陽だまりの芽

 じりじりと太陽が照り付けて、すっかり夏になったと思う。買い物からの帰り道、しっかりと膨らんだエコバッグが手に食い込んで、あと少しの道のりも長く感じさせる。

 出来るだけ影のあるところを選んで歩く。麦わら帽子はかぶっているけど、それでも直に日差しに当たりながらだと一気に疲れちゃう。梅雨は明けてるけど、その分気温もグッと上がってるから。

 やっと家に近付いて来たなと感じるのは、公園に差し掛かったとき。あたしの家は住宅街にあって、その中には申し訳程度の公園がある。あたしも小さい頃はよく遊んだ。

 あと少し、頑張るぞ。そんな風に気合を入れ直して一歩を踏み出そうとすると、公園の中に違和感を覚える。最近じゃそんなに小さな子供もいない公園に、黒い固まり。

 しばらくその場で様子を見ていると、その黒い固まりは黒い服を着た人だとわかる。うずくまっているようにも見えるし、何をしているのかもさっぱり。あっ、でももしかしてゲームかな。

 正直に言えば少し怖い。だけど、もしも具合が悪くて倒れてるんだとしたら。この暑さだし、人が通るような時間帯でもないし、もしもがあったら。うん、ガンバレ沙都子。


「あ、あの……大丈夫、ですか? 具合が悪いなら救急車、呼びましょうか…?」

「うー……」


 よかった、生きてはいるみたい。だけど、熱中症になってる可能性があるかもしれない。年代は中学生か高校生くらいかなあ。


「もしもし、わかりますか?」

「大丈夫、生きてるから……」

「救急車呼びます?」

「……いい。少し休めば、大丈夫だから」


 そうは言っても、その人は顔色がとても悪いし、そのままほっとくことも出来ないし。どうしよう。このまま置いて行って、後で倒れてても怖いし。

 日光が直に当たる地べたから木陰のベンチに移動して、少し休んでもらうことにした。本人が少し休めば大丈夫だと言うその言葉を信じて。


「それ、もらえる?」

「ええと、どれですか?」

「お茶、入ってるでしょ。元気になったらお金返すし」

「いえいえっ、そんな。お金の事なら気にしないでくださいお茶1本ですしっ」

「ごめん、ありがと」


 そう言ってその人はお茶のペットボトルの封を切ろうとする。だけど、なかなか蓋が開いたような音が聞こえてこない。


「……ごめん、開けてくれる?」

「大丈夫ですか? はい、どうぞ。でも、やっぱり病院に行った方が」

「そもそもが病み上がりなんだよね。退院したてで。今日は調子いいし行けるかなーと思ったらこうだよ」

「大変でしたね。でも、今は何をしてたんですか?」

「植物の観察」


 そう言ってその人が見せてくれたノートには、いろいろな角度から見た植物の絵が描かれていた。とても繊細で、綺麗な絵。ああやってうずくまるような体勢でいたのは、きっと近いところで観察していたのかも。


「生死の淵を彷徨って、水がおいしいとか歩けるとかそういうことが嬉しくって。そしたら、何となく植物に興味が湧いてさ」

「植物って、いいですよね。瑞々しいし、生き生きとしてるって言うか。この絵もそういうところが捉えられてて、いいなって」

「だけど、それも運じゃないかな」

「運?」

「どんなに綺麗な花でも、そこに至るまでに踏まれたり、食べられたり。ちゃんと花を咲かすことの出来る花ばかりじゃないでしょ」

「そう、ですね」

「ごめんね、見ず知らずの子にこんなこと言って。お茶ありがと。お金か実物返したいし、この辺に来ればまた会える?」


 パッと見変わった人だし、これ以上この人と関わっちゃいけないのかもしれない。だけど、何となく気になって。


「あの、お茶のことだったら気にしないでください」

「それはそれで俺の気が済まないんだよね」

「体はもう大丈夫そうですか?」

「もう少し休めば大丈夫じゃないかな。あ、もう遅いかもしれないけど、買い物、ダメにする前に帰った方がいいよ」


 確かに、結構な時間そこで話し込んでしまった。具合の悪そうな人を放っておけなくって。冷凍食品なんかは買ってないから大丈夫だけど、生ものはそろそろアブナイかも。


「それじゃあ、私はこれで」

「うん。またいつかがあるといいね」

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