口よりも雄弁に

 この頃は、あまりに外に出なさすぎた。その反省と気分転換を兼ねて外を歩く。日差しが強い。大型連休は、ずっと自宅に籠もってゲームばかりしていた。いつしか、初夏の様相。


「お」

「あ……」


 星港の街は、誰か知り合いに会ってもおかしくはない。だが、人の多さ故にすれ違っても気付かない可能性も十分にある。しばし横断歩道で待たされていると、よく知った顔がある。美奈だ。


「バイトか?」

「今日はもう、終わり……」

「そうか」

「リンは…?」

「オレは当てもなく歩いているところだ。しかし、つい電気街の方に足が向いている。習性だな」


 そもそも、西海市にあるコミュニティラジオ局でバイトをしている美奈と星港市で顔を合わせたにも関わらず、バイトかと聞くのは的外れであることに後から気付く。どうやら、バイトを終えたその足でここに来たようだった。


「……私は、花屋さんへ」

「ほう、花か」

「今日は、母の日……」


 少し横を見れば、ショッピングビルにはマザーズデイのポスターが大量に貼られている。もちろん、オレはそれを今になって初めて気付いたワケだが。ただ、気付いたからと言ってどうこうするつもりもなく。

 特に当てもない。電気街もさほどいつもと様相が変わっとらんだろう。どうせすることもないのだから、美奈の用事について行ってみることにした。花屋など、普段は縁のない場所だ。後学のためにも。


「しかし、まだ着かんのか」

「今回予約を入れたのは、少し遠いお店……」

「どうした。西海市内ではダメだったのか」

「そのお店は、評判がいい……一度、行ってみたかった……」


 花屋の善し悪しなどはよくわからんが、花の鮮度か何かで評判が決まるのだろうか。客商売だから、接客態度なども加味されるのか。オレの中で花屋と言えば、スーパーの中にこぢんまりと居を構えるああいうスペースのイメージだ。


「ここ……」

「ほう」


 もうしばらく行ってようやくたどり着いたその店の前には、花屋なのだから当然だが色とりどりの花があった。似たような目的で来ているのであろう客で賑わっている。それを捌く店員があくせくと走り回っている。

 先に予約をしているのだからさっさとそれを受け取ればよいものを、美奈は店先の花をまじまじと見ているのだ。きっと、元々花が好きなのだろう。オレも嫌いではないが、贈ったり飾ったりする柄でもない。

 店員が先の要件を済ませた隙に、美奈がそこへ滑り込む。おそらく、予約していた旨を伝えたのだろう。背が高く若い店員は帳面を確認すると、少々お待ちくださいませ~と仕事に入った。

 今のところ、よくある花屋だ。何がどう評判の良さに繋がっているのかは一見してわからんのだが、美奈はとても満足そうにしているし、わかる奴にはわかるのだろう。オレはこの業界のことを知らなさすぎる。


「ご確認お願いします~」


 美奈の前に出されたのは、白や淡いピンクの花で彩られたカゴだ。美奈はそれを見て、満足そうにしている。美奈が言うには、アクセントとして淡いブルーの花が入っているのがとてもいいそうだ。

 オレの中で母の日と言えばカーネーションのイメージだが、このカゴにカーネーションは含まれていない。そうこうしている間にも、店員はさらりとメッセージカードを記す。なるほど。時季物とは言え、カーネーションに限らんのか。


「……ふむ。オレもひとつ、見立ててもらおうか」


 すると、始まるのは好きな色や予算、大きさなどのヒヤリング。足を踏み入れねばわからんことばかりだ。このテのカゴなどは、同じ物がいくつも用意されているものだとばかり思っていたが、客の要望をひとつひとつ聞くのか。


「リンが、花だなんて……」

「何だ、そんなに意外か」

「……正直、少し」

「オレもよくわからんのだが、何故かな」

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