無垢な瞳は責めきれない

「えーと、水鈴は」

「ミーちゃんは事務所から呼ばれて出掛けちゃいましたッ! 要件はうちが言付かってますッ!」


 目の前には、話し方はそのままに水鈴を縮めたような女の子。借りてた物を返したいから取りに来いと呼び出されたまではよかった。だけど、俺を出迎えたのは水鈴ではなく妹の奈々ちゃん。

 妹の奈々ちゃんとは面識がない。ただ、初めて会ったような気がしないのは、水鈴がいつも楽しそうに家でのことを話していて、どんな子かは知っているからだ。


「立ち話もなんですし上がってってくださいッ!」

「いや、俺はモノだけ受け取れば――」

「そのうちミーちゃんも帰って来るんでッ! 雄平さんを引き留めもしないでそのまま帰したらうちが怒られますしッ!」


 仲良し姉妹とは言え、妹はやはり姉から怒られることがあるようだ。水鈴だけに絶対理不尽な怒り方だし、奈々ちゃんが怒られるのはかわいそうだからお言葉に甘えることに。

 通された岡島家のリビングには、よく聞く鳥の声。文鳥のピー子ちゃんがちゅんちゅんとカゴの中を歩いている。これが実物か。


「雄平さん紅茶で良かったですかッ」

「ありがとう」

「あッ、かわいいでしょうピー子ちゃん。ピー子ちゃんは岡島家のアイドルなんですッ!」


 ピー子ちゃんの話になると奈々ちゃんも長くなるとは圭斗が言っていた。酒を煽りながら、ピー子ちゃん動画の間違い探しという苦行について語っていたのは一昨日のこと。

 一昨日と言えば、向島勢にボコボコにされた例の飲み会。俺と水鈴の関係を白状させようという会だ。しかし、謎が残った。お麻里様がどこから水鈴の話を聞いたのかということだ。

 元々連中の情報収集力はとんでもないけど、それでも何で知ってんだよってところまで割れてたのが不思議でならなかった。だけど、ココアを飲みながら目をキラキラさせている妹の存在だ。つかココア美味そう。いいな。


「奈々ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」

「はいッ、何ですかピー子ちゃんのことですかッ」

「いや、ピー子ちゃんじゃなくて。俺か水鈴のこと、誰かに話したとかって覚えてる?」

「ミーちゃんの話はサークルの時にしましたッ! お姉ちゃんがいるんだねーって、村井サンと麻里さんと、あっでもサークル室だったんでみんな聞いてたと思いますッ! どーかしましたか?」


 そりゃそうだよなー! 水鈴なら俺に家の話をするのと同じ次元で妹に外での話をしててもおかしくねーよな、水鈴だし。

 そうでもなきゃ、俺が水鈴を家まで送って云々っていうところまで割れねーよな。そうでもなきゃ、水鈴さんにかけたあげた上着はいつ取りに行くの、なんて聞かれないよな(上着の存在はここ最近の暑さで忘れてた)。


「そっか、先輩たちとお喋りしてたのか……」

「はっ、何かありましたかッ!」

「いや。先輩と仲良いに越したことはない」

「ところで、雄平さんはミーちゃんって恋愛対象に入ってますかッ!?」

「はい?」

「ミーちゃんはいつも大学とかお仕事の話とか、でも大体雄平さんの話を好き好きーッって感じでしてるんですけど、正直めっちゃ気になるっす!」


 目をキラキラさせてずいっと寄って来る奈々ちゃんだ。水鈴本人が聞いて来るなら絶対にないと一言で片づけられるけど、この無垢な瞳を悲しませるのもどうか。いや、嘘を吐く方が良くないよな、嘘はよくない。


「もしかしたらお義兄ちゃんになるかもしれな」

「それはない」

「バッサリっすね……あーッ、ミーちゃんお帰りーッ!」


 嘘だろ。お帰り、だと? しまった、長居しすぎた。


「あーッ! 雄平だーッ!」

「じゃあ、上着も受け取ったし俺はこれで……」

「もっとゆっくりしてってーッ! 奈々、アタシコーヒー。雄平にココア。とびっきりのコーヒーにしてねッ」

「はーいッ」


 奈々ちゃんが台所へ消えれば、じりじりと迫り来る圧だ。何かが間違えば、ソファに背中がべったりとくっついてしまいそうな。


「ねえ雄平、奈々と何話してた?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る