第190話 チェリィ救出作戦!

 トムディはヴィティアとミューに向かって、軽く咳払いをして話し始めた。


「良いかい。ギルドリーダーの就任式に出席した事が無ければ知らないだろうけど、あれって結構大きな式なんだ。一国を護る兵隊についての儀式だからね」


 頭の上の王冠が光る。ヴィティアが苦い顔をして、頬杖を突いて答えた。


「七光りのバカ息子が何を偉そうに……」

「おいおい嫉妬するなよ、そこのド貧民」


 トムディの嘲笑に、ヴィティアは眉を寄せて反応する。


「この就任式の内容っていうのが、まあ意外とシンプルな式なんだけどさ。国王とギルドリーダーがそれぞれ壇上で話して、二人の間で酒を飲み交わすだけなんだ」

「……時間は?」

「一時間もないよ。ギルドリーダーの顔を覚えて貰うために、国民が全員集まる。そうすると、そんなに時間も割けないからね」


 ヴィティアの質問に、トムディはそのように返答した。ヴィティアは腕を組んで、しかめ面をしていた。

 疑問があるのか、ミューが首を傾げる。


「では……そのお酒に……毒を仕込むのでは……ないの……?」

「過去、そうやって国王が暗殺される事件が何度かあったんだ。だから、最近ではお酒の管理っていうのは、かなり厳重になっているんだよ。ギルドの方でお酒を選んで、国の金庫でそれを保管する。ギルドと国の双方で確認して行われるやり取りで、お酒を選んでから就任式まで、誰の目にも留まる事がないんだ。グラスも一緒にね」


 国側で一連の流れを勝手に進めれば、スパイや内乱に対応できない。かと言ってギルド側だけに任せれば、その国に悪意を持つギルドが簡単に国王を暗殺できてしまう。そうして何時からか、酒の確保は両者の確認を以て行われるようになった。

 ミューは気付いたようで、頷いて言った。


「なるほど……それでは、仕込むのは無理ね……」

「えっ? なんで? 就任式の当日に仕込む方法があるじゃない」


 まるで理解できていないといった様子で、ヴィティアが身を乗り出した。トムディは溜息をついて、ヴィティアを見た。


「ギルドリーダー就任式の当日、国王とギルドリーダー、両者の確認をもって、お酒は金庫から取り出される。就任式の壇上、皆が見ている前で酒は開封されて、隣に居る毒見役が酒を一度、口にしてから国王とギルドリーダーに注がれる。……どう? ヴィティアなら、この状況でどうやって酒を仕込む?」


 ヴィティアは人差し指を口元に当てて、視線を斜め上に逸らした。


「えっ……えーと……手品、とか?」

「わあー。すごいねー」

「仕方ないでしょ!? 就任式なんて行った事ないのよ!! 文句ある!?」


 ヴィティアの逆ギレに対し、トムディは苦笑した。

 あのチェリアが、ノックドゥの姫だった。……それが本当だとしたなら。確かノース・ノックドゥの国王は女性で、あまり身体が強くなかったと認識している――……入れ替わりのタイミングがあるとするならば、今だろう。

 次期国王としてチェリアが登場しても、何ら不自然ではない。


「まあ、それでもチェリアのお兄さん? ……は、チェリアを殺すって言ったんだよね?」


 トムディが問い掛けると、ヴィティアは頷いた。


「そ、そうよ。正確には、『チェリィ・ノックドゥが死ぬっていうのはどうだ』って言ってたわ。自分は手を下さない、でもチェリィが死ぬって」


 どういう事だろうか。

 手を下さずにチェリアが死ぬ――……そんな事があるとすれば、やはり毒殺が最も都合が良いだろう。しかし、毒殺は無理だ。酒に毒を仕込むタイミングがあるとすれば、毒見役が酒を口にしてから、国王とギルドリーダーが酒を飲み交わすまでの僅かな時間。しかもそれを公衆の、国民全員が見ているような状況で行わなければならない。

 リスクが高過ぎる。もし仮に出来たとしても、普通はやらないだろう。

 何か、そんな事を達成できるスキルを持っているのか。


「あんまり、支援魔法以外については詳しくないんだけどさ。毒を生成する魔法みたいなのがあるとか?」


 トムディが問い掛けると、ヴィティアが反応した。


「毒の魔法? そんなのは無いわよ」

「そうなの?」


 ヴィティアは人差し指を立てて、ふと教師のような素振りを見せた。


「毒って、一言で言っちゃえばみんな毒なんだけど、それぞれ効果に種類があるし。早い話が薬みたいなものだから、唯でさえ分量や配合に気を使うものを、魔法で生成するのは無理があるのよ。……って、言ってた」

