nature the brute

 右を見れば頭痛に苦しみ歪む顔、正面を見れば鼻水をぐずぐずすする顔。左は咳が飛んでいる。MMP内で、風邪が流行しつつあった。これ以上何かあってはたまらんと、換気のために窓を開け放っている。


「どうしてこんなに風邪が流行ってるんだ」

「寒いからじゃないかい。と言うか、逆に菜月さんはどうしてそんなに元気なのか聞きたいよ」

「冬の風邪には強い方なんだ」

「夏の風邪には弱いのにね」

「ウルサイ」


 そもそも、偏頭痛持ちの圭斗が今回発症している頭痛は本当に風邪なのか疑わしい。どうせいつもの偏頭痛じゃないのか。いや、でも晴れてるしな。今回は本当に低気圧には関係ないのかもしれない。

 奥で鼻をずるずるすすっているヒロにしても、慢性鼻炎の延長じゃないのかと。ただ、マスクをしたノサカが「俺はコイツに風邪をうつされました」と被害を報告するものだから、きっとそうなんだろう。

 りっちゃんは喉を痛めたし、神崎も咳を飛ばしている。この2人も立派なマスク姿だ。奈々は熱が出て大学にも出て来れていないらしい。三井? さあ、アイツはバカだからどうせどこかをほっつき回ってるんだろう。とにかく、うち以外全滅。


「だいだい、ヒロは風邪っぴぎのぐぜしてバズグもだにもじやがらだいのが悪いんでず」

「ノサカ、何を言ってるのかさっぱりわからないぞ」

「ぼうじばげございばぜん」


 するとノサカはA4サイズのホワイトボードを手に筆談を始めた。どうやら、ヒロは風邪っぴきのクセしてマスクも何もしやがらないのが悪い、と言ったらしい。MMP風邪の感染源がヒロである可能性はイメージ的にも納得してしまう。

 そうこう話している間に、カンザキが大学祭で余った備品の紙コップを各人の手元に配り、水筒から謎の液体を注ぎ始めた。ほんのりと湯気の上がるそれからは、蜂蜜のような、柑橘系のような匂いがする。

 カンザキはノサカと同じようにホワイトボードを手にして「はちみつレモン風味の飲み物」と説明を入れた。「ショウガ入り」とも。いつもなら悪態をつきそうなりっちゃんすら、ホワイトボードに「あざーす」と素直に受け入れる。


「うまー」

「ん、美味しいよ」


 ホワイトボードを手にした2年生からも、「こーたのクセにうまい」と感想が上がる。と言うか気付けば2年生は全員筆談になってるじゃないか。元気なうちと、鼻や喉に影響が及んでない圭斗だけが普通に喋れる状態。


「カンザキ、これは普通に家でも飲みたいぞ。作り方を教えてくれ」


 さらさらとホワイトボードに箇条書きで項目が記されていく。市販のレモネードなどの希釈液にお湯を入れて、ショウガを入れるだけだそうだ。お好みでショウガの濃さを調整したり、ハチミツを足して味を調整するといいとか。これならうちにも出来そうだ。


「2年生が筆談してるのを見て思ったんだけど、圭斗、お前の風邪が頭痛タイプでよかった」

「ん、それは筆談になった場合僕の字が読めないという意味でかい?」

「それ以外に何がある」


 普通の風邪なら1週間もすれば波は引いていくだろう。そう信じて今はうちも備えるしかない。夏風邪であんなに苦しんだのに、冬も風邪をひくだなんて真っ平ごめんだ。早くこの流行が去るのを願おう。

 2年生がホワイトボード上で戦うのを眺めつつ、筆の速さとネタの引き出しの力量が現れるなあと恐怖すら覚える。りっちゃんの独壇場。筆談でもラブ&ピースは健在だ。いや、むしろ筆談だからこその切れ味もある。


「筆談になると普通に喋るのよりも頭の回転が求められるような気がするよ」

「まあ、りっちゃんは特殊だから。うちらじゃ太刀打ち出来ないだろうし、アナウンサーとしてはせめて喋りに影響の出ないように体調管理を頑張ろうか、圭斗」

「ん、そうだね」


 まさかこんな形でアナウンサーとしての基本を思い出すことになるとは。

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