第207話 フラストレーション……!
「えっ、そんな理由で出て来たの!?」
セントラル・シティの喫茶店『赤い甘味』で、トムディ・ディーンは少し強い口調で言った。
トムディの目の前には、ノックドゥからずっと行動を共にしているヴィティアがいる。すっかり意気消沈してしまった様子で、喫茶店のテーブルに突っ伏して、ぐちゃぐちゃと何かを呟いていた。
「だってぇ……なんかもう、ダメかなあって思っちゃったのよぉ……」
涙に濡れた表情に、トムディは苦い顔をした。……人の色恋沙汰について相談される事ほど、面倒な事はない。まして、今は全くそのような状況では無いというのに。
今日は珍しく、真昼間からラムコーラなど飲んでいるヴィティアだった。失恋乙女が失恋酔っ払いに進化して、面倒レベルが二段階ほどアップしているように思える。
苦し紛れに、トムディは両手の掌を上に向けて、肩をすくめて言った。
「元々僕達は冒険者で、パーティなんだから。そんな事言ってる場合じゃないだろ。目を覚ませよ」
ヴィティアによれば。
グレン達ではなく、トムディに付いて来たのは、グレンとリーシュの間に得も言われぬ深い絆を感じたからだと。そこに自分が入ってしまっては邪魔になるかもしれないからだと、そう言うのだ。
「パーティも……もう、解散した方が良いのかなぁ……」
「もう、なんだよ!! 泣き言聞くために連れて来た訳じゃないぞ!?」
ヴィティアは突っ伏したままで顔を横に向けて、トムディを睨むように見詰めた。
「あんたには分かんないでしょうけど!! これでも私は、一生懸命グレンに尽くしてきたんです!! ……でも、ノックドゥでの事件を見て思ったの。グレンとリーシュの間って、すごく深い関係があるじゃない。信頼とか、そういうのを超えた……阿吽の呼吸みたいな」
ふと予想外の角度から物事を話されて、トムディは少し驚いてしまった。
「……まあ、それがある事はもちろん否定しないけど。僕達が加わる前から一緒にいるからね、二人は」
「だったら……二人でやった方が良いのかなあ、自然かなあ、って」
「自然かどうかなんて関係ないよ。自然だとするなら、冒険者として役割を持てるメンバーがちゃんと揃っていれば適切。そうでなければ不適切だし、そういう話じゃないの?」
ヴィティアは首を反対側に向けて、トムディから目を逸らした。
「……あんたに話した私がバカだったわ」
「僕の何が悪いって言うんだよ」
「違うの、役割とかじゃなくて。私は、どうしたら二人が生きやすくなるかなあって、そういう事を考えながら話をしているの。……グレンは我慢してるけど、本当はセントラル・シティには居場所が無いのよ。馬鹿にされてたし……リーシュも、こんな事があった後じゃどうしようもないじゃない。だから、二人でどこか違う場所で暮らしていた方が、楽じゃないかって思ったのよ」
なるほど、確かにそうだ。どうしたら、二人が生きやすくなるか考える。
それは、自分も考えている。
しかしまるで、二人が生きやすくなるための事を何も考えていない、と言われたような気がして、トムディは思わず不機嫌になってしまった。椅子に座り直すと短い足を組んで、トムディは言った。
「セントラル・シティでだって、普通に平和に暮らす方法はあると思うよ。……でも、もしも二人が本当に生きやすくなる方向を目指すんだとしたら。グレンが今みたいに無理していたら、いつまで経ったって良くなりゃしないさ」
ヴィティアは顔を上げて、トムディの事を少し呆れたような目で見詰めた。
「……あんた、まだ怒ってんの?」
「何のこと?」
「グレンが無理して、セントラルの東門で一人で戦ったこと」
トムディは、ヴィティアから目を逸らした。
「……別に、グレンに怒ってる訳じゃないよ」
トムディは少し、後ろめたい気持ちだった。
自分が本当に役に立てる人間だったとしたなら、セントラル東門での事件は起きていなかった。トムディと相手の間に明確な戦力差があったからこそ、グレンはトムディを引かせたのだから。
トムディは、焦っていた。
『お前には無理だよ、根性無し』
バレル・ド・バランタインと戦って、サウス・マウンテンサイドを出た。
あの日から、一体何が変わったと言うのだろうか。
