第182話 ギルドリーダーの就任式
「聖女はね。その都合上、冒険者と結婚することが最も多いの。屈強で魔力が高くて、健康な人。ほら、ぴったりでしょう」
「はあ、そうなんですか……それで?」
うきうきとした口調で話すエドラに対し、チェリアはどこか冷めたような声色だ。事前に聞かされていたからあまり動じていないが、自分の息子を男とくっつけようなどと……常識的に考えれば、相当有り得ない親子だと思う。
チェリアがこれまであまりにも自然に女装をするから、一体こいつはどういう人間なんだろうかと思った事は無いでもない。チェリアはよく、自分が男に見えないという事を逆手に取って利用する。ギルド・グランドスネイクの城で俺とヴィティアが地下牢に閉じ込められた時は、自分を女だと偽ってキララに近付いたりもした。
その原因が、まさかこんな所にあったなんて。
「彼は、信頼できるの? 暴力的だったりしない?」
「確かに武闘派ではありますけど、理由なく人を攻撃したりしませんよ。警戒するような人ではないと思います」
「…………そう」
幾らかの間があった。
俺はリーシュと目を合わせた。
「……グレン様」
「しっ!! ……ちょっと、今は集中させて」
何かを言い掛けたリーシュを制して、ヴィティアはチェリアとエドラの会話に集中する。
なんだ……? 今の所、真面目に聞きたいような会話ではないと思うけどな。
ヴィティアは随分と真剣に、チェリアの動向を探っているように思えたが。……それにしたって、真剣過ぎやしないだろうか。何かあったのか……?
「なら、あなたの生涯を共にするパートナーとしては、まったく問題ないわね」
「いえ、問題ありまくりですお母様。住んでいる場所が太陽と月だと言う位には問題があります」
「ロマンチックね……!!」
「いや、それどっちも死んでますからね!? ロマンもマロンもありませんよ!!」
チェリアがこんなに一生懸命ツッコんでいるのを、俺は初めて聞くかもしれない。
チェリアの回答は、それはあまりにも即答だった。軽く咳払いをして……これは、チェリアの咳払いだな。
「よく考えてもみてくださいよ。女性同士が仲睦まじく触れ合っている様は、まるで指と指が触れあってるみたいで、少し美しいかもしれませんよ。でもね、男性同士でそれをやるとどうなると思いますか。見たくないでしょ、鼻輪と鼻輪が触れ合っていても!」
なんで男のシンボルが鼻輪みたいになってんだ。装備している奴の方が明らかに少ないだろ。
「大丈夫よ。あなたは女だもの」
エドラがそう言うと、チェリアの声が聞こえなくなった。
そうして、暫くの間があった。
やっぱり、エドラはチェリアの事を女だと扱っているみたいだ。……当然か、自国の姫として公に出している位だからな。いや、もし仮にそうだとして、だ。チェリアだって今は女らしいかもしれないが、そのうちしっかりとした男になるんだぞ。髭が生えたらドレスなんて着られなくなるんじゃないか。
その辺り、どう考えているんだろう……。
「……お母様は、そう言っていれば良いかもしれませんけど」
「なに、今更心配しているの? ……大丈夫よ。あなたが選んだ人なんでしょう?」
何だか知らないが、先のチェリアとのやり取りが原因で、すっかり俺が運命の人みたいな扱いになっている。
いや……でも。やっぱりチェリアが男だという事を知らないって可能性は、無いだろう。エドラはチェリアの母親なんだぞ。生まれた時から一度も裸を見ていないなんて有り得ない。
大丈夫。今はチェリアをからかっているだけだ。第一、俺はチェリアの事を男として見ている。そんな事は、もう少し話が進めば、すぐに理解されるさ。
「きっとあなたを抱き締めて、こう言ってくれるわ」
仮にも俺は、これからノックドゥのギルドリーダーになる男。まさか男を相手にウホウホ言っているなどと、勘違いされるはずが。
「――――素敵なバナナだね」
ウホオォォォォ!! イイ男オオオォォォォ!!
……思わず俺は、目頭を指で押さえてしまった。
なんだ、この得体の知れない会話は。ふざけるのも大概にしろよ、この一国の国王が。
なるほど。チェリアが焦る位だからどんなもんかと思っていたが、かなり予想の斜め上を行くBL好きのようだな。
え? BLって何だって? あれだよ、ベーコンレタスの略だよ。誰に何を説明しているのか知らないが。
はあ……。
……ん?
