愛すべきハードワーカー

「戸田、お前ポーチの中身落としてないよな」


 そう朝霞サンから言われて中をごそごそ漁ると、ポーチの中から地面が見える。中身は辛うじて何も無くなってなかったけど、こんなデカい穴が空いてたのに気付かなかったのは不覚だし、朝霞サンに指摘されるとか、結構マズいヤツ。


「それだけデカい穴だし、新しいポーチがあった方がいいだろ」

「まさか朝霞サン、この穴を知っててアタシにポーチ買ってくれてるとか!?」

「いや。お前の誕生日なのは知ってるけどそれはない」

「なら何でポーチの話振るの」

「戸田、アレを連れてスポーツ用品店にでも行って来い」


 アレ。そう言って朝霞サンが目をやったのは他でもない洋平。昨日もアタシが買い出しに行ってる間にウルサくしてたとかで、帰ってきたときには猿轡を噛まされて椅子に縛り付けられていた。

 台本執筆中の朝霞サンは周りでウルサくされるのを嫌う。アタシやゲンゴローはともかく、アナの洋平は台本が書き上がるまで出来ることも少ないし、朝霞サンの周りをちょろちょろするしかないのだ。ただ、それは朝霞サンの地雷。

 アタシのポーチを気にかけてくれたのもあるだろうけど、スポーツ用品店にでも行って来いという言葉に含まれる意味の大部分は「洋平をつまみ出せ」という仕事。まあ、出掛けていいって言われるのも悪くないし。行ってくるか。


「洋平、出掛けるぞ」

「え~、昨日買い出し行ってたでしょ~? って言うか俺も~?」

「今日のはそれと別件。早くしろ」

「は~い」


 駐輪場に向かって歩く中で洋平は、俺は体よくつまみ出されたんだろうね~と大袈裟に肩を竦めた。そりゃお前が朝霞サンの周りでちょろちょろするからだろ、と当たり前のことを返す。

 原付の後ろに洋平を乗せ、スポーツ用品店に向かって走る。使い勝手のいいポーチがあるといいんだけど。程良く容量があって、ポケットもまあまああって、装着感も良くって丈夫なヤツがいいよね。


「やっぱ原付二種っていいよね~、段階付き右折もないっしょ?」

「ないね。その辺は車と一緒。高速は乗れないけど乗る必要もないし、街乗りならこれで十分だよね」

「いいな~、俺も原付欲しいな~」

「洋平免許なかったっけ」

「ないよ~、一応チャリと公共交通機関で生活には間に合うし~」

「向島もナンダカンダ車社会だろ、あるに越したことないと思うけど」

「そう考えたらつばちゃんって早い段階で車の免許取ってるよね~。って言うかこの車種がさ~、よく見たら高崎クンのビッグスクーターと親戚みたいなヤツで~」


 などと、ろくでもない話ばかりをする。部活の時間にこういうのはなかなか新鮮だ。だけど、これもプロデューサーから課せられた仕事のひとつなのだとアタシは解釈している。

 目的地に着いてからも、まっすぐにポーチのところに向かえばいいんだろうけど、とりあえず店内を1周するのだ。時間稼ぎというのもあるし、ここにはいろいろ必要な物がある。それを見て回りたいというのもあった。


「ところで洋平先輩。今日は何の日かなー」

「うっ。下心が見え見えでしょでしょ~」

「わかってるなら話は早いな。かわいい後輩に愛の手を。あなたがこの値札に書いてある数字の分だけ募金してくれればこの募金活動はすぐに終わります」

「え~? って言うかウィキさんみたいなこと言わないの」

「ポーチはディレクター道具だから急ぎなの。別にサンバイザーとかリストバンド買えって言ってるワケじゃないんだから」

「じゃあ、4000円以内でね~。つばちゃんも昨日俺にプレゼントくれたし~」

「やりっ! 言ってみるもんだね!」


 どれにしようどれにしよう、そんなことを考えながら見るポーチ。ディレクター道具を調えるという大事な仕事なのだこれは。補助額は4000円。それだけあれば結構なヤツが買えるはずだ。はー、忙しい忙しい。


「洋平、後でアンタの衣装も見繕ってあげよっか。アンタのセンス壊滅的だし」

「あ、おねが~い」

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