第233話 希望の、ゼロ・リスタート

 空気が澄んでいる。


 リーシュとの口付けを終えると、全身に魔力が漲っていた。スケゾーと魔力を共有した時のような、絶大な魔力。それでいて、スケゾーの時とは全く違う、穏やかで、落ち着いた魔力。

 以前のように暴走する気配など、微塵も感じられない。むしろ、感覚が研ぎ澄まされていく。幸福感で満たされていく。

 スケゾー。

 ……今、どうしているだろうか。


「グレンオード、貴様アアァァァ――――――――!!」


 ハースレッドが、突っ込んで来る。俺はリーシュを背中に、魔力を高めた。

 真っ赤な魔法陣が、俺の足下に広がった。

 魔法陣……?

 ……そうか。

 拳を構える。俺は、ためらわず――真っ直ぐに――力を溜め――イメージし――そして、それを、放った。



「【爆笑の】!!」



 天をも穿つ、巨大な火柱。



 ――――――――放て!!



「【ゼロ・インパクト】!!」



 俺の拳から、まるで大砲のように。巨大な火柱が出現し、ハースレッドの全身を包み込む。

 爆風にハースレッドが吹っ飛んで、崖に激突した。崖に向かって、巨大な火柱が向かって行く。追撃とばかりに火柱は再びハースレッドを覆い尽くし、焼き尽くす。

 崖の上に居たクランや、村長や、様々な人々が、俺を見て呆気に取られていた。俺の背中にいたリーシュも、目を見開いて動揺していた。


「グ……グレン様、魔法が……!!」


 俺は、リーシュに微笑みを浮かべた。


「キッ……サマアァァァ!! 何故……何故、魔法が……!!」


 大地を蹴る。

 飛び出したハースレッドに合わせて、俺も動いた。異様なまでに大きな魔力だ……リーシュと魔力を共有した俺でも、まだ足りない。でもハースレッドは俺という存在を誤認しているせいで、まだ隙を見せている。