リーシュとヴィティアが、どこか真剣な眼差しで俺を見ている。
「俺を見るな。俺は何も悪くない」
特にリーシュが、胸の辺りを押さえて、不安そうな眼差しで俺を見ていた。
「あの……グレン様は、同性愛とか」
「違う」
「でも、女の人が苦手だって」
「違うって言ってんだろ」
「じゃあ、女装の」
「違アァァァァッウゥッ!! イエァ!!」
全く、これだから勘違いの多い奴は……はっ!? いつの間にか俺の肩に、一体化していた筈のスケゾーの首が!!
「昔、まだご主人が若かった時。魔導士の黒いローブを着て、鏡の前で『エターナル大宇宙オレ……カッコいい……』とぼやいていたことガフゥッ!!」
俺はスケゾーの頭を殴って、自らの身体に埋めた。
いや、それは同性愛とは何の関係もねえだろ!! 無駄に俺の『ちょびっと黒歴史』を暴露しやがって!!
仕方ないだろ!! 当時の俺からしてみれば、初めて買った魔力耐性のある魔導士のローブはカッコ良かったんだよ!!
「エターナル大宇宙オレ……大宇宙……くふふっ……」
「黙れヴィティアあああ!!」
何やらツボにハマったらしく、ヴィティアは壁に耳を押し当てたまま、口を押さえて震えていた。
スケゾーめ……!!
「そうだ!! じゃあ、今日の会食はグレンオードさんとチェリィちゃんの席を隣にしましょう!! 結婚式を目標にして!!」
なっ……!?
何やら、恐ろしい提案をチェリアにしたエドラ。楽しそうに手を叩く音が聞こえた。
「お母様!! ま、まだ全然、そんな関係じゃないんですよ!! いきなりそんな事されても困ります!!」
「大丈夫よチェリィちゃん。恋が愛に変わるのはね――……。一瞬よ」
あんたの中だけだよ!!
「お母様!!」
「就任式兼、結婚式というのも良いわね!! 私、準備するから!!」
「おかっ……ちょ、ちょっと!!」
やばい……!! 僅か数分の間に、何かとんでもない事になってしまったぞ……!?
就任式と結婚式を同時に……それって、俺とチェリアの結婚式……って事だよな……!? 無理だろ!! だから男同士なんだとさっきから言っているだろうが!!
どうしよう……わけのわからん事が始まろうとしている……!!
*
で。
ただ残酷に過ぎてゆく時間には逆らう事ができず、それはもうあっという間に、会食の時間というものは訪れてしまった。
俺は珍しくタキシードなんぞ着て――勿論、ノックドゥで準備されたものだ――城の中にある、大きな門の前に立っていた。
向こう側から、歩いて来る人の姿があった。俺と同じように、黒のタキシードに蝶ネクタイを合わせている。
中身が良いと、きちんとした格好というものは映えるものだ。
「おお、グレン。どうだい、ノックドゥは。楽しめたかい?」
部屋に案内されてから別行動していたクランに、軽く手を挙げて挨拶する俺。
そりゃあもう、ノックドゥには商人が沢山いて、珍しいアイテムや武器、防具が目白押しだ。セントラル・シティでは取り扱っていないようなマニアックなアイテムまであるものだから、俺だって舞い上がらない訳がない――――…………
「ああ、まあな……」
と思っていたけどな!! 正直、この会食の事が気になって街観光どころじゃねーんだよ!!
「俺の事はいいよ。クランはどこに行っていたんだ?」
「折角ノックドゥに来たから、挨拶回りをね。ここには知り合いが多いんだ。グレンの事も話して来たよ、概ね好感触だ」
「そ、そうか。それは良かったよ」
この女社会で生き抜いてきた次期王女候補が実は男だと知ったら、そいつらはどんな顔をするんだろうか。
……本当に、ギルドリーダーの就任式で結婚式を同時にやるつもりなのか。いや、さすがにそれはチェリアが何とかするんだろうか。あいつだって王女の性格は熟知している筈だ、そう簡単に結婚式なんて事態になる訳がない。
「さっきエドラさんに会ったけど、君の事を随分良く言っていたよ。私の見立てが甘かっただけだとか、なんとか……一体どんな魔法を使ったんだい?」
「そうだな。……恋の魔法かな。ハハハ」
「あっはっは!! 罪深いなあ、君も!!」
クランは冗談だと思ったらしい。……いや、冗談じゃないんだなこれが。
さて、どうする。これからギルドリーダーとして、この国の治安を護る存在になる俺にとって、この会食は重要だ。おいそれとエドラの機嫌を損ねる訳には行かない……しかし、かといって結婚なんていうものを承諾はできない。……難しい所だ。
うまく機嫌を損ねずに、しかし距離を置かなければならない。それには、どんな方法が考えられるだろうか。
そんな事を考え続けて、結局今に至るまで何も思い付いていない俺ではあったが。
正直、衝撃の方が強すぎて、頭がまともに働いていないのだ。
苦笑しかない。
「でも駄目だよグレン。チェリィ・ノックドゥの隣は、そう簡単には譲れない」
はっ……?
