リミットは近付いている

「なるほどな。そりゃ昨日の伊東が俺の思った以上にカリカリしてたワケだ」


 場所は8号館ロビー。ここは俺が寝床にしている場所で、定位置となったソファに腰掛ける。隣には、ぐったりした様子の果林。別に昨日の酒が響いてるとかではなく、対策病の一歩手前。尤も、果林の場合は病むのではなく怒り疲れだ。

 果林の話によれば、三井が対策委員に介入しているらしい。勝手にプロ講師とやらを呼んできて、現在講師をやることが確定していたヒビキには断りの連絡を、伊東には講習内容に干渉するようなメールを送って来やがったらしい。

 三井からそんな連絡が行くだろうという警告を、五島が会議中にヒビキと伊東に送信していたようだ。それで辛うじて2人が平静を保っているという状況。ただ、2人のIFでの立場が立場だけに、定例会で議題になるのも時間の問題か。


「ゴティとヒビキ先輩がファンフェスで同じ班になっててよかったですよー、アドレス帳的な意味で」

「ホントだな」

「その上あの人高ピー先輩のことまで講師にはふさわしくないとか何とかっていつものように演説始めるし、別に三井サンが何言っても高ピー先輩への信頼は覆りませんけどって感じですよねー」


 俺も、別に何を言われたところで知るかっつー感じで怒りようもない。強いて言えば前対策委員として、活動の邪魔をされることがどれだけストレスになるかは我が身のようにわかるから、てめェは何やってんだという怒りと呆れが強い。

 果林、啓子、つばめの女子3人が会議の度に(特につばめが酷く)キレてるだとか、野坂が病み始めてるというのは五島からも聞いてるし、三井のサークル室不法侵入の件で連絡を取り合っていた菜月からも聞いている。

 だからと言って対策委員の現場に俺や菜月が介入するのもまた違う。俺に出来るのは、俺がすべきは果林と五島の話を聞くことだ。現時点で現場に介入出来る3年は、講師と定例会議長くらいなものだろう。要は定例会三役だ。


「いっちー先輩、何も言わずに準備しててくれるのが救いですよ。ホント優しいですよ。怒らないし」

「いや。伊東は実際結構怒りっぽい。大概のことを許せるのは本当だし、俺とかお前に比べて沸点が高いのも本当だけどな」

「うーん」

「今は爆発する寸前で保たれてるだけで、次何かあったら些細なことでもイキかねねえ。伊東をキレさせちゃいけねえっつーのは昨日俺と岡崎と武藤、それぞれが言った通りだ」


 果林はぽつりぽつりと語り始めた。アイツは自分たちの話を聞かずに勝手に話を進めている、と。何を言っても聞かないし、聞こうともしないで自分のやっていることだけが正しいかのように強引に押し切ってくる。

 挙げ句対策委員がどう考えているのかすら勝手に思い込み、そんなだから今のインターフェイスは、などと説教や独自の講釈を垂れてくるのだと。三井が同じ大学の先輩だけに、対策のトップである野坂が強く出れず後手になるのだ。

 ただ、それは決して野坂の所為じゃないのはわかっているし、自分たちは神経を逆撫でするようなアイツの言動をいかにスルーするかの戦いになっている。初心者講習会に向けた建設的な話し合いがしたいのに、そんな現状が嫌だと。


「買っちゃったんですよねー、ケンカ」

「は?」

「もしそのプロ講師とやらがこっちの要求する講習からちょっとでもズレてたらその場でクビにして、アタシがやるって」

「は?」

「プロ講師様がいらっしゃるなら高ピー先輩がわざわざ出るまでもないんですよねーって、言っちゃったんですよねええええ!」

「果林、お前バカか」

「何とでも言ってください、事実なので。でももう後戻り出来ないんです。野坂とも話して、腹は括ってるんです」


 悪い意味で果林らしいと言えばらしい。ただ、それだけみんな冷静さを欠くギリギリの攻防になっているということなのだ。俺たちの時とは何から何まで違う。今年の対策委員に、過去の人間が出来ることは何だ。


「じゃあ、建設的な話をするぞ」

「えっ?」

「お前がやるんだろ、講習。付け焼き刃でどこまでやれるかはお前次第だ」

「高ピー先輩が、アタシを鍛えてくれるんですか?」

「やるのか、やんねえのか」

「やりますっ!」

「やるからには、徹底的にやるぞ」

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