Libera Rhythm
MMPという放送サークルの活動で、まず挙げられるのが昼放送だろう。昼休みに学食で流させてもらっている30分番組。去年の春学期までは生放送だったけど、学食の機材の関係で収録番組にせざるを得なくなった。
そんなワケで、各ペアごとに決まっているオンエア日より前に番組の収録を行うことになっている。去年の秋と同じく菜月先輩とペアを組むことになった俺は、火曜オンエアの土曜収録。
――と、ここまではいい。問題は、現在時刻が待ち合わせ時刻から2時間以上過ぎているというやらかしだ。これだから春の電車は棺桶だって言うんだ。例によって電車で寝過ごし、サークル室にやってきてみれば。
もちろん罵倒罵声の上からローキックは覚悟していた。一応サークル室の鍵帳簿は見てきたけど、13時45分と書かれてましたよね、鍵の貸出時刻が。で、今が16時15分。ちなみに待ち合わせは前までと同じ14時。
サークル室は、やけに静まりかえっていた。静かすぎて不気味なくらいに。菜月先輩がそこにいたという気配はあるけど、先輩の姿はなく。荷物があるから俺に呆れかえって家に戻ったというワケでもなさそうだ。
まあ、でも、今は番組の準備だ。菜月先輩が姿を見せたら誠心誠意をもって謝るしかない。初回からこんなやらかしをするだなんて誰が思う。いや、去年も散々被害に遭った菜月先輩は想定していたかもしれない。
番組前にやるのは、使う曲の確認。BGM……は、去年と同じ曲で行くから後はMか。菜月先輩から先にもらってる3曲と、俺が選ぶ2曲。はー、これは事前にやってあって助かったとしか言いようがない。
イントロの秒数を調べたり、フェードのタイミングなどなど。ただ音楽と言ってもただダラダラと流せばいいというワケじゃない。フェードの速度や間なんかも番組に与える影響は大きい、と俺は思っている。1秒単位の戦いだ。
「ノサカ君」
一瞬、背筋が凍った。水のペットボトルを手に、菜月先輩が俺を見ている。菜月先輩は立っていて、俺はミキサー席に座っている。ちょうど見下ろされるような形になっていて、さながら、蛇に睨まれた蛙。
「本当にすみませんでした! 例によってやらかしてしまって」
「1時間くらいは想定の範囲内だったけど、まさか2時間とはな。初回からぶっ放してくれる」
「その……それは……」
「春だからだろ?」
「えっ」
「春眠暁を覚えずって言うし。去年もそんなのが何回かあっただろ」
「はい、恥ずかしながら」
別にお前を威圧したいワケじゃないんだ。そう言って菜月先輩は番組に必要な道具を手にしてアナウンサー席に着いた。カサカサとのど飴の包み紙を剥いて、ポイッと飴を口の中に放り込む。
遅刻の時間やその原因を想定されているということは恥ずべきことだとはわかっている。何の叱責もないのは許されているのではなく、呆れられているからだとも。本当に、病院に行ってこの遅刻癖が治るなら誰か紹介して欲しい。
「正直に言えば、30分を過ぎたくらいから少し昼寝をしてしまったんだ」
「ここで、ですか?」
「ロビーのソファーで結構がっつりな。お前の足音で目覚めた」
これは眠気覚ましの水でもあるんだ。そう一言、水を一口煽る菜月先輩。春眠暁を覚えず。ただ、俺が遅刻をしていなければ菜月先輩がお昼寝をすることもなかったわけで。
「さ、お前さえ良ければ行けるぞ。終わる頃には夕飯のことを考えなくちゃいけないな」
「うう、本当にすみません」
「ラーメンでも食べに行かないか、ファンフェスの話もしたいし」
「えっ、いいんですか。と言うか車がありませんがどこの店に」
「一応徒歩圏内に店はあるんだぞ」
「そうでしたか。それは興味深いです」
「そういうことだから、やるか」
「はい!」
よし、遅れた分を取り返すとか、潰えている信頼を取り戻すとかじゃないけど、俺は番組を頑張るんだ。アナウンサーとミキサーは2人でひとつ、ミキサーは一番近いリスナーなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます