連係プレーと闇の事件簿

「ふーっ……よしっ」


 いっちー先輩の手が見えない。凄まじい速さで電卓を叩いている。それだけ速く電卓を叩こうものならアタシだったら絶対間違えるけど、何て言うか、“ワールド”だよね、いっちー先輩のワールド。


「あっ、次サークル費っていつでしたっけ!」

「来週の月曜だ」

「あ、よかったーって、じゃあどうしていっちー先輩は電卓バチバチやってるんですか? って言うかそもそも会計って育ちゃ――それは察しましたけど、何でこのタイミングで」

「でけェ声じゃ言えねえ事情だ」


 そう言って高ピー先輩はアタシを連れて外に出る。一応いっちー先輩にも声をかけたけど、その声は届いてないかもしれない。あまり大きな声じゃ言えない事情を話してくれるのだろうか。

 自販機でコーヒーを買って、高ピー先輩の足が止まったのはサークル棟前の喫煙所。木陰に吹き抜ける風が、いい季節。高ピー先輩はさっそくタバコに火をつけて、缶コーヒーのプルタブを起こす。


「まあ、何だ。この休みの間に」

「高崎。それに果林も。何やってんの」

「よう岡崎」

「ユノ先輩おはよーございまーす」

「俺も一緒に一服、いい?」

「ああ。今サークル室は伊東が集中してっからな」

「えっ、どうしたのカズ」


 大きな声で言えない話が始まろうとしていた木陰の喫煙所にユノ先輩が加わって、改めて例の話が始まろうとしていた。MBCCの喫煙者は高ピー先輩とユノ先輩だけだから、これ以上人は増えないと思う。


「でだ、こないだの休みに」

「あっ、ユノに果林とか珍しい組み合わせ!」

「イク」

「育ちゃん先輩お久し振りです!」


 大きな声では言えない話が再び遮られたかと思えば、そこにやってきたのは幽霊部員と化した正会計の育ちゃん先輩。国内外問わずふらりと旅をしていて、滅多にサークルには来ない天才ミキサー。


「アタシもゆっくり――って高崎までいるし!」

「このメンツで喫煙所なら俺がいねえ方がおかしいだろうが。くたばれ」

「アンタがくたばれ」

「高崎もイクもストップ。今はカズが集中せざるを得ない事情の方が気になる」


 顔を合わせる度ケンカになる高ピー先輩と育ちゃん先輩だけど、いつの間にか主導権を握っていたユノ先輩が征すれば元々の話に落ち着く。ミキサーの同士であるいっちー先輩の動向は、さすがの育ちゃん先輩でも気になるようで。


「でだ、要はこの休みの間に三井がサークル室に不法侵入してやがったから、金目のモンとか機材に異常がねえか伊東に見てもらってんだ」

「はあああ!?」

「高崎、三井ってあの三井?」

「他にどの三井がいる」


 向島の三井サンがこの休みの間にサークル室に不法侵入して、ウチの備品の付箋をどこにでもベタベタ貼り付けてありがたいお言葉を残してくれたそうだ。証拠物品は一応保管してあるし、アナノートや雑記帳にもサインが残ってたって。


「えっ、何の目的で? イクに関する物でも盗りに来た?」

「やめてユノ、冗談じゃない」

「あんだけ壮絶なフられ方したのに今更武藤なんざに執着しねえだろ。さすがに趣味を疑う」

「それはそれで腹立つ。高崎くたばれ」

「てめェがくたばれ。それはともかく三井絡みの案件だけに伊東が尋常じゃなくピリピリしてやがってよ」

「あー……それは察する」

「わかった、アタシとユノで吐き出させようか。たまの気晴らしも必要だ。Lの部屋確保しといた方がいいっしょ、高崎」

「そうだな」

「一応彼女にも言っとく?」

「お前にしては気が回るな。連絡しとく」


 違和感がある。気持ち悪い。犬猿の仲の高ピー先輩と育ちゃん先輩の間でスムーズに話が進んでるところとか、何かいろいろ。

 3年生の先輩って一匹狼じゃないけど、まとまってるイメージが皆無だしね。まず6人……ううん、最低限の4人すら滅多に揃わないし。


「何か、変な感じがします。3年生の先輩がまとまってるとか」

「それこそ今の以上にでけェ声じゃ言えない案件っつーのがな」

「うん、カズだけは本当に怒らせちゃダメだからね」

「ユノ先輩、何があったんですか?」


 すると、3年生の先輩は一斉に目配せをする。そして、同じようにみんな一斉に口の前で人差し指のバッテンを作るのだ。って言うかそんなことする柄じゃない高ピー先輩のそれが不気味さを一層引き立てる。


「って言うか高崎、あの男はいつまで調子に乗ってんの?」

「その辺は現在進行形だからな。俺も散々ディスられてっし。果林、お前も来い。武藤と岡崎にアイツの近況を話してやってくれ」

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