お嫁さまのワークチェア

 今日は日曜日で、サークルの新入生勧誘活動も一旦お休み。昨日溜めてしまった洗濯物は、洗濯機を回している最中。あーっと、冷蔵庫の中身はー……ああ、買い物にも行かないと。今日は1日家のことで終わりそうだな。

 実家から大学までは決して通えない距離じゃないんだけど、伊東家の掟と言うか教育方針で俺は今現在一人暮らしをしている。同じ緑ヶ丘大学に1コ上の姉ちゃんもいるんだけど、姉ちゃんも4年になるまでは一人暮らしをしていた。

 ただ、一人暮らしと言えば一人暮らしだし、一人暮らしじゃないと言えば一人暮らしでないという、よくわからない状況にある。それは、今も俺のパソコンを占拠している彼女の存在。


「カ~ズ~、今日のご飯な~に~?」

「何にしようか。買い物に行かなきゃ何も出来ないんだ」


 ポニーテールを揺らしてくるりと振り向いたその子こそが、高校1年生の頃からの付き合いになる彼女、宮林慧梨夏みやばやしえりか。学部は違うけど同じ緑大の3年。ちなみに慧梨夏も一人暮らしをしている。

 ただ、この慧梨夏は家事が壊滅的に出来ないというのと、一旦趣味にのめり込むと食事のことも忘れるっていう感じで……そんなこんなでご飯を作ったり、洗濯をしたりしているうちに俺も家事が趣味になってたと言うか。

 どっちかの部屋に2人でいるっていうことが普通になっていて、俺たちのことを知ってる人たちには半同棲だと言われることも多々。ただ、それも強ち間違ってないから強く否定できないワケで。主夫と言われるのにも慣れた。


「買い物? うーん、うち今筆がノってるんだけどなあ。カズ、車の鍵あそこにあるし行ってきていいよ」

「行ってきていいよじゃねーよ。春じゃなきゃそうするけど春はダメだ。頼むから車出してくれ」

「エビピラフとポテサラ」

「わかった。それで手を打とう」


 そもそも、春じゃなかったら俺は自分のバイクをとっくに出している。春は花粉がツラいから車を出してもらってるのに、人の車を勝手に出して花粉でやられて事故ろうモンなら大騒動。そこはちゃんと運転してもらわないと。あと、そうでもしないと慧梨夏は外に出ないし。

 慧梨夏は本人曰くライトゲーマーで、マンガ・アニメは少しチェックする程度のオタク。ただ、このテの自己申告を信じてはいけないと俺はウン年前に学んだ。互いの趣味に干渉しないというのが俺たちの掟だから実際どの程度なのかわからないけど、同人誌を作るのに忙しい腐女子だということがわかっている。彼女から「いつでも嫁に行ける」と何度言われたことか! 誰の嫁だ!


「何時に行く?」

「洗濯物干してから」

「洗濯あと何分?」

「もう脱水に入ってるし、割とすぐだ。準備しとけよ」

「だから筆がノってるんだってば。ゆっくり干してね洗濯物」

「それはどうだろう」


 人からどう見えてるかは措いといて、俺はこんな生活も悪くないと思っている。それに、これからもそうやって暮らしていくんだと信じている。これからっていうのは、これからずっと。慧梨夏にない能力が俺に備わってて、なおかつそれが開花したんだからオッケーじゃねーか。


「あ、洗濯終わった」

「ゆっくりね、ゆっくり!」

「つかお前の洗濯物の方が多いんだから手伝ってくれたっていいんだぞ」

「ホント今ノってるからムリ! あっカズはそのままやってて、お願いだからそうやってて、あーっ!」

「……お前、例によって俺の動きを資料に」

「何のコトかな!」


 慧梨夏は背もたれをギコギコと動かして、ノった波は逃さない。俺も自分用のロッキングチェアとか欲しいな。何か探そうにも、パソコンは占拠されてるな。知ってた!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る