Difficult decryption

 いつものようにサークル室のドアを開け、まっすぐ向かった俺の席には謎のメモ。いつ、誰が、何を記したのかもわからない。少なくとも自分の物ではないけれど、捨てるワケにもいかず。


「おはよう」

「あっ、菜月先輩おはようございます。ところで、メモの忘れ物に心当たりはありませんか?」

「メモ?」

「これなんですけど」


 菜月先輩に例のメモらしき紙切れを渡すと、眉間にはシワが寄る。きっと、菜月先輩にも何が書いてあるのかさっぱり解読出来ないのだろう。少なくとも、これが菜月先輩の物ではないことはわかった。


「俺の席に置いてあったんですけど、所有者がわからず」

「少なくともうちじゃないぞ」

「それは薄々。菜月先輩であればメモにしても読めると思いますし。一体誰の物なんでしょうか……」

「読めないってことは圭斗だろ」


 圭斗が来たら聞いてみたらいい、と例のメモは俺の手に戻された。やっぱり何度見ても何と書いてあるのか分からない。いや、或いは敢えて読めなくしてある可能性も?

 持ち主が圭斗先輩であると仮定した場合、そこはMMPのトップであり向島インターフェイス放送委員会のトップであるのだから、あまり公にしてはいけないことを考えている可能性もある。

 もし誰かにメモを見られても、その内容が解読出来ないのであれば問題ないということなのだろうか。うーん、さすが圭斗先輩、先手を打ってあったとは。


「ノサカ、お前は圭斗の字の汚さを知らないワケじゃないよな?」

「ええ、まあ、何とも言い難いですが。整った顔に見合わぬ字だとは思います」

「僕が何だって?」

「あ、圭斗」


 いつの間に圭斗先輩がサークル室に来ていたと言うんだ! もしや一部始終を聞かれた!? どうする、これで圭斗先輩の怒りを買おう物なら俺のサークル人生は終わったに等しいぞ!


「何かノサカがメモみたいなの拾ったって言うから」

「ん、どれどれ」

「うちはお前じゃないかと思うんだけど、心当たりはないか?」

「確かにこのメモらしき物は僕のメモ帳から切り離された紙だね」

「と言うか、何て書いてあるんだ? さっぱりわからないぞ」

「それが、僕にも何て書いてあるかわからないんだよ」


 ナ、ナンダッテー!? このメモ書きを残したとされる圭斗先輩にも何と書いてあるのかわからないのなら、俺や菜月先輩が解読出来なくて当たり前じゃないか!


「ん、まあ、思い出せないならきっと大した内容ではなかったんだろうね」

「読めないだけで、大事な内容だったらどうするんだ」

「そもそも、思い返さなきゃいけないような大事なことを紙媒体に記録するのが失敗の始まりだからね。携帯に打ち込むのが最善策だよ。あくまで、僕の場合は」

「ドヤ顔で言うことでもないけどな」


 圭斗先輩の手で丸められたメモ帳は、ゴミ箱に向け緩い放物線を描いた。しかし、本当に何と書いてあったのか、何をどう書けばああなるのかが気になって仕方がない。


「菜月さん、パッと見て読める字を書ける菜月さんに僕の苦労はわからないと思うけど、こう見えて大変なんだよ」

「ちゃんと書けば、何となく読める字は書けるんだろ?」

「そうだね、そうでないと筆記試験は通らないと思うよ」

「だからそれをドヤ顔で言うな」

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