カモネギの猟場
土曜日だろうと何だろうと、入学式の翌日はオリエンテーション。班ごとに行列を作った新入生が学内を練り歩いている。図書館の使い方だとか、どの施設がどうだとか、そんなようなことを聞いたはずだ。
新入生の事情はさておいて、俺たち在学生が講義もねえのに大学に来ている理由はひとつ。サークルへの新入生勧誘活動。放送サークルMBCC。大学公認サークルでサークル室もある、割と恵まれた団体だ。
私立緑ヶ丘大学は、10を超える学部を擁する総合大学。山を切り開いた広大な土地にあって、学生数もとんでもない。それこそ公認非公認も含めて星の数ほどサークルがあるし、部活もある。新入生の数は多いが、奪い合う方の数もハンパない。
「高ピー、なんか人がすっかり落ち着いちゃった。へくしっ。花粉つらいし、中行っていい?」
「あー、確かに腹減ったし、何か食いに入るか」
鼻水をすすりながらビラ配りの中断を訴えて来たのが、機材部長の
センタービルに入ると、ガラス張りのラジオブースの前に人だかり。これは社会学部の佐藤ゼミが構える実践型学習施設で、学部の華……ということになっているが、佐藤ゼミはサブカル系のゼミで、割とイロモノ扱いをされている。
「相変わらずヒゲゼミはやりたい放題だな」
「でも、こういうのって学部側からの依頼なんでしょ?」
一応学部の施設ということもあって、社会学部のオリエンテーションで回ることになっているのだろう。ちなみに俺も社会学部の学生だが、佐藤ゼミ生ではないからこの施設を使うことはこれからもないだろう。
「はーい、よかったらどうぞー、はいどーぞー」
すると、ブースの前で列を作っている新入生に、何やら紙を手渡している赤ジャンパー。よくよく見るとその顔には見覚えがある。
「千葉君、これ一応学部のオリエンテーションなんだからサークルのビラは配っちゃダメよ~」
「センセーちょっとくらい大目に見てくださいよ、顧問なんですから」
赤いジャンパーの下に黄色いジャージを着たデコ上げのチビだは果林に間違いない。2年に進級して、佐藤ゼミに所属することになった女子だ。今日はゼミの方に駆り出されるからサークルの新歓には参加できないとは聞いていたが。
「果林、しっかりとヒゲさん利用してんね」
「みてぇだな。普段は番組表とか貼ってるボードにもMBCCのポスター貼ってやがる」
「あっ、見てくれてる子もいるよ」
「ヒゲゼミに興味あるような連中がMBCCに流れてくることも多々あるからな。作戦自体は何ら間違っちゃいねえんだ。ただ、規則で屋内でのビラ配りが禁止されてるっつーだけで」
名義貸しの顧問、佐藤教授に窘められつつも、果林はビラを配ることをやめない。よし、もっとやれ。実際、MBCCのミキサーが佐藤ゼミに興味を持てばそれはヒゲにとっても即戦力ミキサーが約束されるようなモンだから、止める理由もないだろう。
果林が配るそのビラを少し見て仕舞い込む奴や、端からブースしか見てない奴の方が割合としては高い。それをしっかりと見てくれる奴もたまにはいるようだ。サークルの性質から言ってカモネギの猟場なんだ、察しろ。
「あっ、高ピーあの子ビラ見てくれてるよ!」
「どいつだ?」
「黒いジャケットの、メガネの男の子」
「ジャケットにメガネ、2人いるぞ」
「俺と背変わんないくらいの子の方」
「あー、興味持ったんなら見学にも来るかね」
「どうだろう。来てくれるといいね」
さて、ここは果林に任せるか。俺たちは腹ごしらえでもしてもうひと配りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます