城主と落とし穴
「次回の作品出展は星ヶ丘だね。そういうことだから、朝霞君」
「ああ、わかった」
この朝霞君に関して僕は今、とても気になることがある。ステージの台本やラジオドラマの脚本など、書くことに関しては鬼とも称される彼だ。集中していると絶食の上に不眠不休に突入するとかしないとか。
そんなバカみたいな仕事の仕方をしていると、日に日にやつれるはずだ。事実、星ヶ丘の一大イベントである丸の池ステージのあった頃には元々華奢な体がさらに細くやつれていたように思う。
「よーし、書くぞ」
ところがどっこい。今こうやって気合いを入れている朝霞君は、すっかり体型が元に戻っている。僕にはそれが不思議でならない。僕なんて食べるので一苦労で、体型を元に戻すなんて苦行にも等しいのに。
向舞祭の疲れはまだ癒えていない。その姿で実家に帰ったら、体重が50キロを割ったらアパートを引き払えとの宣告を受ける。母に勝るものはなし。僕は何とかして太りたい。朝霞君と同じ食事をすればヒントが得られるだろうか。
「どんな風の吹き回しかと思ったら、そんなことか」
「頼むよ。野坂にも量の食べ方を教わったんだけど、次元が違ってね」
というワケで朝霞君に半ば無理矢理ついて行くことにした。この定例会が終わって、どんな食事をするのだろうかと。今日は朝霞君と全く同じ食事をしてみようと思う。僕は城を失いたくはない。どんなことをしてでも城は守る。
「――って、飲み屋かい?」
「元々今日はここで食うつもりだったんだ。ついでだし一杯やってくか」
「ん、いいね」
そう言って朝霞君が先に暖簾をくぐると、聞き覚えのある声が僕たちを迎える。なるほど、ここは山口君がアルバイトをしている店だったのか。朝霞君が慣れた素振りでカウンターの隅に陣取ると、店員の山口君が声をかけてくる。
「ご注文は~」
「山口、圭斗は俺と全く同じものを食べるらしい。単純に俺の注文を二人前にしてくれ」
「は~い、了解」
「あ、圭斗、お前偏食ないよな」
「ん、飲み屋のメニューなら大丈夫だと思うよ。僕のことは気にせず」
「じゃあ朝霞クンどうぞ~」
店の看板メニューである焼き鳥から、五種盛りを塩で。それとだし巻き卵に(誰かの顔と「うまー」を思い出したよ)、好物だというじゃこ卵かけご飯。お通しはひじきと大豆の煮付け。それと、忘れちゃいけないビールとキュウリの漬け物。
「でも、飲み屋で食事なんて、財布に響きそうだね」
「俺は山口割があるからダメージは軽減されるんだ。値段の割にすごく美味いし、気付いたら通うようになってて。飯作んのめんどくてもここに来れば食えるからな」
「ん、星港市内はそれがあるからいいね」
家の立地的に、僕には厳しいと悟る。周りが山だから、こうやってふらりと来ることもままならない。まあ、せめて食べ方はヒントにさせてもらおう。
少しずつ注文したものが届き始め、いただきますと手を伸ばす。一気に黙り込んで食べることに集中し始めた朝霞君に、僕も同じようにもぐもぐと黙って咀嚼をする。しかし一口の大きさの割にもぐもぐが長い。
菜月さんも食べているときには喋らない方だから連れの沈黙には慣れているつもりではいたけど、朝霞君のそれはレベルが違う。菜月さんのもぐもぐはもう少し時間が短い。朝霞君は長い。「ひと口30回噛みましょう」かな?
はっ、もしかしてこれがいいのか? 噛むことか唾液か消化か。何がどういいのかはまだ解析の余地があるけど、体型を戻すにはやはり食べたものを吸収しなくてはならないのだから。
「朝霞ク~ン、食後はプリンでいいんでしょ~?」
――という問いにはもぐもぐしながら手でオッケーのサインを作って。飲み屋でプリンというのも個人的には不思議な感じがしたけど、ある意味では鶏料理にカテゴライズされるから、セーフなのかもしれない。
「山口、チキン南蛮ハーフ。あと塩キャベハーフ。とろろ昆布和えで」
「は~い」
「と言うか食べるね」
「朝霞クンはね~、食べるのがゆっくりなだけでたくさんの種類を少しずつ、最終的に量は結構食べてるからね~。あっ、松岡クンも同じのだよね~」
「ハ、ハイ……」
「生中おかわり」
「は~い」
さて、僕は生きて帰ることが出来るのか。よく噛んでるからすでにちょっと満腹に近いんだけどな。
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