え方があるにはあるのだろうと。今後、大石が津幡の件を喋ることも、サークルの方針に口を出すこともないだろう。
「津幡の件があの無能の最初で最後にして最大の仕事ってワケか」
「……徹、最初、ではない……」
「ん? アイツが他に何をしたって」
「……私たちが、全部投げた時点で、通年の仕事を担っている……」
「間違いない。今年何もしてない俺らがアイツの仕事を評価する立場にはないな」
「……そういうことだから、来年、頑張って……」
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