フエルバクダン

「寝違えかな。ムチウチみたいな感じ。ちなみに、いつから?」

「今朝です」


 何ヶ月ぶりかの通院。今朝、起きると首筋から肩にかけて激痛が走ったからだ。今日はゼミ室泊で、寝床は固い床だった。だけど、それは今に始まったことじゃない。慣れてはいる。それなのに。

 上を見るのも、下を見るのも一苦労。当然、右も左も。日常生活に支障が出るのは大変困る。美奈は心配してくれたけど、例によってリンは人の不幸を笑いやがる。お前も寝違えてしまえ。


「寝違えの線が濃厚だね。ここは、痛い?」

「ちょっと痛いです」


 首筋から肩にかけて、より痛い箇所を探していく触診。グッ、グッと力が入れられ、どこが痛むんだと若い先生は俺の体を探っていく。痛い、そうでもない、ちょっと痛いなどと俺はポイントを伝える。


「ここは?」

「いってぇ! ……すみません」

「うん、ここ、すっごい凝ってる。凝ってるところを寝違えたから余計痛いんだろうね。石川君、痛み止め打つ? まあ、肩凝り酷いから電気かけとこうか」

「お願いします」

「肩凝りはパソコンとか? そういう系の学部だって言ってたもんね」

「まあ、そうですね」


 しかしまあいつ見ても同じ顔だ。いや、厳密には違うんだけど、親兄弟の顔だと思う。腰をやって以来、怪我の世話になるようになったのは高崎整形外科クリニック。あの高崎の実家だ。

 院長は高崎の親父さん。スポーツドクターをやっている一番上の兄貴との2人体制。日曜日も開いている病院としてありがたく通わせてもらって、腰は何となくよくなった。

 ……と思ったら今度は寝違え。腰のやらかしでコミフェを断念したのに引き続き、首・肩のやらかしでコミティカ(一次創作の即売会)を断念せざるを得ないのか。ああ、雨宮さんに何て言おう。


「この辺かな。刺すよ」

「……っ」

「はい、じゃあ電気かけるから奥のベッドに入ってくれる?」


 注射を打ったら、電気をかけるため診療台に腰掛ける。吸盤のような物を患部に貼り付け、高崎の兄貴はじわじわとダイヤルを回して電気のかけ具合を強くしていく。


「あの」

「ん?」

「これ、電気ってかけたらどうなるんですか」

「これは高周波治療器なんだけど、電気で痛みを取ったり血行を良くしたり。家電量販店とかで買えるのは低周波。あれは表層の割と浅い部分を刺激するヤツ。これは比較的深めのところを刺激できる」

「なるほど。ありがとうございます」

「今痛み止めの注射打ったし、結構効くと思うよ」


 高崎の兄貴には、俺が弟双子の友人であることが伝わっているらしい。あのガラスのハートは実家と距離を置いているからそんな話が行くとは考えにくいし、そもそも通っていることを話していない。素直な優等生の方からだろう。

 高崎の兄貴からは、人のいい雰囲気が漂う。実際いい人なんだろう。親父さんにしてもそうだ。そう考えるとあのガラスのハートは何をどうしてああまで捻くれた物なのかが非常に興味深い。

 ポッ、ポッ、ポーンと含みのある音を聞きながら大人しくしている。この機械もいろいろと見てみたい。もうちょっと近くに寄って座ればよかった。電気をかけるのは5分くらいだろうか。嫌に長く感じる。

 しばらくして、キュインキュインと音が鳴って、じわりと流れていた電気が止まった。カーテンが開かれ、吸盤が外される。今はまだ効いているのかわからないけど、そのうちわかるんだろう。


「今日は飲み薬と貼り薬出しとくし。あとは頑張って動かしてね。同じ姿勢だと凝っちゃうから」

「はい」

「それじゃあお大事に」

「ありがとうございました」


 さて、しばらく無理は出来ないな。絵の作業がストップするのは痛いけど、痛みが引くまでの辛抱かな。

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