B番のブラックボックス

「せーりーちゃーん」

「お帰り下さい」

「ちょっと待って今日はちゃんと情報センターを使いたくて来たの!」


 まーた縁起でもない顔が来やがった。今日は人が来ねーなーと思って余裕ぶっこいてたら。確かに和泉は私と同じ国際学部だから情報センターを利用出来るが、授業もないこんなときに何の用だ。

 あんまり人が来ない物だから、B番のリンも自習室から引き上げて事務所でぷらぷらしてやがる。書類仕事をさせてたのに和泉が来やがったおかげでまーた仕事がこっちに回って来やがるじゃねーか。


「ならさっさと学生証を出せ」

「ちなみにここって音声とか音楽の編集とかって出来たっけ」

「どうだったか、リン」

「規約の上では、センター内のマシンにフリーソフトや私物ソフトのインストールは禁止されている」

「――っつーワケだから帰った帰った」


 大学じゅう探せば音声や音楽を編集する授業だってあると思うのに何で情報センターのパソコンにはそういうソフトが入ってないのーと和泉がブツクサクレームを垂れてくる。これ以上文句を言うならこっちにも手がある。

 大体、そんな授業で使うソフトや何かは各ゼミ室にあるマシンかそれ用の教室のマシンに入ってるだろうし、そもそもウチの文系でそんな授業があるなんて話は聞かない。理系だったらリンみたくゼミ室暮らしをしながら好き放題やれるだろう。


「やっぱりちょっと難しいみたいですね、青山さん」

「そうだねー。ウチのサークルなら誰かそういうソフト持ってる人がいるかもしれないし、聞いてみようか」

「お願いします」

「何だ和泉、女連れか」


 和泉の後ろから、髪の長い女がひょっこりと顔を覗かせている。なんつーか、顔と体が整いすぎて現世のモンじゃねーなとか、そんな印象。そもそも、和泉とつるんでる時点で奇人か変人には違いない。あ、盛大なブーメランだなこれ。


「うん。あっ、紹介するねー、演劇部のカナコちゃん。俺ね、彼女が主演する舞台の音楽監修兼バックバンドをやらせてもらってるんだけど、その音源をどうにか出来ないかなって思って来たの」

「ふーん。お前の活動はどうでもいいけどここじゃそんなことは出来ないとだけは言っとくぞ」

「はーい。だって。他当たろっかー」

「そうですね。ありがとうございましたー」


 と、和泉がカナコとかいう演劇部の女(多分変な性癖だろう)を連れて去っていったところで、それまでは置物のように私と和泉のやりとりを見ていたリンがボソッと口を開く。


「自習室内のスタッフ用マシンには音源編集用ソフトもインストールされているが、さすがにスタッフ用のマシンをスタッフでない者には触らせられんだろう」

「マジか!」


 センター勤めが空白期間を含めて5年目になる私も知らなかった新事実。いや、つかマジか。リンが言うには、スタッフ用マシンは音源編集だけでなく映像編集や画像の加工も出来るらしい。


「つかお前が入れたのか、お前ならやりかねない」

「いえ、スタッフ用のマシンは元々メディア室からのお下がりじゃないですか。その名残です。オレはたまにあれで遊んでます」

「そんな面白そうなソフトがあるならなぜ私に教えないんだ!」

「そうは言ってもあなたは基本A番じゃないですか」

「つか何で私はそれを知らないんだ」

「知ったことか。どんなソフトがインストールされているか普通は眺めるだろ」

「私とお前の普通を一緒にするな」


 それはともかく今日は時間に余裕がありそうだ。これ以上人も来ないだろう。受付は多少放置で自習室にリンを引き連れて行ってもいいくらいじゃないか。そうだ、そうしよう。スタッフ用マシンが何をどこまで出来るのか、見てやろうじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る