確かに、できる事は増えているかもしれない。しかしそれは、トムディ自身についてのことだ。トムディに求められている役割は、本当は――……こんな時、パーティが傷付いている時に、それを回復してあげる事ではないのだろうか。
未だ、ヒールも使えない。毒は治せるが、傷は治せない。……懸命に努力して、この状態なのだ。これでは、いつまで経っても人を背負える立場にはなれない。
トムディは、今すぐ背負わなければならないのだ。
戦う事ができないグレンを救ってやれるとすれば、もうそれしか手段が無いのだから。
「大丈夫よ、トムディ。……今は少し調子が悪いけど、ゆっくり休めばまた、グレンもセントラルの冒険者として戻って来るって言ってたし」
その言葉にトムディは、呆れると言うよりも驚愕してしまった。
「それは……!? グレンがそう言ったのかい?」
あまりにトムディが驚いたからか、ヴィティアは少し面食らったような顔をして、若干引き気味に答えた。
「……そ、そうよ? どうしたってミッションは受けないとお金がないから、ちゃんとセントラル・シティには戻って来るって……」
「それで君は、愚かにもそんな言葉を丸ごと信用しているってわけか」
思わず、少し厳しい口調になってしまった。ヴィティアは憤慨して、『赤い甘味』のテーブルから立ち上がった。
「お、愚かって何よ!! グレンがちゃんと、そう言っていたんだから!!」
グレンオード・バーンズキッドはもう、セントラル・シティに戻っては来られない。冒険者としてもやっては行けない。
その事実は、既にノックドゥの城で確認していることだ。あの時グレンは、ギルドリーダーになれる予定でいた。もしもギルドリーダーになる事ができたら、皆に話すとも言っていた。
ギルドリーダーになる事が出来なかったから、もう話すことは無いと、そう言うのだろうか。
いずれ尽きる金と、満足に動くことができなくなった身体を持て余して。
「……………………くそっ!!」
トムディは立ち上がり、叩き付けるように金をレジカウンターに置くと、『赤い甘味』を出た。
「ちょ、ちょっと!!」
ヴィティアが慌てて、それを追い掛けた。
セントラル・シティは、相変わらず冒険者で溢れ返っていた。通りを少し見れば、武装している人間ばかりが目に入る。
所詮、自分達もこの、無数にいるセントラル・シティの冒険者のひとりだ。グレンも、また。
この広い世界を見れば、身体を壊して冒険者として生きていけなくなった人間など山ほどいる。その中には潰しが利かなくなって、落ちぶれていく……或いは、死んでしまう人間だってごまんといる。
その中の一人になるだけだ。
通りを歩いていると、やるせない怒りばかりがトムディの腹の中を渦巻いた。まるで蟲のように、それはトムディの心に侵食していった。
どうして、頼ってくれないのか。グレンが話すのはいつも、リーシュだけ。自分達には相談もされなかった事が、何度もある。
でもグレンは今、路頭に迷っている。そんな時でさえ相談されないのはなぜだ。
何のための仲間。何のための家族。何のための信頼。
「トムディ!! ちょっと、待ってよ!!」
ヴィティアが、背後からトムディの肩を掴んだ。強制的にトムディは立ち止まり、ヴィティアの方に向き直らされた。
違う。
頼りにされないのは、頼りになるだけの要素が自分に無いからだ。人を支えて生きていく程に、強くはないからだ。
冷静に周りを見回せば、分かるだろう。そう、トムディは思った。自分に何ができる。……少し頭が回って、人の裏をかくような事は得意かもしれない。だけどそれは、生きていくための直接的なスキルには成り得ない。ヴィティアもそうだ。冒険者として生きていくために必要な要素を、あまり備えていない。
リーシュは違う。リーシュには、武器がある。『カブキ』で見た、一撃必殺の大技がある。『遠距離からの攻撃』という、グレンの足りない所を補ってくれる。
戦闘面だけではない。精神的な面でもそうだ。
確かにリーシュは少しボケた所はあるが、肝心な部分ではいつも一歩先を見ていて、グレンの事を理解している。グレンがもう戦えないという事を、その肌で感じていた。それ程に二人は、強く繋がっている。
では、自分は?
辛いと感じているグレンに、一体何をしてやったのだろうか?
