第234話 エピローグ

 こうして――……俺達の長い旅は一度、幕を閉じる事になった。



「おお、グレン、リーシュ!! 来たぞ!!」

「『赤い甘味』……懐かしいわ……」


 現れたキャメロンとミューに、俺は丸テーブルの一席に座ったまま、手を挙げた。

 季節は春。セントラル・シティにも、花の咲き誇る季節が訪れていた。俺達はそれぞれバラバラになって、各々が考える未来に向かって、進んでいる最中だ。

 黙っていても時は過ぎ、笑っている時間も泣いている時間も、日々を重ねてみると、とても短い期間のように感じる。

 俺達の戦いは、終わった。



 ハースレッドこと、ロイヤル・アスコットとの最後の戦いから、二年が過ぎようとしていた。



 リーシュとミューは、早速話し始めていた。俺も隣に座ったキャメロンと顔を合わせる。


「悪いな、少し遅れてしまった」

「あー、いいよいいよ。十二時待ち合わせって言ったのに、誰も来てねえんだもんなあ」

「誰も来てないのか!?」

「まあ、そういう奴等だからな……」


 俺は苦笑した。

 テーブルに来ているのは、俺とリーシュのみ。キャメロンが驚きながらも、席に座った。


 キャメロンとミューは、あれから再び、セントラル大陸の西……ウエスト・リンガデムに拠点を持って、建物を借りて、どうにか孤児院を立ち上げた。

 将来的には借家ではなくて、家を建てる予定らしいけれど――……まあ、今の所はそれで良いだろう。結構なお金が必要になるから、援助も依頼しなければならない。そこはまあ、今となってはギルドリーダーの知り合いも多いキャメロンなら、どうとでもなる。

 リーシュが笑顔で手を合わせて、ミューと話をしている。


「わあ……!! じゃあ、初めての子供が入ってきたんですか?」

「ええ。……とても生意気で、性格が悪くて……可愛いわ……」

「性格が悪くて可愛い……?」


 相変わらずミューの表情からは何も読み取れないが、まあ生意気で可愛いってのは、なんとなく分かる。


「うむ。諸君、揃っているな」


 店に入ってきたラグナスが、偉そうにそう言った。


「誰も揃ってねえよ。目え悪すぎだろ」

「何!? 遅刻してきて揃っていないとは……グレンオード、貴様の管理が甘いのではないか?」

「遅刻してきた奴に言われたくねえよ!!」


 そういえば。

 ヴィティアとラグナスが、その後どうしたかを知っているだろうか?

 それは、アバ・フェルディという……ラグナスの大切な人の墓での出来事だったらしい。墓の手入れをしに行ったラグナスに、ふとヴィティアがこんな事を呟いたそうだ。


『時よ止まれ、お前は美しい……って、ウエスト・リンガデムで流行った小説よね』


 墓石に書いてあった言葉を読んで、ヴィティアがそう言った。


『ヴィティアさん。……ご存知なんですか?』

『……あれ? なんで私、そんな事知ってるんだろ……小さい頃、見た気がするのよね』


 そういえばの連続になってしまうが、ヴィティアはスラムで生き延びてきた娘だ。誰もヴィティアの、実の家族の事を知らない。スラムに住んでいたという経歴を持つヴィティアにそんな事を聞くのは野暮だったし、わざわざ聞く奴も居なかった。