 ハースレッドの裏に回り、高く跳躍した。


「【憤怒の】!!」


 空中に浮かんだ、俺の魔法陣。それは真紅の光を伴い、俺が手を振り払うと、魔法が発動される。

 まだ、理由も分からないだろう。

 俺の魔法が、どうして飛ぶのか。


「【ゼロ・デストロイ】!!」


 辺り一面が、焼け野原になる。以前よりも遥かに広範囲に。付け焼き刃だった範囲攻撃が、見違えるほど強力になる。

 やっと、分かった。


「くそおおおぉぉぉぉ――――――――!!」


 爆風の中から、ハースレッドが飛び出した。俺はそのタイミングに合わせて、魔法を使う。

 まだ。こんな威力じゃ、ハースレッドを倒せない。もっと、もっと強く。もっと、繊細で正確に。

 四方八方に魔法陣が現れ、俺を取り囲む。俺自身に掛けられた魔法は、更に俺を強くする。


「【哀愁の】」


 飛ばない魔法は――――…………、俺の、俺自身による、『心の枷』。


「【ゼロ・グロウイング】!!」


 張り付くように、俺の全身に魔法陣が刻まれる。そうすると、俺自身が青い炎に包まれる。

 ずっと俺は、心に枷を付けていた。俺なんかが、人と仲良くなれるはずがない。世界の誰にも求められていない。……そう、思っていた。

 でも、そう思って手を離してしまったのは……俺の方だったんだな。


「何故……そうまでして、私の邪魔をするのだ……!!」


 歯を食い縛るハースレッドに、俺は狙いを定めた。


「【安楽の】」


 両拳を振るうたび、魔法陣が現れる。


「【ゼロ・テンペスト】……!!」


 乱射した。

 拳の一撃一撃から、嵐のように炎が吹き荒れる。目にも留まらぬ速さで振り抜かれる拳が、ハースレッドを襲う。

 誰にも頼らずに、たった一人で生きていける。それが強さなんだと、そう思っていた。

 でも、大切な時にちゃんと感謝して、ちゃんと、人に頼れる。それだって、立派な強さだ。


 そうだ。

 俺は、一人じゃない。

 これからもずっと、大切な人と……大切な人達と、生きていく。

 そんな強さが、あってもいいじゃないか。


 地面に着地すると、爆風の中からハースレッドが現れた。


「世界は、変わる……!!」


 ハースレッドが、吠えた。


「グレンオード!! ……君の望む世界を、私が作る!! それでいいだろう!? 私と、手を組もうじゃないか!!」


 ふと記憶は、過去に遡った。

 俺がスケゾーだった時の記憶が、蘇ってくる。……俺の身体に俺の心が戻って来た以上、スケゾーが抱えていた記憶も、俺は思い出すことが出来るようだった。


『『シナプス』は、すべての生命の思念統合体だ。あらゆる生物をコントロールし、同じ意識、同じ価値観を共有する。もう、食物連鎖で争いなど起きない。必要なだけの生命を、必要な相手に、必要なだけ提供する事が可能になる』


 俺は……少し考えて、言った。


「ああ、スケゾーに提案してた、あれな。……断る」


 いや。……本当は、全く考えてもいなかった。

 スケゾーの時の記憶が、俺にあるからだろう。ハースレッドは一瞬、面食らったような顔をした。それでも、すぐに両手を広げて、言った。


「どうして、そうまでして『個性』などを大事にする!? お前はそれで、痛い目を見たんじゃないのか……!! 人はもう、誰にも振り回されなくていい……!! 私のプランに従えば、もう誰も何も、悩まなくていいんだ!!」


 なるほど。それがハースレッドの考える、人類にとっての利、という訳なのか。

 以前の俺なら、それが幸せだと考えたこともあったかもしれない。でも、今では……まるで、話にならない。


「じゃあ、聞くが」


 俺はハースレッドを指さして、言った。



「どうしてお前は、『シナプス』に自ら取り込まれようとしなかったんだ?」



 ハースレッドが、狼狽えた。俺は穏やかな笑みを浮かべて、ハースレッドを追求した。


「何……?」

「『大いなる意思』とやらに従うことは、素晴らしいことなんだろ? 当然のように、誰もがやるべき事なんだろ? ……じゃあ、どうしてお前は、『シナプス』に従おうとしないんだ?」


 一瞬、ハースレッドに間が生まれた。その態度を見て、俺は確信した。


「それは……私は、この世界の成り行きを見守る必要があるからだ」

「違うな、ハースレッド。善意なんかじゃない」


 俺の炎が、真っ赤に燃える。



「お前はただ、他人を自分の思い通りに動かしたいだけだろうが……!!」



 悪いが、その提案は却下だ。

 人は皆、明日の自分が幸せになるように生きている。自分達の幸せのために、皆が協力して生きている。

 今は、そうではない人も居るかもしれない。……でもいつか、そうなったら。

 きっと、未来は明るいだろう。

 俺達の、明日は。


 不意に、ハースレッドの魔力が強くなった。……この期に及んで、まだ隠し玉を持っていたのか。この魔力……ゴールデン・クリスタルだな……!!

 ハースレッドは黒い翼の兵士から、魔力を集めていた。黒い翼の兵士達が光の粒になって消えると同時に、ハースレッドの胸に巨大な金色の宝石が現れた。

 瞬間、ハースレッドの速度が上がった。その圧倒的な速さに、反応し切れない――……裏に回り込まれた……!!


「ぐうっ……!!」


 紫色の強大な魔力が、俺に襲い掛かる。いつか、ノーブルヴィレッジに現れたデーモンがやっていた魔法――……衝撃だけを圧縮したような魔力の弾が、無数に放たれた……!!

 避け切れない……!!


「ぐああああっ!!」


 今度は俺の方が、崖に突っ込む事になった。ハースレッドの猛追が、来る……!!


「それがどうした……!!」


 更に巨大化したハースレッドは、もう完全に人ではなかった。恐ろしい、悪魔の姿をしていた。


「くだらない人間共よ……!! おお、お前達は愚かにも同種を見下し、差別し、挙句、自らの欲のために切り捨てるのだ……!!」


 殴られる。

 何度も、何度も。

 その度に、俺の身体が崖に衝突する。ヒビが入って、そして――……崖が、崩れる……!!


「余り物如きが、この私に刃向かうな!!」


 俺は、頭を抱えた。

 ……しかし、崩れた岩が落ちて来ない。

 頭上には、無数の蛇がいる。一体ずつ、崩れて落下するはずの岩を咥えて……蛇……?


