優しさの藁人形

「あのなあ松江」

「どうしたの、朝霞」

「確かに左手は痛いけど、俺は両利きだから右も同じように使えるんだ」

「でも、主に使うのは左でしょ」

「まあ、そうなんだけど、そこまでしてもらわなくても」


 インターフェイス御用達のコーヒーチェーン店、トレーを2つ持って階段を上がってくるもじゃ先輩と、手ぶらの朝霞P先輩。それをアタシとこーたはおはよーございまーすと先に陣取っていた席で迎え入れる。

 朝霞P先輩の左手には痛々しい包帯が巻かれている。ギリギリ折れてはいないけど、ヒドい打撲。P先輩曰く自転車で転んだっていう体だけど、その実態を対策委員の会議で聞いてしまった。事情も合わせるとさらに痛々しいケガ。

 ――というワケなんだと思う。もじゃ先輩がP先輩のトレーと自分の分、2つ持って上がってきたのは。実際もじゃ先輩はリュックだから両手が空いてたっていう事情もある。ただ、P先輩的にはどうにもこうにも。


「朝霞P先輩、たまには甘えちゃっていいんじゃないですか? ケガしてるんだし」

「そうは言ってもまだ自分でやれるのに」

「朝霞先輩がお願いしたというわけではないんですか?」

「俺が勝手に。大変だと思って。だから、持たされてるとか、そういうんじゃないんだ」


 もじゃ先輩は大柄な体の割に存在感が薄い。控えめって言うのかな。だけど、優しい人なんだなっていうのはわかる。ただ、控えめ過ぎてやっぱり存在感が……ねえ。インターフェイスの人ってみんなキャラ濃いし。


「右腕が使えるって言っても、感覚が違うかもしれないし」

「俺は平気だ。大体俺が自滅した怪我なんだ、これ以上誰かに迷惑かけられるか」

「朝霞、逆に心配になっちゃうよ」

「ああ言えばこうなるな」


 朝霞P先輩は痛みを共有してくれない人だってつばめが言っていた。熱くて単純なようでなかなか深層にたどり着けないし、傷だらけのはずなのにそんな素振りを見せないって。弱味を見せたり、甘えるのが苦手なのかもしれない。

 そして、もじゃ先輩はぽつり、ぽつりと控えめに口を開いた。自分がこんな風に余計なお世話ばかりをしてしまうのは青敬の現状にあって、朝霞P先輩は身代わりなのかもしれない、と。


「大丈夫か松江、何か悩んでるなら聞くぞ」

「あ、うん、ありがとう。えっと、ヒロのことなんだけど……」

「えっと、ヒロと言うと、ウチのヒロさんですか?」

「ああ、ゴメン。向島のヒロじゃなくて、ウチの、長野宏樹のこと」

「長野がどうかしたのか」

「うん……最近ずっと、調子悪そうにしてて。病院に行った方がいいって言っても大丈夫って言って聞かなくって。何かあるなら、早く診てもらった方がいいと思うんだけど……どうやったらヒロを説得出来るかなあ」


 ハタチそこらじゃいくら調子が悪くても、病院に行くほどの病気は隠れてないと思うのが普通。開いたのは、テコでも動かなさそうな人をいかにして病院に行く気にさせるかというお悩み相談室。


「ごめん。ファンフェスの打ち合わせなのに」

「気にするな」

「そーですよもじゃ先輩。いろいろ抱えてたままじゃ打ち合わせにも身が入りませんししね」

「大喜利、もといブレーンストーミングなら安心と信頼の向島ブランドにお任せ下さい」

「ありがとう」

「相手が長野だろ。あっ、そうだ、オカルトで釣ってみるってのはどうだ? 朝8時半の霊安室とか」

「何で朝っぱらから霊安室なんですかP先輩悪趣味ー」

「いや、外来診療に行かせたいんだったら午前の方がいいかと思って」

「最初から大きな病院には、行きにくいんじゃないかな」


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