『ああ!! 確か、まだずっと小さい時、お姉ちゃんが、その本が好きで――……』


 だからそれは、偶然だった。

 後で聞いた話なんだが、ラグナスは死んだアバ・フェルディという娘の妹を、彼女のために探していた。

 ラグナスは確信を持っていたらしいけれど、後でウエスト・リンガデムの情報を根こそぎ調べて、本当にヴィティアはアバ・フェルディの妹だと判明したそうだ。

 ……でも、判明する前から、ラグナスは感激してヴィティアを抱き締めていたんだけど。


『ははは……ははははは!!』

『何!? ……何なの!?』


 まあ。世界は狭い、というヤツである。

 それで、そんなラグナスとヴィティアが、その後どうしたのかと言うと――……。


「ごめーん、グレン、みんな!! 講義が長引いちゃって……ごめんねっ」


 ヴィティアが苦笑しながら入って来るのに合わせて、ラグナスが隣の椅子を引いた。


「遅かったですね、ヴィティアさん。こちらにどうぞ」

「あんたは出る場所同じなんだから、待っててくれたって良かったでしょ!?」


 セントラル・シティに幾つかある、冒険者の養成所を一つにまとめ、セントラル屈指の巨大な学校を作ってしまった。

 名前はラグナスの愛刀に因んで、『ライジングサン・アカデミー』なんだとさ。ラグナスが校長で、ヴィティアは魔法科の先生なんだとか。

 ……あれ? そんな話、どこかで聞かなかったっけか? 何度か聞いたような気もする……よく思い出せない。


「あらあら、皆さん、こんにちはー」


 今度は、のんびりした声と共に、トムディとルミルが現れた。朗らかな笑顔で手を振っているルミルとは対照的に、トムディはなんか……疲れている。


「おー、トムディ……大丈夫か……?」


 席に座ると、トムディは頭を抱えていた。


「今日から三日間で、ノース・ノックドゥに行ってチェリィと国交のための会議して、それからグランドスネイクと治安保護契約の話を進めて、国の資金繰りとリゾート施設の建設と、それから……」


 ……まあなんか、意外と元気そうで良かった。


「トムディ!! ここにおったか!!」


 盛大に喫茶店の扉を開いて、キララが入って来た。トムディは目にクマを作りながら振り返って、キララを見た。


「お主が来る来ると言うから、待っておったと言うに!! いつになったら来るのかと思ったわ!!」

「だから、今じゃないって!! 一週間後だって言ったじゃないか!!」

「先に皆で集まる日が来てしまったではないか!!」

「ちゃんとスケジュール管理してくれない!? こっちが先だって言ってるだろ最初から!!」

「それは……妾ではなく、モーレンに言ってくれ」

「それくらい自分でやれよ!! あの人あんたのせいで忙しすぎて話し辛いんだよオォォォォ!!」


 結局トムディは有名になってしまって、それが原因で父親から泣いて頼み込まれ、弟のフレディの代わりに名誉国王に抜擢された。蘇生魔法なんかが使えるようになってしまったのは、長いサウス・マウンテンサイドの聖職者界隈でもまたとない事例で、各所からの注目が絶えない。

 文字通り、『至高の聖職者』になってしまった、というわけだ。

 ルミルが苦笑して、皆に言った。


「ごめんね、トムディ今、大変みたいで……」


 リーシュが苦笑して、言った。


「大丈夫です、ルミルさん。見ればわかります」


 キャメロンが頷いた。


「うむ……見れば分かるな」


 ミューが茶をすすりながら、言う。


「見ればわかるわ……」


 しかし、サウス・マウンテンサイドは田舎町なので、ギルドとの契約もなければ、セントラル・シティとの交流も殆どなかった。今になって、それがトムディに回って来ている。

 そのせいで、膨大な仕事が舞い込んで来て、それはもう大変みたいだけれども。

 ああ、そういえばトムディは、ようやくルミルと結婚したらしい。

 あ、あとな。結婚したと言えば、最近で最も衝撃的な事件はあれだ。

 最後に到着した二人が、喫茶店の扉を開いた。


「どうも、ご無沙汰してますー」

「相変わらずだね……外まで声が聞こえてくるよ」


 チェリィとクランが、苦笑しながら入って来る。

 実は……二人、まさかの電撃結婚で。……結婚? まあ、戸籍上チェリィは女だったりもする訳で。別に何も問題ないんだが……いや、大いに問題あるだろ……!!

