魑魅魍魎の夏

「あっぢ~…!」


 ミンミンとかジワジワと蝉の声が暑さをいくらか増させるような気がする。そもそも、こんな炎天下の中で練習する意味はどこにあるのだろうか。ちょっとしたことにも文句を言いたくなる精神状態だ。

 俺たち定例会メンバーは8月中旬に向島エリア一帯で行われる祭、向舞祭に向けてMCとPA、つまりアナとミキサーに分かれてスタッフとして参加することに決まっている。

 それというのもスポンサー企業サマと学生の間にひっそりと佇む大人の事情ってヤツだ。まあ、IFの今後のためにも企業サマとの関係は悪いよかいい方がいい。


「今日もしんどかったねー」

「今日は確かに前回よりも内容が濃かったし、この暑さの中で頭も使ったから体にもクるな」

「――って言う割にちーちゃんとカオルは全然平気そうなんですけど!?」

「カズも十分元気だろ」

「そうだねー。朝霞は野外ステージに慣れてるからわかるけど、カズも平気そうだよ」

「まあ、俺は季節なら夏は好きだしー」


 ――などと練習終わりで解散後にきゃいきゃい喋っている俺たち3人だけど、あまりのキツさに動くことも出来ないでいる残りの定例会メンバーからすれば全員化け物らしい。

 体力お化けのちーちゃんとステージに慣れてるカオルはともかく、テントの下でやれるミキサーの俺が化け物だなんて。でも、圭斗が言うには「お前ら3人人間じゃねえ」とのことだ。

 前回ぐらいから圭斗が屍と化する姿をよく見るようになったと思う。ホントに生きてんのかって感じ。一応ヤバいと思ったら休憩を挟むようだけど、それでも目に見えてやつれている気がする。


「大石、お前ほどの体力お化けになると回復の仕方にも何か秘訣があるんじゃないのか」

「うーん、回復の仕方は普通だよ。ご飯食べるかプール行くかだもん」

「飯はともかくプールとか」

「えっ、ちーちゃんプールで何するの? ぷかぷか浮かんでる感じ?」

「ああ、それなら気持ちよさそうだな」

「ね、そうだよね」

「ううん、ゆるゆる泳いでるよー、ゆっくりの400メートルを4セットくらいー。それが終わったら背泳ぎとかバタフライで肩回してー」


 体力回復のために2キロほどを泳ぐとかどんな体力お化けだと。俺もカオルもちーちゃんの“体力回復法”にはドン引きしてしまう。俺にはマネ出来ないな。


「例年夏はプールかバイトって感じだったから、バイト以外で陸上にいるのがしんどいもん」

「どんな水棲生物だ」

「だって夏だよ!? 水の中の方がラクだし気持ちいいもん! 朝霞だってプールに入ればわかるよ、ゆるゆる泳ぐと気持ちいいんだよ!?」

「うるせーな俺は泳げねーんだよ!」

「ビート板もあるよ!」

「浮力に負けてすっ飛んだ板で脳天強打する辛みがお前にわかるか!」

「知らないよ! だって泳げるもん!」

「ふざけんな!」

「あーあー、ちーちゃんもカオルも落ち着いてよ。クソ暑くてイライラするのはわかるけどさー」


 このクソ暑いのにケンカ出来るとかコイツら人間じゃねえ。そもそもカオルは鬼だしちーちゃんはお化けなんだから人じゃなかった。なんだ、解決してたじゃねーか。


「はー、つか飯作るのも買って帰るのも、かと言って店に行くのもめんどくせーなー」

「それな。座ってたら勝手に飯出て来てくんないかね」

「カズ、お前の場合は彼女さんが」

「アイツ一切の家事が出来ないから」

「あっ、それなら2人ともうちに食べに来る? 逆方向になっちゃうけど」

「えっ、いいのちーちゃん」

「マジか」

「うん。大勢の方が楽しいし。今日は俺の当番だから好きな物作るよー。帰るのが面倒なら泊まってってもいいし」

「……ホントちーちゃんすげーわ」

「もしかすると食事内容に体力お化けの秘訣があるのかもしれない」

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