第198話 やっぱり私は

 声を発したのは、チェリィの母親。エドラ・ノックドゥだった。

 しんと静まり返ったステージの上。国民の視線が、一気にエドラへと向かった。エドラは特別席の椅子から立ち上がり、杖をついてステージの中央へと向かって歩いて来る。俺達と師匠とウシュク、ノックドゥの人間と治安保護隊員が入り乱れ、固まっている場に。

 エドラはゆっくりと、それでいて黙々と歩き、ステージに倒れて眠っているチェリィの所まで来た。チェリィを上から見下ろすと、暫くの間、何かを考えている様子だった。

 やがてエドラは顔を上げ、ウシュクを見て言った。


「『ギルド・あまりもの』の評価は、保留とします」


 その言葉を聞いて、ウシュクが咄嗟に反論した。


「どうしてですか!! こいつらはチェリィを公共の場で殺害しようとした挙句、俺に罪をなすり付けようとしていると言うのに!!」


 ウシュクはそう言ったが、エドラは聞き入れなかった。まるで何事も無かったかのように、ウシュクの方に視線を向ける事さえしない。

 舌打ちをして、ウシュクは苦い顔をしていた。解せない――……言葉には出さずとも、顔がそう言っていた。

 師匠はマグマドラゴンを背中に従えたまま、エドラを見ていた。


「……よろしいのですか。このまま事を終えれば、遂に犯人が出て来ない可能性も考えられますが」

「ノックドゥの人間が犯人である可能性もまた、あるのでしょう。所詮、水掛け論でしかありませんもの」


 ノックドゥの人間……? ……もしかして、ウシュクのことか?

 何で、そんなに回りくどい言い方をするんだ。


「今は、チェリィちゃんが無事だった事が何よりも大切ですわ。『ギルド・あまりもの』の方々は容疑者であるかもしれないけれど、同時にチェリィちゃんを救った方々でもあるのよ」


 エドラは俺に向かって少しばかり微笑んで、そして――……背を向けた。

 俺達は自然に各々の武器を戻した。治安保護隊員も、ノックドゥの人間も。皆一様に、エドラの言葉に意識を変えていく。

 クランがステージ上に立って、国民に向かって胸を張った。


「本件、『ギルド・キングデーモン』に任せて頂きたい。……後日、詳細を報告いたします。本日は、これにて解散とさせてください!!」


 周囲は、クランの言葉を受けてざわつき出した。

 一体何がどうなっているんだ、新国王は無事なのか、等といった不安の声は聞こえてくる。それでも、ここに居ると危険だという意識もあったのか、国民はそれぞれ急ぎ足でステージから離れて行った。その様子を見詰め、次第にノックドゥの人間も、眠っているチェリィを抱えて城へと戻っていく。ウシュクも怒りが隠し切れない表情のまま、城へと戻った。

 クランは一人、複雑な顔をしていた。


「クラン?」


 俺は思わず、その顔に声を掛けてしまった。


「……君のことを調べていて、思ったよ。セントラル・シティで君は、かなり難しいミッションをこなしている記録があった。当時、君が入ったギルドで君が煙たがられなければ――……君の噂はもっと早くに広まり、もっと早くから……まだ私が『ギルド・キングデーモン』のギルドリーダーになる前から、私の耳に入っていたに違いないんだ」


 少し悔しそうに、クランは言った。

 元の姿に戻ったトムディが、縄を切ったミューと共に、遠方から走って来る。その様子を視界の隅に捉えながら、クランは寂しそうな顔をして、俺を見た。


「私は……いや。僕は……もっと早くに出会えていれば、僕と君は、一緒に仕事をしていただろうと。そう思うと、残念でならないよ」


 思わず、俺はクランの言葉に笑ってしまった。


「それはないよ。……『ギルド・キングデーモン』なんかに入った日にゃ、今より早く俺の悪評は広まっていたさ」

「君は、自分の事を低く評価し過ぎだ」


 あっという間に、観客席はもぬけの殻になった。クランはそれに背を向けて、確固たる意志をその瞳に宿した。


「……まだ、ギルドを継続させる意思はあるね?」


 何を言い出すのかと思えば、クランはそんな事を言った。

 クランは真剣に、俺を見詰めて。そうして、唇を引き結んだ。


「この事件の詳細を追う。……君を必ず、一国のギルドリーダーにしてみせる」

「……ああ。……できれば、よろしく頼むよ」


 それでも、真犯人の疑いが出たって、証拠が無ければ。今回の事件が迷宮入りになるのは、火を見るよりも明らかだ。

 もしかしたら、国民が映像を記録していたかもしれない。そんな中でウシュクが真犯人となるのか、それとも他に誰かが居るのか。証拠さえ見付かれば、俺達の信用は回復するかもしれない。