 ……まあでも、チェリィも満更では無さそうなので、良しとするべきなのか。

 これで、セントラル・シティとノース・ノックドゥの交流も、更に深まるのだろうか。

 トムディが泣きながら、チェリィの胸に飛び込んだ。


「チェリィー!! まともに話ができるのは君だけだよ……!!」

「トムディさん……? ……あはは、よしよし」


 全員が席に着くと、思い思いに話し始めた。


 数ヶ月に一度くらいは、こうして全員で集まって、近況報告をする日を設けるようになった。

 皆、それぞれが別の場所で生きていて、違う道を歩いている。それでも、やっぱり苦楽を共にした仲間っていうのは、そう簡単に離れるものでもないと知った。


 俺は丸テーブルに頬杖をついて、笑った。

 気付けば、随分と大所帯になったもんだ。


 人は人を呼び、新たな人との交流が生まれ、そしてまた、別の人へと繋がっていく。それぞれが作り出した人の輪が、どんどん繋がって、新たな世界を作っていく。

 一度、手を握れば――……そうやって、人から人へと伝わって行くものなのだと、ようやく実感していた。



 *



 一通り話して、夕刻近くになる頃、俺は立ち上がった。


「……それじゃまあ、俺はそろそろ行くわ」


 慌ててリーシュが立ち上がり、身支度を始めた。


「グレン様!! 私、お店の裏に行ってきます」

「おー、頼むわ」


 そう言って、店を出た。目指す場所は一つだ。俺は、歩き出した。



 そういえば、俺の事をまだ、話していなかったな。



 名実ともに、ようやくセントラル・シティを救った英雄だという事になった俺は、チェリィと結婚してノース・ノックドゥに行くことになったクランの代わりに、セントラル・シティのギルドリーダーとして、大抜擢――……

 ……される予定ではあったんだけど、結局の所、俺は断ってしまった。


 正直、人の上に立つというのはやっぱり、俺の性に合わない。慎ましく生きていくというのが、楽でいいかな。

 それでも、セントラル・シティを救った者として、一応でも、祝金のようなものを受け取る事になったわけで――……。


 俺は、セントラル・シティの北側へと来ていた。

 少し歩くと、特別見晴らしの良い場所がある。高い丘になっていて、セントラル・シティの様子がずらりと見渡せるのだ。

 そこに、大きな墓がある。

 母さんの墓だ。


「グレン様、ごめんなさい。この子が中々、泣き止まなくて……」


 遅れて走って来るリーシュに、俺は笑った。

 ……この墓の下に、一万セルが埋まっている。

 墓を建てる金は、勿論かかった。だから、その金は差し引いている。



 でも、聞いてくれよ。

 ……ようやく、届いたんだぜ。

 母さんとの、約束のことさ。



 俺とリーシュは墓の前に座って、セントラル・シティの街を見た。


「あ……笑った」


 リーシュがふと、そんな事を言って微笑んだ。

 今、リーシュが抱えているのは……俺が行使した魔法によって、赤子まで戻ってしまった『ハースレッド』だ。

 時が戻ったハースレッドは、もう悪魔でもない。……ただの、人間の赤子に戻っていた。

 それを俺は拾って、こうしてリーシュと、二人で育てている。


「……良い子に、育つといいですね」


 理由は、たったひとつ。

 見捨てたくないからだ。

 俺は微笑んで、セントラル・シティの街並みを眺めたまま、リーシュに言った。


「大丈夫だよ。……きっと、大丈夫だ」


 見渡せば、この世界は『あまりもの』だらけだ。


 俺も、リーシュも、他のみんなも、最初はみんな、『あまりもの』だった。

 社会から孤立し、孤独になってしまった存在だった。

 そういう意味ではハースレッドもまた、『あまりもの』だった。

 ……いや。

 ある意味では、どんな時でも、誰もが『あまりもの』になる可能性を秘めているのかもしれない。

 見えない明日に目を背けてしまえば、きっと手を繋ぐ事はできなくなって、孤立してしまうだろう。



 だから、怯えずに目を開いて、誰かに手を差し伸べよう。

 そうすればきっと、『あまりもの』はいなくなる。

 そうだ。……『あまりもの』なんて、いない。



 俺達は、手を繋いでいる。

 これからも、知らない誰かと手を繋いで、生きていく。



 それが、『あまりもの』である俺が――……俺達が出した、ひとつの結論。


 俺と、俺の仲間達が歩んできた……社会からはみ出た者達の……知り合って、知らない誰かと信頼関係を結ぶまでの……

 ……あー、まあなんだ。長いから頭は略そう。


『(前略)あまりもの冒険譚』の、ひとつの解答だからさ。



「ところで、グレン様。私達の子供は、まだですか?」

「えっ……ああいや、まあ……ハースレッドが、もう少し大きくなってからな?」

「そんなの待ってられないですよ!!」



 ……とまあ、近況報告はそんなところだぜ、スケゾー。



 元気でやってるか? もしかしたら、そろそろ生まれ変わる頃かもしれないよな。

 次に会う時は……そうだな。今度はちゃんと、人間同士で話せたら、嬉しいな。

 この次は、家族で。

 そうしたらまた、一緒にやろうぜ。今度はチェスでも構わないからさ。

 一緒に、生きていこう。俺と、俺達と、一緒に。





 今日より良い、明日のためにさ。









Fin.


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