ヴィティアが少し肩で息をしながら、トムディを咎めるような視線で見詰めた。
「急に出て行かないでよ、もう……!! 一体どうしたのよ……!!」
雑踏が聞こえる。だがそれは、トムディの耳に入って来る事はない。トムディはまとまらない頭で、グレンの事を考えていた。
今、自分にできることは。一体、何だろうか。
「グレンはもう、戦う事ができないんだ」
何のことを言われたのか分からないようで、ヴィティアが暫しの間、固まっていた。
「……………………えっ」
トムディは顔を上げて、ヴィティアを見た。そこには、戸惑いの瞳があった。
ノックドゥでグレンが判決を言い渡される少し前、キャメロンと話していた。その時に、キャメロンが言った。
『どうして、黙っているんだ……!? この事実を知っている人間が、俺の他にあと何人いる……!!』
グレンが黙っているのは、自分達の負担になると思っているからだ。そんな事は、少し見ればすぐに分かる。
でもそうやってグレンが無理をしていれば、きっと問題は解決に向かわないだろう。
「ノックドゥでキャメロンに話していたんだ!! グレン自身の言葉なんだ!! もう、スケゾーと魔力共有をすることができないって言ってたんだ!! でも、グレンはその事を僕達に話さなかった!! 何故か!? 話すことで僕達が苦労する事はあっても、楽にはならないって思ったからだ!!」
明らかに、ヴィティアは戸惑っていた。彼女にとっては、聞いた事のない真実だったのだろう――……しかし、トムディは話すことを止めなかった。やがて死に絶える者を、このまま無視している事などできるものか。
自分は、人を助けるために聖職者になった。
最も身近なグレンを、傷付いてるリーシュを、助ける事ができていない。
その許し難い事実を、胸に。
「もしこの事をヴィティア、君が知っていたら!? ノックドゥで解散する時、君は僕の所に付いて来ただろうか!? 答えはノーだろ!? 本当は介護が必要になるかもしれない重症患者で、リーシュも限界に近付いていた!! 君ならどうした……!?」
唐突に突き付けられた言葉に、ヴィティアは固まる。
「……えっ……えっと……」
今、誰もがグレンを頼りっ放しになる流れがある。これを変えなければ、勝機は見出せない。
「今は、誰もこの事を知らないから良いだろうね。でも、グレンと何度も戦ってきた、姿も分からない敵がこれを知ったら? ……だから僕は、苛々しているんだ。このままじゃ駄目なんだ。でも、誰もその事実に気が付いていない。変えることもできない……!! ヴィティア、君はこのままで良いのかい!? この先、グレンが名前も知らない何者かに殺されてしまっても、いいかい!?」
ヴィティアは呆けていた。まるで思考が整理できず、困っている様子だった。しかし――……一通りの事を考えたのか、深呼吸をして、頷いてから、ヴィティアは言った。
「…………良いわけ、ないわ」
トムディもまた、ヴィティアの肯定に頷いた。
「サウス・マウンテンサイドに、ひとまずグレンの居場所を作れないか、父上に相談してみようと思うんだ。そうして――……二人を迎えに行こうよ。それが今の僕達にできる、最善の事だと思う」
何を言う事もなく、ヴィティアは深く頷いた。
これまでのトムディは、はたから見れば一人で騒いでいるようにしか見えなかったのだろう。ヴィティアの目にも、そう映っていたに違いない。だけど、これで――……トムディは、ヴィティア・ルーズという協力者を得た。
それと同時に、トムディは自分のやるべき事を定めた。この迷宮としか言いようがない問題に挑むための、一つのきっかけを得た。
――あとは、連中がいつ動くかだ。
ノックドゥの事件は終わりを迎えた。連中が何もしないでいるとは思えない。こちらから先手を打ちたいが、どれだけ時間の猶予があるだろうか……。
「……………………なんスよ」
スケゾー?
聞き覚えのある声がして、トムディは思わず辺りを見回した。まさか、スケゾーがこの場所に――……そうだとすれば、グレンもセントラル・シティに来ているのか? ヴィティアにも聞こえたようで、咄嗟にきょろきょろと辺りを見回していた。
やがて、トムディは声の主を発見した。
「……詳しく、話してくれるか」
路地裏だった。ゴミ箱の上に立って、スケゾーが話をしている。その隣に居るのは――……マックランド・マクレラン。先のノックドゥで治安保護隊員と共にいた、グレンの師匠だ。
トムディとヴィティアは、目を見合わせた。
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