見舞いのブーケは一文字草で

「うーす、今日さみィな」


 白のカットソーの上からダウンベストを羽織った高ピーが、言葉の通り寒そうに己を抱いている。少しでも熱を生もうと上腕をこする行動は、正直に言ってしまえば少し季節外れだ。

 向島エリアでは20度越えの日が増えている。まあ、すっきりと晴れているかと言えば微妙だけど、花粉飛散量という意味では俺にとっては長らく続いた地獄から一転、天国のような、この世の春がようやく到来したとも言える。


「ねえねえねえねえちょっと待ってねえ高ピー、今日28度だよ!? そんな寒い?」

「さっみィだろ」


 高ピーはとてつもなく寒がりだ。冬は光熱費のためだけにバイトをしていると言っても過言じゃない。電気使用量が増えるのを見越して契約自体を変えるくらいには。雪なんかが降ると完全に活動が止まるんだよなあ。

 ただ、今日の高ピーだ。口では寒いと言いながらも、額には汗が滲んでいる。いや、もしかすると汗が冷えて寒いのかもしれない。ただ、汗をかくからには外気温がある程度あるはずで、寒いときに汗なんてそうかくか、と。


「さっみィし、朝からだりィだろ。割に汗かくから気持ちわりィし」


 何となく察したけど、言うべきか、言わざるべきか。浅浦だったらお前またかで済むけど、高ピーだもんなあ。本人が敢えてそれを無視している、認識しまいとしている可能性があるから下手に触れられない。

 ただ、いつもなら紙パックのコーヒーを飲んでいるところを今日はスポーツドリンクという、いかにもなヤツ。きっとそれを体が欲したんだろうけど、やっぱそれってそーゆーコトじゃんな。高ピー、絶対無理してる。


「ねえ高ピー」

「あ?」

「気付いてるでしょ?」

「何をだ」

「今日バイトないよね。夜はお酒飲まずにゆっくり休まなきゃダメだよ」

「ああ。今日は飲む気分じゃなかった」


 ほらおかしい! 高ピーが飲む気分じゃないっておかしいでしょ! 実際のところは知らないけど基本晩酌してるイメージの高ピーが飲まないってよっぽどでしょ!


「ちゃんとご飯食べてさ」

「あー……作んのもめんどくせえ。伊東、お前雑炊とか作れるか」

「作れるけど、ホント高ピー大丈夫? 炭水化物オン炭水化物がデフォなのに、雑炊とか高ピー食欲なさすぎでしょ。熱測った?」

「測ったら動けなくなる」


 やっぱり。高ピーの悪癖は健在だ。

 何気に高ピーはちょいちょい熱を出す。ちょいちょいっつっても2、3ヶ月に1回くらいかなあ。動けなくなるくらいの大変そうなヤツ。ただ、だるいな、しんどいなって思っても熱を測らないのが高ピーの悪癖。

 熱を測ってそれを数値として認識してしまうと気持ちが参ってしまうから、どれだけしんどくてもとことんその現実から目を背けるんだ。結果、ムチャに次ぐムチャが後からたたってこじらせるんだけど。

 ただ、熱を測らなくたってそろそろ本人もわかってるはずなんだ。降参するかのようにうなだれ、時折大きく息を吐く。額には相変わらず汗が滲んでいて、声にも覇気がない。誰が見たってしんどそうだ。


「って言うかもう家帰って寝てた方がいいよ。今日のサークルは俺が見てるしさ」

「帰るのがすでにめんどくせえ」

「徒歩5分じゃない、そこは頑張ってよ」

「あ、お前が俺のバイクを運転してだな、俺が後ろに乗るってのはどうだ」

「高ピーのと俺のじゃ全然違うじゃん、徒歩5分の道のりでも怖いよ」

「いや、つかお前ツアラー乗ってんならビッグスクーターなんざ余裕だろ」

「いやいやいやそれでも人のは怖いって。高ピー、自分で運転出来る?」

「しょうがねえな」

「サークル終わったら雑炊作りに行くから鍵開けといてね」


 ふらふらと、いつもより2、3割ほど狭い歩幅でサークル室を後にした高ピーは、きっとこの後部屋に戻ったら死んだように眠るのだろう。俺はと言えば、雑炊に必要な材料を考えて。いや、違う違う。とりあえず今日のサークルだ。ミキサーはともかくアナウンサー陣はどうしよう。

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