「……誰が?」

「……魔導士養成所の先生が」


 お前の知識じゃないのかよ。……と、トムディは思ったが。

 トムディが訝しげな視線を向けると、ヴィティアは少しバツが悪いといったような顔をして、視線を明後日の方向に向けた。

 相変わらず、受け売りの知識ばかりである。

 ミューが無表情のまま、トムディを見て言った。


「まあ、でも……毒の魔法が難しいというのは……本当だと思うわ」

「そ、そうでしょ!? そうなのよ!! 簡単な毒なら生成は可能でしょうけど、解毒魔法だってあるから、簡単に解毒されちゃうし。一流の冒険者にも確実に効く毒を魔法で生成するのは相当な訓練が必要だって先生が言ってたわ!! さすが私じゃない!? ナイス記憶力じゃない!?」


 確かに、その重箱の隅を突付くような授業の一端を事細かに記憶しているというのは、中々のスキルだろうと思うが。スラムの世界で生き抜いたが故の能力なのだろうか。

 トムディはテーブルの上で指を組み、肘をテーブルに乗せた。

 考え込んでしまった。


「…………でも、可能と言えば可能、なんだ」


 その言葉に、ヴィティアが苦い顔をした。


「そりゃ、正しく魔法を組めばね……でも、炎や水とは訳が違うわよ。研究者でもなければ有り得ないわよ」


 ギルドリーダーの就任式で、毒見を潜って国王に毒を仕込む。チェリアの兄が妄言を連発するような男で無いのなら、有言実行するためのプランが何か、あるのだろう。

 ヴィティアは、チェリアの兄と誰かが二者で対話している所を盗み聞きしたのだ。独り言ではない。人にそう言うだけの何かがあると考えるのが自然だ。

 毒か。魔法か。

 気が付けばミューの前に、チーズケーキと思わしきものが到着していた。いつの間に注文したのだろうか。

 それを口に放り込みながら、ミューは言う。


「魔法で毒を生成するのは、無理でも……。既にある毒を仕込む事は……可能では……ないの?」

「魔法を使えば、どうしたって魔力反応が出るものだよ。警備をするのは治安保護隊員だし、沢山人がいる状況だから、普通は気付くけどな」


 そう、普通は気付く。だが、トムディはそう言いながら、ある事に気付いていた。

 もしかしたら、チェリアの兄は――……本当に、ギルドリーダーの就任式で毒を仕込むつもりなのかもしれない。

 まだトムディの予測でしか無い状況ではあったが、その仮説は確かに、トムディの脳裏によぎった。


「……作戦を考えるよ。……少し、時間をくれないか」


 トムディはそう言った。ヴィティアとミューはそれぞれ、トムディに視線を送った。


「どうにか、なりそう?」

「分からない。でも、放っておけば事件は起こるんだろ。チェリアは大切な友達だよ。みすみす死なせる訳に行かないさ」


 トムディは立ち上がった。テーブルの上に自分の分の代金を置くと、笑みを浮かべた。


「幸い僕はまだ、ノックドゥに行っていないからね。じっくり、ここで作戦を考えるよ。……この、セントラル・シティで」


 ミューが一瞬でチーズケーキを食べ尽し、口元を拭きながら言った。


「私は、まだ暫く……病院に、いるわ……。何か必要だったら……呼んで……」


 ヴィティアが自分を指さし、少し慌てた様子でトムディとミューを見た。


「わ、私は? 私はどうすればいいの?」

「ノックドゥで、何事も無かったようにしていれば良いよ。……下手に動くと怪しまれるから、セントラル・シティにも来ていなかった事にして。……あ、でも、できればチェリアにこの話が伝わってれば嬉しい」

「……わ、分かったわ!!」


 知らず、トムディは胸に覚悟を秘めていた。

 確かに。……自分はこれまで、一人で何かを達成した事は、無いかもしれない。……だが、少なくともチームの一員としては、ちゃんと存在しているのだ。

 存在している。

 グレンは、一人ではないのだ。

 それをトムディは、証明しようと思った。今も事情を知らず、ノックドゥで粛々とギルドリーダーになる準備を進めている彼に。その腕は、治るのだと。或いは、自分が彼の右腕にならなければ。

 トムディは一人、『赤い甘味』を後にした。



 *



 マックランド・マクレランは無心を装ってはいたがしかし、動揺を隠すことが出来なかった。

 セントラル・シティ内にある、とある建物の地下。そこに呼び出されたマックランドは、石造りの室内で座っていた。

 マックランドの周囲には、数名の治安保護隊員。いずれもギルド・キングデーモンの紋章を胸に着け、毅然とした態度で立っている。木製のテーブルには椅子が二つ。マックランドの正面に座っているのは、銀色の長髪を輝かせる男。クラン・ヴィ・エンシェントの右腕、ハースレッドだ。

