晴れたらいいね

 1日の授業が終わり、掲示板に立ち寄る。よかった、休講情報も出てないし、普段通り。さて帰ろうと改めて外に目をやれば、ふらふらと、死んだ目をした男が通りかかる。

 あまりに目が虚ろと言うか、光がない。場所が場所なら飛び込んでるんじゃないかとか、それっくらいには。うちにこんなことを言われるなんて相当だぞ。


「ノサカ!」

「はっ」

「大丈夫か、ふらふらしてたぞ」

「すみません、考え事をしていました」

「対策のことか?」

「はい」


 ノサカの腕を掴んで足を止めると、驚いたのか我に返ったのか死んだ目は多少マシになった。

 対策委員として活動していると、精神的に参る時期が来る。うちはそれを俗に対策病と呼んでいる。と言うか、やっぱりダメだったか。ノサカが対策病を患うのは半ばわかりきっていたけど。

 ノサカはクソ真面目だ。下手に議長職なんてやっている分、変に責任を背負いこむんじゃないかと予測は出来ていた。初心者講習会を目前に、どうしたんだと。


「すみません」

「いや。あんな顔をして歩かれた方が怖いぞ」


 食堂で、飲み物を前に改まった話を。ただ、ノサカの性格からしてこういう風に話をするのに時間を割くこと自体に罪悪感を覚えそうだな、と穿った念を持ちつつ話を進める。

 俺は無力です。そう切り出したノサカの表情が状況の深刻さを物語っていた。対策委員に起こっている現状を一から吐かせると、出るわ出るわ。


「三井先輩が対策の会議に乱入して、それはもうやりたい放題で」

「三井なんか無視で良かっただろ」

「はい。議長の自分がもっと堂々と、断固たる態度でいられればこんなことにはなっていなかったと思います。みんな頑張ってるし、先輩方も協力して下さるのに…! この事態は、俺の所為で引き起こされたんです…!」

「いや、それは違う」


 どう考えてもこの件で悪いのは三井だ。プロ講師を呼んできたのが本当だとして、それが対策委員側から頼まれたとするなら話はわかる。だけど、頼まれてもいないのに押し付けるのは良くない。

 それに、今のインターフェイスがああだこうだ言ってるようだけど、お前だって“今のインターフェイス”を構成してる人間じゃないか。文句があるなら定例会に殴りこんでインターフェイスのトップに言えと。


「その、三井先輩のこともそうなんですが……高崎先輩にも非常に申し訳がなく」

「高崎?」

「アナウンサー講師をお願いして、前向きな返事をもらってたんです。バイトのシフトも調整していただいて。ですが三井先輩は高崎先輩が講師に相応しくないと罵言を」

「高崎はそんなのを気にする男じゃないぞ。で、講師は結局」

「三井先輩に押し切られました」


 ノサカは俯き、こんなことになってしまったのは自分の所為だと首を横に振る。自分は本当に無力でどうしようもない。こんな自分が嫌で仕方ない。そう嘆く。


「ノサカ、お前を対策委員に選んだのは、出来ると思ったからじゃない」

「そうですよね……やっぱり俺なんて」

「出来るようになると思ったからだ」

「菜月先輩……」

「最初から出来る奴なんていない。うちも去年は苦しかった。もちろん、うちとお前の苦しみは同じじゃないし、状況も違う。だけど、他の対策のメンバーもいるじゃないか。お前が真っ直ぐ前を向けば、みんなも同じ方を向く。綺麗事みたいだけど、お前たちはそういう学年じゃないか? 腹を括れ、ノサカ」


 弱々しく、けれど確かにノサカは首を縦に振った。急に言ってすぐにそうなるような物でもないけど、少しずつでいい。


「この際、講師云々は考えるな。どうすれば受ける側に満足してもらえるか、それだけだ」

「はい」

「何か甘い物が食べたいな。あ、そこにプリンがあるじゃないか。買って来るけど、お前はどうする」

「俺も行きます」

「おっ、ちょっとは目がマシになったな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る