「もはや、妾に役目はないだろうと思っていたが……これは、良い所に来たのう……!!」


 キララ。


「胸の宝石を壊せば良いんだね!? グレン、加勢するよ!!」


 クラン。

 二人共、俺とハースレッドの間に隔たりを作った。ギルドリーダーだけあって、凄まじい魔力だ……今のハースレッドにはまるで及ばないが、二人ならどうだ……!?

 キララとクランが、一度距離を離したハースレッドに向かった!!


「邪魔だ、そこをどけっ――――――――!!」


 ハースレッドの長い爪が、キララとクランを襲う……!!


「むぅっ……!?」

「ちっ……!!」


 ものの一発で、キララの蛇が唸り、クランの剣にヒビが入った。どうにか二人共、持ち堪えているが……駄目だ、このままじゃ、貫かれる……!!



「【ソニックブレイド】!!」



 刹那。


 ハースレッドの胸にあった宝石が、ものの一瞬で粉々に砕け散った。突然の事に、ハースレッドが目を丸くする。キララとクランの二人が、唐突に弱まったハースレッドの攻撃に驚く。

 視界の端に――――…………ラグナスの姿が。



「行けえぇぇぇぇ――――――――!! グレンオードオオォォォォ――――――――!!」



 ラグナスの言葉に、俺は飛び出していた。

 キララとクランの間をすり抜け、俺は。

 ハースレッドの顔面に向かって、思い切り、拳を振り向いた。


「うおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉああああああ――――――――!!」


 手応えがあった。

 その拳はハースレッドの鼻っ柱を折り、遥か後方までハースレッドを吹き飛ばした。

 すぐに俺は、ハースレッドを追い掛けた。

 まだだ。まだ、終わりにしてはいけない。

 俺にはまだ、やらなければいけない事がある……!!

 起き上がろうとしたハースレッドの胸倉を掴み、再び地面に叩き付けた。


「人間如きがああぁぁぁぁぁ!!」


 醜く歪んでしまったのは、姿形だけじゃない。

 その、誰よりも尖っていて、誰よりも曲がってしまった、心の方もだ。

 それを――――…………、正す……!!


「俺は……!!」


 右手を、大きく振り上げた。

 嘗て、魔導士業界で、『如何なる魔法も全て飛ばない』と呼ばれた、魔法使い見習いがいた。

 そいつは『飛ばない魔法』のスキルを磨き、そして、新たな境地を、見出した。

 人と分かり合う事に、魔法は使えない。

 じゃあ、俺の魔法は、何のためにある?


「人が自分の思い通りにならないからって、ずるをしたり、人を貶めるような事はしない!!」


 そうだ。俺達は、長い時間をかけて、分かり合っていく。

 それはきっと、遠い、遠い道程だろう。衝突する事は、何度もあるだろう。争いは尽きないだろう。

 それでも、絶対に諦めない。

 人と、手を繋ぐことを。


「そんな事も分からねえなら!! もう一度、人生やり直せ!!」



 一歩ずつ。



 ――――たとえ、未来の形が掴めなくても。



 ――――たとえ、明日の光が遠すぎても。



「【希望の】!!」



 一歩ずつ、行くんだ。



「【ゼロ・リスタート】!!」



 瞬間、世界は真っ白に染まった。


 遠い過去。これは、何の世界だろう。

 どこか、大きな建物の中にいる。小さな少年が、縫いぐるみを抱きかかえながら、寂しそうに人を見ている。


『お父さん、お母さん……どこに行くの?』


 問い掛けると、少年の両親と思わしき人物は、微笑んで、言った。


『お前はここに、残っていなさい』


 それだけを伝えて、少年を置き去りにした。


 ……そうか。


 それが、お前の抱えていた……お前の抱えている、トラウマなのか。

 見知らぬ人に、手を引かれた。少年は、両親の目の届かない、どこか遠い所へ――……連れられていく。


『お父さん!! ……お母さん!!』


 安心しろよ。

 お前を、殺したりなんかするもんか。

 どれだけの時間をかけても、人を大切にするということを、教えてみせるさ。

 それが、俺の魔法だ。



 何度でも、ゼロから。



 だって俺は、『零の魔導士』だから――――…………。



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