 そんな希望に懸けるしかない今の状況は……どうなんだろうな。

 クランは背を向けて、ノックドゥの城に戻って行った。ヴィティアが俺の所に来て、怪訝な表情で言った。


「あの、私達も……城に戻って、良いのよね?」

「ああ、『処分保留』だからな。一応、問題無いんじゃないか?」


 それぞれ、ノックドゥの城に向かって歩いて行く。その様子を見ながら、俺は最後にステージを離れるつもりでいた。

 ふと観客席に視線を向けると、そこには大きな長剣を腰に携えた、金髪剣士の姿があった。

 俺は、その男に――――ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルに向かって、苦笑した。


「……もしかして、戦闘になったら助けてくれるつもりでいたか? ……何だか、こんな事になっちまって悪かったな」


 そう言うと、ラグナスはふん、と鼻で笑い。俺に背を向けて、歩き出した。


「リーシュさんにもしもの事がないよう、見ていただけだ。……貴様もギルドリーダーなら、ちゃんと女性を護る役割を果たすのだな」

「ギルドリーダーの役割は女を護る事だけじゃねえよ……」


 密かにツッコミを入れつつも、去り行くラグナスの背中を見詰める。

 俺は振り返り、未だにへたり込んでいるリーシュの頭を撫でた。


「……戻ろう、リーシュ」


 リーシュは、一言も言葉を発さなかった。



 *



 その後、城に戻ってトムディの話を聞いた。ウシュクが犯人だという事で間違いは無いと、トムディは話した。

 リーシュの翼が出現する瞬間、ウシュクは何らかの魔法を使ったと言う。周囲がリーシュに目を奪われている中、明らかに不自然な行動だったと。だが、どうしても俺は、納得する事ができなかった。

 城に戻ると、俺達は客室のひとつに集まった。既にすっかり夜は更けていて、それでも目を覚まさないチェリィの動きを待ち、輪になって部屋の中にいた。


「……本当なのか? ヴィティアの話は……」


 どうやらヴィティアは、始めからウシュクを怪しいと思っていたらしい。俺がそう問い掛けると、ヴィティアは自身の身体を抱えて、少し怯えたような声色で言った。


「そうよ。……私だって、危なかったんだから。危うく、殺される所だったわ」


 ウシュク・ノックドゥと、リーシュやヴィティアを攫った『黒いローブにフードの男』が、繋がっているとヴィティアは話した。

 確かに、ウシュクには陰があった。何となくの感覚でしか無かったが、それは確かだったと思う。自分よりも年下のチェリィが国王になる事にも、何らかの感情を抱いていたのかもしれない。

 チェリィが女になっていく中、ウシュクはそれを化物だと言っていた事も、チェリィ本人の口から聞いている。

 ……でも。


『チェリィ!!』


 あいつが酒を飲んで、倒れた時。真っ先に駆け寄ったのは、他でもないウシュクだ。


『チェリィ!! しっかりしろ、チェリィ!!』


 あれが演技のようには、どうしても思えなくて。

 だって、兄弟だろ。俺にはそんなもの居なかったから分からないけれど、家族っていうのは、どれだけ表面的には嫌っていたとしても、深い部分では繋がっているものじゃないのか。そう思っているのは、家族を失った俺だけなのか。


 ……分からない。


 でも、演技でやっていたとするなら、相当な演技力だ。それに……何が起きても騙し通すという、強い覚悟の上にある行動だと思う。

 必ず弟を殺すという、強い……決意。


 そんな事が、あるのか。

 ……あって良いのだろうか。


 俺には、その気持ちは全く分からない。

 キャメロンが腕を組んで、首を傾げた。


「それにしても、どうして真っ先にグレンに報告しなかったんだ? 俺はてっきり、もう知っているものだと思っていたぞ」


 その質問に、ヴィティアが少しバツが悪そうにして、小さくなった。


「だ、だって……相手は絶対、グレンを警戒してくると思ったから……」


 そういう事だったのか。

 確かに、俺に状況が知らされていれば、チェリィを事前に助ける事はできた……かも、しれない。でも、就任式の場まで俺はずっと一人だった。……今にして思えば、部屋は男女で別れているものだと当然のように考えていたが――……あれは、俺を隔離して監視するための作戦だったのかもしれない。

 そう考えると、俺が不審な動きをする事で、連中は作戦を変えてくるかもしれない。……結局、チェリィがどのようにして攻撃されるのかが分からなかった以上、俺も報告された所で、一人ではどうする事もできなかっただろう。

