最後の休息

 顔を洗ってしばし。正座でボーっとその場にあるだけの塊と化した俺に、越谷さんは絶えず声をかけ続ける。それに俺は特段返事をするでもなく、ただただボーっと受け止めている。

 昨日の夜、朝霞班で飲んでいた。山口と戸田は明日があると言って早い時間で帰ったし、源に至っては律儀に法律を守って酒は一滴たりとも飲んでいない。俺は不完全燃焼だった。

 コンビニで買い込んだ酒瓶とつまみを持って越谷さんの部屋に押し掛けた。もちろんアポはない。越谷さんなら部屋にいるだろうという信頼と実績。誕生日おめでとうございますとは、25日に30分前のフライングで。

 越谷さんの誕生日というのは口実だった。酒を飲みたいがための口実。ただ、酒は越谷さんに対して俺の方から行くための口実で、ほどほどに酔っているくらいの方が勢いで行きやすいとも思ったのだ。

 越谷さんは俺に良くしてくれる。それは、俺が川口班に入って越谷さんの下でプロデューサーとして活動し始めてからずっと。ただ、いつまでも越谷さんに甘えていられないなと強く思っている。


「飯でも食うか? あ、飯が食えないなら水飲むか? 二日酔いか?」


 ――のになんだこの体たらくは。また俺は例によってやらかしてしまっている。どうも越谷さん相手になるとタガが外れると言うか、油断してしまう。


「朝霞。お前が朝弱いのは知ってるけど、ウンとかスンとか言ってくれ」

「ウン」

「おい」

「スン」

「……水置いとくぞ」


 如何せん俺は朝に弱い。寝起きでまだ頭がしっかりと働かないのだ。二日酔いということではない。二日酔いだったらもっと酷いことになっている。

 水を少し飲むとようやく体がエンジンをかけ始める。ただ、まだ「よーし動くぞー!」というような気力には満ち溢れていない。日中の俺はどうやって動いてるんだ。


「越谷さん、昨日またやらかしましたか俺」

「それはもう」

「本当にすみません」

「別に謝られることじゃねーよ」

「……と言うか、まだ頭がボケてるのか夢だったのかよくわかんないんですけど、記憶が混濁してて」

「どうワケわかんなくなってるんだ」

「何か、この部屋にもっとたくさんの人がわーって押し掛けて来てて、ハッピーバースデーの歌が聞こえた気がしました。それを俺はふわふわしながら聞いていて」


 お前の夢だった方が良かったな、と越谷さんは深く溜め息を吐いた。俺が寝ていた早朝のこと。この部屋に向島の村井さん率いる極悪三人衆と岡島姉妹が押し掛けて来ていたそうだ。

 俺が畳んで置いておいたカーディガンを女物だと思った皆さんは、越谷さんが部屋に女を連れ込んでいると勘違いしてひと騒動あったらしい。


「起きてたら絶対巻き込まれてただろうから、寝てて良かったな」

「……それは間違いなく」

「ただ、テメー紛らわしいんだよってマーとお麻里様はご立腹だったから次の定例会は圭斗に気を付けろ」

「俺は何も悪くないですよね?」

「連中の悪乗りにそんなの関係ないからな」


 そんな風にして少し話していると、ようやく頭が回るようになってきた。ここに至るまでの夜には、朝霞班が4人になったことや、夏のことを話していたように思う。

 越谷さんに油断してしまう原因はいくらでもある。ただ、それと同時に信頼していなければ、こうまでいろいろなことをべらべらと、酒に酔っていたとしたも話せない……と思う。確証はない。


「越谷さんて、近くて遠い人ですよね」

「は?」

「独り言です」

「またいつでも押しかけて来ていいんだぞ」

「いえ、しばらくはステージに集中したいので遠慮します」


 本当に、越谷さんどころか俺の都合だったなと思う。1人で勝手にすっきりして、また新たな気持ちでステージに向き合おうとしている。今日は最後の休息、そんな気さえする。


「朝霞、ステージもいいけど最低限飯は食って、寝る時間も確保しろよ」

「努力します」

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