拡充プライベートスキル

 そろそろ星ヶ丘放送部の一大イベント、丸の池ステージに向けた準備が本格化してくる。今の俺に出来るのは、台本を書く朝霞先輩を見守ること。

 ステージ自体はファンタジックフェスタで鎌ヶ谷班の動きを見ていたから何となくイメージはつくけど、朝霞班では初めてだから楽しみだ。


「ゲンゴローおはよ~」

「山口先輩おはようございまーす」

「はー、あっついなー。とだいまー」

「つばめ先輩とだえりでーす」

「冷たいもの食べたい人ー」


 は~いと挙手をすれば、つばめ先輩はコンビニ袋の中からフローズンドリンクを手渡してくれる。作業に没頭している朝霞先輩にもそっと俺たちに渡した物と同じそれを脇にそっと置いて。机の上が濡れないように紙を敷く徹底ぶり。


「えっと……台本を書いてるときの朝霞先輩には話しかけない方がいいんですね」

「基本的にはね~」

「台本は静かに待ってるのが基本なんですね」


 待ちの間に連携の練習をしたり、機材を扱う練習をしたりも出来るよねと先輩たちが教えてくれれば、なるほど納得。台本が上がってくるまでに少しでも出来ることを増やしておかなくてはならないのだそう。

 俺が納得していると、ぽろろんろんという音と、細かな振動。どこかでケータイが鳴っている。山口先輩とつばめ先輩からの視線が突き刺されば、思い出すのはウルサくしてはいけない事情。


「わわっ、すいません」

「ゲンゴロー、電話?」

「電話ではないですね。あ、誕生日のお祝いでした」

「えっ、ゲンゴロー今日誕生日なの~?」

「あっ、そうなんですよ」

「言ってくれればよかったのに。アタシと洋平も昨日一昨日だし」


 連絡をくれたのは高校の同級生で、部活の同期の子。その子は俺と同じ趣味をしていて、学校に関係のない場でもよく遊んだりしていた。大学に入ってからはあまり会えてないけど、誕生日を覚えててもらったのはちょっと嬉しい。


「て言うか見えちゃったけどこの画像ってコスプレとかそーゆーの?」

「そうですよー」

「えっ、これゲンゴロー?」

「ですね。俺は衣装や小道具を作るのが好きなだけで自分ではあまりやらないんですけど、このときは少し」

「へ~、すごいね~」

「こういうのが好きなんですよ、高校では演劇部でしたし」


 他にも画像があるんだったら見たいなーと先輩たちに言われてしまえば、別に隠してるワケでもないしけなされてるワケでもないから素直に見せる。聞かれたことには、しっかりと答えて。


「いやでもこれすごいわ。ねえ見てよ朝霞サンこれゲンゴローの」

「ん?」

「――ってつばめ先輩朝霞先輩に話しかけちゃマズいんじゃ!」

「ちょっと見せてくれ」

「はわわわ…!」


 朝霞先輩がこの画像を見ているという事実が得も言われぬ恐怖…! これ衣装とか小道具とかゲンゴローが作ったんだってーというつばめ先輩の説明も、何故か恐怖を煽る。

 何が怖いって、朝霞先輩はひたすら無言なこと。表情も変わらないから反応してもらえてるのかどうかもさっぱり。全部見終わるまでこちらに伝わってくる物がない、待ちの不安。


「朝霞サン、どーだった?」


 しばしの沈黙の後に朝霞先輩は、バッと立ち上がって声を上げた。


「素晴らしい! これは経験を積み重ねて物にした技術で、一朝一夕で出来ることじゃない。源、どうかこのスキルをこれからのステージで発揮してくれないか!」


 その言葉に差し出された右手を、同じように右手でワケもわからないまま取るとブンブンと固い握手に変わっている。


「お前はミキサーとしてもそうだけど、この分野でも紛れもない戦力だ! 朝霞班に来てくれて本当にありがとう、ありがとう!」

「あ、いえ。こちらこそ入れてくれてありがとうございます」

「調子がいいなあ朝霞サン」

「朝霞クンウキウキだね~」

「戸田、お前もよく源を一本釣りしてきた」

「そうっしょ? ほらー」

「つばちゃんも調子がいいんだから~」

「小道具の有無で企画を妥協するなんて勘弁だからな。よーし、書くぞ! ああ~……どうする、やりたいことが増えるぞ~…! ふふっ、ふはははっ」

「あっ朝霞クン集中する前に1回水分とって~」


 どうやら朝霞先輩に認めてもらえた、のかな…? 何はともあれ戦力としてカウントしてもらえて嬉しい。手元に戻ってきたケータイは、音が出ないように設定し直して。さて。これから俺はどうする。


「あの、つばめ先輩。ミキサーの練習を見てもらうことは」

「手続きするからちょっと待ってて」

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