 クランがノース・ノックドゥに出ているからだろう。代理でそこに座っていると思われるハースレッドは緊張した面持ちで、マックランドと目を合わせていた。


「……本当に根拠のある情報なのか、それは」


 先程ハースレッドが口にした言葉に対して、マックランドはそう問い掛けた。


「分かりません。……しかし、大賢者マックランド。あなたも目にした筈です。『翼の兵士』が登場した後、リーシュ・クライヌに起きた出来事のことを」


 その言葉に、マックランドは苦い顔をして、腕を組んだ。

 室内には、重々しい空気が流れていた。灰色の石で統一された地下の空間に窓は無く、それが余計に密閉した印象を与える。屈強な男達を背に構えながら、ハースレッドは唇を真一文字に引き結んだ。

 マックランドはハースレッドから目を逸らし、明後日の方向を見て口を開いた。


「……いや、……しかし。確かに私も目にはしたが……だからといって、少し飛躍しすぎだとは思わんかね?」

「そうでしょうか。私は……いえ。ギルド・キングデーモンは、そうは考えていません」


 平静を装いながらも、マックランドの額には冷汗が見える。


「あの、異常なまでの魔力の高さ。以前から、それは気になっていました」

「グレンから彼女の話は聞いた。……あまり深く詮索しないで貰いたいのだが、リーシュは……」

「スカイガーデンの人間、ですか」


 マックランドは驚いて、ハースレッドに向かって目を見開いた。

 ハースレッドは冷静に、目を閉じて答えた。


「空に浮かぶ島、スカイガーデン。……それが都市伝説では無い事は、既に分かっています。行った事はありませんが、そこに住む人間の魔力が高い事も知っています」

「驚いたな。……誰から聞いた?」

「ギルド・キングデーモンは日々、魔力に関する研究を続けているのですよ。一年に一回、目には見えませんが、強い魔力反応がセントラル・シティの上空を通過する事があります。恐らくそれが、スカイガーデンなのでしょう」

「……それについては事実を知る者として多くを話すことはできないが、リーシュは訳あって、人一倍魔力が強い。そういうものだ」

「それだけでは、あの魔力の量には説明が付かないのです。大賢者マックランド」


 マックランドはその言葉に、何も反論しなかった。

 ハースレッドはそれを、肯定だと捉えたのだろう。テーブルに手を付いて、立ち上がった。


「あの翼は魔法ではなく、魔力自体があのような形になっている。人の魔力は湯気のように立ち昇る事はあっても、何か具体的なものに形を変える事はありません――魔力そのものを固定の形にする程、人間は魔力を扱う事はできないんです。何故なら、人間の先祖は昔、魔力を持たなかったからです。元より魔物が持っていたものを、進化の過程で利用できるようになったに過ぎない」

「ケース・バイ・ケースだ。そういう人間も、現れ始めたのかもしれないだろう」

「本気で言っているんですか、大賢者マックランド」


 マックランドは足を組み、ハースレッドから身体を背けた。

 ハースレッドは真剣な眼差しで、マックランドを見詰めた。


「唯一、人間でもあれ程の魔力を扱う方法がある。……それは、魔物とヒトの身体を融合させる事です。我々は、『翼の兵士』を『魔物と人間の融合体』だと認識している。……そしてそれは、リーシュ・クライヌも同じではないか」

「……私は、そうは思わんがね」

「良いんですか、大賢者マックランド。このままリーシュ・クライヌを放置すれば、魔物は彼女に集まってくる。そうなれば、セントラル・シティも、ノース・ノックドゥも壊滅するかもしれませんよ。何より、貴女の愛弟子が真っ先に被害に遭います」

「仮にリーシュが抱えているのが魔物の魔力だったとして、何故リーシュの所に魔物は向かう? 魔物は集まる? ……君の意見は、冷静に考えて辻褄が合わない」

「そうでしょうか。……ならば、あれだけの数の魔物がセントラル・シティ目指して力を合わせている事は何故か、説明が付けられますか。『リーシュ・クライヌがセントラル・シティに居た』。それが全てではないでしょうか」


 声は、外には届かない。そのための、密閉された地下室。



「彼女は、人間を騙している。我々が追い掛けてきた、『魔王』は――――リーシュ・クライヌだったのではないでしょうか」



 マックランドは、歯を食い縛った。


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