グレーゾーンの浮遊体
星港大学放送サークルUHBC、その活動場所に何回かぶりに顔を出してみれば、知らない顔がちらほらと増えている。きっと1年生が少しずつ入り始めているのだろう。よしよし、その調子だ。その調子で俺の存在をかき消せ。
「あっ、石川おはよー」
「おはよう。1年生が少し入ってる感じ?」
「うん、そうだね。昼のブースでもちょいちょい話聞いてくれる子がいるし、もうちょっと新歓は続けようと思ってるよ」
このUHBCを束ねるのが、娯楽班班長でプロデューサーの
この大石はバカがつくほど人がいい。間違ってもトップに立つ器ではない。誰も傷つけないように皆の意見を束ねることなんてまず不可能なのに、それをしようとしてうだうだしてるところとかがまさに。
ただ、そんな大石がサークルを束ねる立場になったのもその人の良さ故。俺も含めた他の3年は、3年に上がるのと同時にサークルのことを大石に押しつけたのだ。そしてそれを何の疑いもなく受け入れ、現在に至る。悪い奴ではないが、馬鹿だとは思う。
「そろそろインターフェイスの方でもファンフェスに向けて動いてるし、これからだね」
「ファンフェスの班編成ってもう出た?」
「粗方まとまりつつあるけど、明日の定例会で決定の予定だよ」
「そっか。決まったらまた教えてもらえれば」
「うん。ここにも貼り出しとくよ」
「編成が面白ければ当日も冷やかしに行くし」
「それなら出てくれればよかったのに。前対策委員だし、定例会でもみんな石川が出てくれればーって言ってたんだよ」
「当日だけならまだ大丈夫だけど、それまでの打ち合わせとなるとちょっとキツくてさ」
「そっか、そうだよね。ムリ言ってごめんね」
「いや。声かけてくれてありがとう」
今更インターフェイスの最前線なんかに誰が出るか。対策委員をやってた去年、俺はどれだけ自分の時間を犠牲にしたか。今年は隠居するって対策委員を解散したときから堅く心に誓ってたんだ。
誤解のないように言っておけば、対策委員としての活動自体が嫌だったとかではない。ただ、忙しいときはあまりに容赦なさ過ぎたというだけのことで。今年はお前の番だ。俺はもうサークル自体気紛れで来るだけの存在だ。
「ところで、高崎って誰と同じ班になりそう?」
「高崎? えっとねー」
大石は手帳を開いてパラパラと何かを探し始めた。定例会の議事を自分の手帳にメモってるのか、マメな奴。えっと、えーっとぉ、とやたら探すのに時間がかかってるようだけど、どんなメモの取り方をしてるんだ。
「あ、あった。高崎はねえ、千尋と向島のりっちゃんの3人だね」
「冷やかしたいような、冷やかしたくないような」
「あはは。石川、そんなこと言ってるとまた千尋にどやされるよ」
「たまったモンじゃない。ところで今日は坂井さんて」
「フィールドワークしてから来るって言ってたから、もうちょっとかかるんじゃないかなあ」
「フィールドワークとかいって、虫取りだろ?」
「虫取りだね。しかも千尋の研究には関係ないからね、虫取りって」
「生物科学部だからって言えば趣味の虫取りが許されるとでも思ってるんじゃないのか」
ほら、そういうことだってサークルを束ねる立場だったら出来るはずないんだ。虫取りに行くんでサークル遅れますーだなんて。
「おはよー! あーっ、トールちん!」
「げっ」
「トールちん今日という今日は逃がさないからね!」
「ちょっと、坂井さん離して」
「逃がすかー!」
あー、もう最っ悪だ! これだから俺は幽霊の立場をキメたくなるんだ!
「大石、助けてくれ」
「ごめん、俺にはとても助けられないよ。千尋が怖いもん」
「この無能め!」
あっ、ついうっかり本音が。
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