ピンポイントでガッテン

 今日はファンフェスの班打ち合わせ。ファンフェスまでもう日が少なくなってきて、そろそろいろいろ詰めて行かなきゃねという段階まで来ている。もう1週間くらいだもんね。


「ふぁあ」

「なっち、眠そうだね」

「昨日、バイトだったんだけど残業になって」


 なっちって結構しっかりしてるイメージだったから、ここまでの大あくびなんて本当に珍しいものを見た気がする。たまに働くとこれだからとなっちはあくびでこぼれた涙を拭う。


「なっちって何のバイトしてるの?」

「日雇いなんだけど、引っ越しの仕事だ。この連休は割と入ってて」

「へえ、引っ越しかあ。大変そうだね、肉体労働だろうし」

「女の人は荷物の梱包なんかがメインで重い物を運んだりするのはそこまでやらないんだけど、昨日は3件回って気付いたら残業になってたんだ」

「お疲れさまでした。ちなみに日給っていくら?」

「一応8000円の体だけど、昨日は残業代込みで12000円。その日その日の手渡しで」

「へえ、そうなんだ」


 知らない話を聞くのは結構楽しいかもしれない。なっちの仕事には、俺が普段バイトでやってるようなことに少し通じることもあるから何となく話もイメージが付きやすくって、より親身になって聞けるっていうのもあるかもしれない。


「ガムテープカッターの扱いがまだ慣れなくて」

「あれはね、端をまず側面に貼って、そこから張ったまま真っ直ぐ引っ張ってピタッてやってあげるときれいに出来るよ。ほら、側面にしっかり貼ってあれば、固定されて引っ張りやすくなるもんね。たわむとぐちゃぐちゃになるよ」

「なるほど。ぜひ実演してもらいたいけど道具がないのが残念だ」

「つばめでもいれば実演出来たっすねきっと」


 なっちは仕事の中でガムテープカッターを鮮やかに使う人の手元にときめいていたとかで、俺にはよくわからないときめきポイントだなあと思う。その辺も人それぞれなんだろうけど。

 元々つなぎとか肉体労働とか、そんな現場にときめく物が多いみたいだ。働く車もだし、腕まくりしたつなぎと軍手の間の腕とか。2トントラックの真ん中の席からの眺めも楽しかったとかで、女子がみんなそうと言うよりはなっちのフェチシズムなんだと。


「はっ。そう言えば、大石はガムテカッターの扱いに詳しいようだけど、どんなバイトをしてるんだ?」

「俺はねえ、物流系かな。倉庫で商品を出荷したり、入庫したりって」

「詳しく! 働く車は!」

「えっと、トラックとか、フォークリフトがいるよ」

「運送系の殿方は!」

「よく来るよー」

「つなぎは」

「つなぎの人はいないなあ」

「手袋」

「軍手とか手袋はしないとケガするもんね、俺もしてるよー。暑くって腕まくりしたときとかに手袋も外してズボンの後ろポケットに突っ込むんだけど、気付いたら落としててさー」

「あーっ! きっと天国じゃないか!」


 なっちってこんなキャラだったっけ、と少し首を傾げながらも、きっとそれだけテンションが上がることだったのかもしれない。俺の職場の環境が、と思うと何がどうポイントを突いてくるのかわかんないなあ。

 なっちがその要素の何がどういいんだと演説し続けるのを、Lもビックリした様子でただただ呆然と眺めている。話を聞いていくと、なっちはガテン系とか、工場系とかそういうのが好きなのかなって。


「さあ大石、打ち合わせよう! 打ち合わせをして心置きなく職場の話を聞かせてもらうんだ!」

「あ、うん」

「ちなみに、お前のバイトは」

「俺はラーメン屋っす」

「ほほう、それはどういう――」

「――って、打ち合わせするんじゃなかったんすか」

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