第247話 魔導士・VS・魔導士

 鮮やかな金色の髪をふわりとパーマにした女が、頭上から箒に乗って降りて来た。どうやら、騒ぎの元凶はこいつのようだ。

 三角帽子にマント、その内側はミニスカート。全身桃色の衣装に身を包み、マントと帽子は黒。派手とも地味とも取れる服装だが、魔導士と考えるとかなり派手な格好だろうか。純白のストールが、その中で一際目を引いている。

 派手……派手とも言えるが……いや、敢えて表現するのであれば。


「見た目がうるさい……」

「うるせーっスね」


 そう、これだ。


「出会い頭にいきなり否定!?」


 俺の言葉に女魔導士は憤慨した様子で、草原の上に降り立った。女魔導士が箒を一振りすると、箒は光の雫になって消える。代わりに取り出したのは、小さな魔導士の杖。魔力を込めると、それは幼児の背丈程の全長になり、先端に宝石を嵌め込んだロッドに変化――……本当の姿が晒された。

 同業者だ。魔物を操るなんて魔導士位のものだから、当たり前なんだが。こいつが、サウス・ノーブルヴィレッジに契約を持ち掛けてきた魔導士か。

 見た目、あまり強そうには見えないが……そろそろ、気を引き締めないといけないか。

 オークやゴブリン等の魔物を扱っていた、小綺麗な顔の女。どうやら、向こうは俺の事を知っているようだ。俺を見ると、嘲笑を見せた。


「ふうん。『零の魔導士』って、まだ魔導士やってたんだ……あんた、グレンオード・バーンズキッド? だっけ? その様子だと、箒で空も飛べないんでしょ? いつまでやってるつもり?」


 俺は特に何の感想も無かったが。一応、その問いに答えた。


「箒で空を飛ぶだけが魔導士じゃねえよ……お前の辞書に刻んどけ。常識は覚えるものであって、囚われるものじゃねえってな」

「……ふーん。まあ、良いけど。私、この契約が取れないとちょっと、困るのよね。邪魔しないでくれない?」


 そう言って、女魔導士は魔力を高める。自信満々だが……あれ?

 魔力の量が、思ったより……大したこと無いぞ。

 女魔導士は俺を倒せるつもりでいるようだが。


「出る杭は打たれるって言うじゃない? 出過ぎた真似はしないことね」


 女魔導士はツンとした表情で唇を尖らせ、腕を組む。リーシュに文句を言ってしまって申し訳ないと謝りたくなる程の、ささやかな胸が強調された。


「……それはお前の見た目の話じゃないのか?」

「余計なお世話よ!!」


 ……何だろう。こいつを見ていると、何故かとても虐めたくなる。初めて会った筈なのに。どうやら一生懸命俺を小馬鹿にしたいらしいが、天性のマゾっ気と言うべきか、そういった空気が隠し切れていない。

 また、変なのが現れてしまった……そして、どうにも小物臭い。

 察するに、こいつは騒ぎの首謀者ではないな。……よく、オークやゴブリンをあれだけの数引き連れて、暴走しなかったもんだ。


「魔導士様!! 向こうは魔導士様の事を知っているようです!!」


 リーシュが驚いたような顔をして、女魔導士を見ていた。俺は思わず、苦い顔になってしまった。


「いや、だからお前が特殊なんだって。セントラル・シティで冒険者登録してりゃ、普通一度は聞くもんだぞ。噂になってるからな」

「えっ? 私は聞いた事がありませんよ?」

「だからそれが珍しいねって話をしてるんだよ!!」


 どうしてこう、こいつは会話の意図を察する技術が無いんだ。

 女魔導士はくすりと笑うと、バトンのように杖を回転させた。やがて、女魔導士の周囲に魔法陣が現れ、それが桃色の輝きを放つ。


「『零の魔導士』……ちょっと、名前はカッコ良いのにね。その正体は、魔法が飛ばない魔法使い……笑っちゃうわ。しかも原因不明。どうして向いてないって分からなかったのかしらね」


 どうやら、相手の魔導士は大魔法を連発する、オーソドックスな魔導士のようだ。描かれた魔法陣には複雑な文様が浮かび上がり、それらが魔法を構築する。発動のトリガーは……多分詠唱と、技名なんだろう。

 リーシュが女魔導士の様子に恐怖を覚えたようで、青い顔をしていた。


「ま、まさか、魔導士……!?」

「気付いて無かったの!? 箒で降りて来た時点で思いっきり魔導士だっただろ!!」


 女魔導士はリーシュのボケっぷりに嘲笑い、目を光らせた。


「本当、茶番ね……!! 『炎帝の賢人の理に従い、捌きの光を今一度召喚せん。太陽神イフリートの下に、因果を滅ぼさんとする全ての悪鬼に闇以上の地獄を与えよ』」


 高熱の光を一点集中して放つ大技、【レッドプロミネンス】。俺も一度は練習した事のある、オーソドックスな大魔法だ。詠唱、魔法陣、箒、飛び道具。俺の欲しいモノを全て見せ付けて来やがって。