 ヴィティアの行動は正しかったのだと思う。間違いなく、チェリィは助ける事ができたのだから。


「トムディ、ありがとうな。……お前のおかげで、チェリィが助かった」


 そう言うと、トムディは少し満足そうに微笑んだ。

 ヴィティアが手を合わせて、俺の言葉に同調する。


「そうよ!! 解毒の知識が豊富だなんて、知らなかったわ。あんた意外と役に立つじゃない」

「意外とってなんだよ。裸じゃないと行動もできない君より遥かにマシだよ」

「何よ!! 【エレガント・ハイドボディ】、役に立ったじゃない!!」


 ミューが茶をすすりながら、ぽつりと呟いた。


「……どんぐりの背比べとは……このことね……」

「ハァ!?」


 ヴィティアとトムディが、同時にミューへと啖呵を切った。

 ……チェリィは今、治安保護隊員から治療を受けている。チェリィが目覚めるまで、エドラとクランが付きっ切りだ。今は、チェリィは攻撃されないだろう。

 俺達がやったので無いとすれば、国側か治安保護隊員の裏切りだ。最も、どうやって裏切ったのか、という話が分からないままになるのだろうが――……毒を仕込んだのが魔法だとするなら、どうせ証拠なんて出ない。リーシュというジョーカーを利用して、俺達は就任式の仕組みの抜け道を突かれた形になる。

 不安そうな顔をして、ヴィティアが言った。


「……私達、これからどうなるのかしら」


 トムディが胸を張って、それに答えた。


「大丈夫だよ。チェリィは助けたんだから、僕達が罪に問われる事は無い筈さ」


 ……そうだと良いが。

 何れにしても、これで益々ギルドリーダーの就任式は警戒して行われるようになるだろう。セントラル・シティにも、噂話は広まるのだろうが……それと俺達が疑われない事とは、また別の話だ。

 俺は立ち上がり、部屋の扉に向かった。


「リーシュ。……ちょっと、良いか」


 指示すると、リーシュが立ち上がった。

 無表情に。まるで仮面のような、生気のない顔。俺に呼ばれても一言も言葉を発さずに、ただ黙って、俺に従う。

 その様子に、周囲の反応が暗くなった。

 俺は自然に、リーシュと手を繋いだ。

 部屋の扉を開いて廊下に出ると、扉を閉める。そうして、俺はリーシュと真正面から向き合った。

 廊下は暗く、誰もいない。既に日付が変わっている。人々は寝静まり、どこか遠くで梟の音が聞こえる時間帯。

 リーシュの肩を掴んで、極力笑顔で、俺は言った。


「大丈夫だよ、リーシュ。……お前が責任を感じる必要はない」


 俺が声を掛けても、例え目を合わせても、リーシュは俺を見ていなかった。

 胸が痛い。

 構わず、怒りを爆発させてしまいたくなる。俺でもリーシュでもない、この場に居ない何者かの胸倉を掴み上げて。力の限り殴って、終わりにしてしまいたい。

 だって、そうだろう。リーシュが何をした。

 こんなにリーシュが傷付いてしまったのは、何故だ。ただ一生懸命、就任式の責務を全うしようとしていただけだ。リーシュは何もしていないし、何も悪くない。

 それでも、傷付くのはリーシュだ。

 俺は、リーシュの頭を抱き締めた。


「心配、するなよ。……俺がリーシュを庇ったから、そのせいで俺にも責任が行くとか、そんな事を考えてるんだろ?」


 リーシュは、答えない。俺は努めて明るい声で、リーシュに話し掛けた。


「元々、リーシュの責任じゃないんだ。気にする必要はないよ。……そうだろ? お前は何もしていないんだから」


 リーシュは、答えない。


「お前は、当てられたんだよ。ただ、災厄が降り掛かってきた……それだけだ。だから、元気を出そうぜ」


 何度も、声を掛けた。

 やがてリーシュは、ぽつりと呟いた。


「やっぱり、私は……『悪魔の子』ですね」


 傷が深い。

 俺は歯を食い縛って、唇を引き結んだ。それきり何も喋らないリーシュの頭を、何度も撫で擦った。

 一万セル。母さんとの約束。

 ……そんなもの、どうだっていい。

 誰か、リーシュの傷を癒やす方法を、俺に教えてくれ。

 どんな事でも、やるから――……。



「グレン!!」



 駆け寄る声がした。その方向を見やると、肩で息をして、クランが俺の所に駆け寄ってきた。

 全力で走って来たようで、俺を見て顔を上げた。


「チェリィが、目を覚ました……!!」


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