「平伏しなさい!! これがセントラル魔導士養成所、成績最優秀者の魔法よ!! ――――――――【レッドプロミネンス】!!」


 ノリノリだな。予め考えて来たとしか思えない前口上だ。

 そういえば、最近セントラル・シティにも剣士や魔導士の養成所が出来たって聞いたな。魔物の出現頻度や凶暴度が増しているから、対策の為に用意されたんだろうか。

 どの程度のレベルなのかと思っていたが――……大した事はない、か。


「魔導士様!!」

「皆!! 伏せろっ――――――――!!」


 リーシュが叫び、村長が背後の村人達に指示をした。それなりに強力な魔法だ。ある意味、普通の反応なのかもしれない。

 俺に向かって、一直線に疾走る魔法。俺は棒立ちのまま、その光の筋に向かって、右腕を振った。

 威力は申し分ない。魔法の精密さや丁寧さより、魔力の量にモノを言わせるタイプの魔導士のようだ。だが――――まあ、勉強不足だ。

 パン、と花火が上がった時のような音がして、女魔導士の放った【レッドプロミネンス】は空中に霧散した。


「……………………えっ?」


 既に決めポーズまで盛大にキメていた女魔導士が、すっとぼけた声を出した。

 俺は再びポケットに手を突っ込み、特に無心のまま、女魔導士を見た。


「さて、聞こうか。……誰が、魔導士に向いてないって?」


 ……この分だと、首謀者というのも大した事は無いのかもしれない。

 そういえばの連続だが、セントラル・シティに何時だったか薬を売りに行った時、必要以上に無い胸を張って卒業証書を授与されている女が居たな。養成所の外で受賞式をやっていたから、やたらと人目を引いていた。

 確かその時に、名前を聞いたような。


「……『ヴィティア・ルーズ』?」


 びくん、と目の前の女魔導士が反応した。


「えっ、……なっ、何で私の名前……!? 一度も会ったこと、無い筈じゃ……」


 そうかあ、あの時の。魔導士の『成績優秀者』なんて、どれ程役に立つものかと、その時に思った気がする。結局マニュアルに従って魔法を覚えても、実際に魔物と相対して戦うスキルは別物だろう、となあ。

 でもまあ、確かに居るものだ。高い成績を取って認められれば、何だか自分が優秀になったような気がして、何でも出来るようになったような気がする、という具合に勘違いする人間は。


 俺は下顎を撫で、ヴィティアの全身を余すところ無く見回した。ようやく決めポーズを崩していない事に気付いたヴィティアは、素早く身体を解放し、少し恥ずかしそうにしていた。……が、隠れる場所もない。

 なるほど。……なるほど。


「さてはお前――――――――小物だな?」


 俺は確信を持って、ヴィティアにそう言った。


「ちっ……小さいですって!? 人が気にしてる事を……!!」


 何だ、その反応。俺は眉をひそめて、自身の身体を抱き締めているヴィティアを見た。……あ、そうか。


「いや、別に胸の話はしてない……」

「はうあっ!! ……死ね!! むしろ今ここで殺すっ!!」


 ……あれ? 今の俺、悪くないよね? 明らかに誘導されたよね?

 図らずとも、勝手に自爆して涙目になってしまったヴィティアが先程よりも火力を上げて、同じ魔法陣を展開させた。……確かあの手の魔法って、一度詠唱してしまえば連発出来るのだ。

 参ったな。この村を火の海にするつもりかよ……いや、するつもりなのだろう。どう見ても大した事はないヴィティア・ルーズだが、完膚無きまでに叩きのめさなければ被害が出てしまいそうだ。

 仕方無えなあ……。


「【レッドプロミネンス】!! 【レッドプロミネンス】!! 【レッドプロミネンス】!!」


 連続して放たれる、光の矢。それらは集中して、俺に向かって来る。水害なんかだと、俺も少し考える事が多かったのだが。まあ、既にパニックになっているのだろう。

 それは、異様な光景だった。大魔法を放つ女魔導士の向こう側で、一歩も動かずに魔法を受け続ける男。だが、その魔法は決して、男の所まで届く事はない。何故か全て目の前で爆発し、消えてしまうのだから。

 だが、何もしていない訳ではない。ヴィティアには、見えていないだけだ。俺がヴィティアの放った【レッドプロミネンス】を、『着弾する前に相殺している』という現実に。


 飛ばないだけで、別に俺だって【レッドプロミネンス】くらい使える。同程度・同性質の魔力を放出させれば、魔法は相殺されて消滅する。

 結果、爆発するのに無傷、って訳だ。

 爆発してしまえば、身体が隠れる。ヴィティアから見れば、攻撃は確実に俺へとヒットしたのだと、そう思う事だろう。

 その上で何故俺が倒れないのか、その理由に困惑しているに違いない。

 煙が晴れ、それでも俺は、無傷でそこに立っている。

 その事実が、ヴィティアを精神的に追い詰めているようだった。


「まさか、お前は首謀者じゃないだろ? 騒ぎの元凶を出せよ。それが出来ないなら、この村はやらんって伝えてくれ」

「このっ……詐欺師っ……!! 一体どんな魔法を使ったのよ……!!」


 人聞きの悪い。俺は別に、何もしてないぜ。ついでに言うと、ヴィティアにまだ危害も加えていない。

 なんとなく、攻撃してしまってはいけないような気がしたのだろう。この、どういう訳か全身から噛ませ犬の香りを放つ、可哀想な雌犬に。

 あれだ。『大した事はないな』って戦闘前に言って、自分から真っ先に死ぬタイプだ。

 ……よく考えてみたら、今も全く同じ状況か、それ。


「ご主人、どうします? このままだと、日が暮れちまいますよ」

「そうだなあ……」


 俺としては、ヴィティア・ルーズが諦めてくれるというのが、最も楽な展開なんだけど。……そうは問屋が卸さないか。

 ヴィティアの放つ【レッドプロミネンス】によって、俺の周囲は爆発を続ける。村に危害を加える訳にも行かないから、俺はそのまま歩いてヴィティアに近付いた。弾幕が何の意味も無いと分かり、ヴィティアは更に顔色を悪化させていた。


「こっ……来ないでよー!! 何で近付いて来るのよー!!」

「そうは言っても、お前な。激しく迷惑だからやめろ、それ」

「【レッドプロミネンス】ッ!!」


 聞く耳持ちゃしない。……俺は一体、どうしたら良いんだ。流石にこんなのは予想して無かったぞ。

 良いのか、村を滅ぼそうとしたり、支配しようとしたり。質の悪いオークやゴブリンをけしかけて来たような奴が、こんなんで。


「はぁ……はぁ……はっ、ふぅっ……」


 既に限界が近いようだ。あんな大魔法を連続で撃ちまくって、よく息が切れる程度で済んでいるものだ。魔力が豊富な使い魔を呼んでいる気配も無いし、これはこの娘の潜在的な魔力量なのか。

 だとしたら、魔導士としてはそんなに全く使えない訳でも無い、ような気はするが。


「な、なんで……なんでよぉっ……」


 目の前まで来ると、ヴィティアは腰を抜かして、その場にへたり込んだ。顔を真っ赤にして、鼻水を垂らしている。

 ……不憫だ。


「良いか、村に手を出すなよ。何の目的があって、こんな事やってんだ」

「知らないっ!! 私はただ、依頼を受けたからやってるのよ!! 文句ある!?」


 逆ギレかよ……。

 しかし、そうなると益々問題だな。首謀者はわざわざこんな、いたいけな娘を使って攻め込んで来たという事になる。姿を見せる気がない……いや、隠しているのか……?

 わざわざこんな、いたいけな小娘を使って……あれ、涙が。


「とにかく、お前もう帰れよ。作戦は失敗したって、首謀者にでも伝えてやってくれ」

「わ、私には、後が無いのよ……『零の魔導士』なんかに……負けて堪るもんですかっ……!!」


 これだけ圧倒的な力の差を見せられて、まだ続けるつもりかよ。ある意味、強靭な精神力だな……。

 だが女の子を殴るというのも、どうにも気が引ける。なので、俺はヴィティアに背を向けた。どの道、村を手に入れるには俺を倒すしか無いし、彼女に俺は倒せない。ヴィティアは帰るしか無いのだ。


「【レッドプロミネンス】ッ!!」


 俺の背中に向けて、再び魔法は放たれた。今度は弾かず、その身で受ける。魔力耐性の高い俺とスケゾーは、このレベルの【レッドプロミネンス】じゃ傷も付けられない。今まで弾いていたのは、まだ戦闘だと思っていたからだが――……少し、お灸を据える必要があるようだ。


「おいお前、いいかげんに――……」


 そう言って、振り返った。

 まずい。


「なっ……!?」


 瞬間、俺は、とてつもない悪寒に襲われ、堪らず拳を構えた。

 ヴィティア・ルーズの様子に、異変が生じていた。がたがたと震えながら、顔は青褪め、唇は紫色に変わっていた。瞳孔は開きっ放しになり、杖で身体を支え、何かに耐えようとしていた。


「いいえ……できます……できますってば……!!」


 ぶつぶつと、ヴィティアは独り言を呟いている。先程までとは、全く様子が違う……これは。

 そして、ヴィティアは杖を振り上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る