ふと見ると、クランが目を輝かせて、僅かに頬を赤らめていた。切れ長の瞳には普段見られない若干の興奮があり、白い手袋をはめた拳を握り締めている。
「……おい、クラン? ……なにが、譲れないんだ?」
俺が呆気に取られている事に気付いたのか、クランは少し恐縮して、軽く咳払いをした。
「すまない、グレン。でも、君には言っておこうと思う」
「……お、おう?」
クランはいつになく頬を緩めて、目を閉じていた。……何かを思い出しているのだろうか。
「どうやら私は、チェリィ・ノックドゥに一目惚れしたらしい」
何その三角関係!?
「……はい?」
「彼女の姿を一目見た瞬間、気付いてしまったんだよ。一瞬で分かるその可憐さに、私は釘付けになってしまった」
ど、どうしよう……!! 更に問題が悪化しているぞ……!? チェリアと俺を結婚させようと企んでいるエドラ。実は男のチェリア。そして、チェリアに一目惚れしたクラン。
聞いた事ねえよ、全員男の三角関係なんて!! どんな展開だよ!!
心の中でツッコミを入れる俺のフラストレーションも何処へやら、クランは明後日の方向を見詰めて言うのだ。
「あれほど完璧な女性はそうはいない!!」
だからあれは男なんだあアアァァァァァ――――――――!!
クランだけは……!! クランだけは、面倒な事は起こさないだろうと思っていたのに……!! まさか、こんなにも斜め上な方向で問題に関わって来るなんて思ってなかったぞ。どうしよう……!!
くそぉっ!! 確かにあいつは可愛いが!! しかしだな、あいつは男なんだ……!!
「なーんて。就任式までやる事が詰まっているから、中々アプローチもできないんだけどね。君はこの城のギルドリーダーになるんだから、私が横から入る余地なんてないかもしれないんだけどね」
「いや……ま、まあ、なんというかな……」
何から説明すれば良いんだ。……もう、収拾が付かないぞ。
とりあえずこれから会食がある訳で、エドラの話が本当なら、今日この会食で何かが起こるはずで。……そう考えると、クランの淡い恋は一瞬にして砕け散るような気がしなくもない。
……まあ、良いのか。どうせあいつは男なんだし、な。ショックを受けるのが後か先かの違いってだけで、だったら早くて傷が浅い方がいい。
放っておこう。
「グレン、お待たせ」
ヴィティアの声がして、俺は振り返った。
おお……!!
「ごめんなさい。ドレスを着るのなんて初めてで、少し時間が掛かってしまいました」
そう言うリーシュは、銀色のイブニングドレス姿で現れた。ヴィティアも深紅のドレスを身に纏い、同色の薔薇を頭に付けている。
リーシュとヴィティアの隣を歩いている城の執事と思わしき男が、俺に向かって会釈をした。ここまでの道案内をした、という所だろうか。
ヴィティアは俺の前でくるりと一回転し、可憐に舞う。
「えへへ。グレン、どう? 見直した?」
「……おお。可愛いと思うぞ」
そう言うと、ヴィティアは少し照れたような笑みを見せた。
いや、驚いた。こうして見ると二人共、冒険者とは思えない優雅さだな。
元々リーシュは浮世離れした美しさを持っているし、ヴィティアだってセントラル・シティでも中々お目に掛かる事はできない整った顔立ちだ。そりゃ、ドレスなんて着て御洒落すれば、可愛くなる訳で。
いや、しかし、これ程とは。……さすがに想像出来なかったぞ。
これで中身がアレじゃなければと、何度思ったことか。
「ノックドゥ側は既に揃っております。中へどうぞ」
「だってさ。行こう、グレン」
クランと執事が先導して、俺達を中へと導く。クランもまた、タキシードの着こなしに抜かりはない。
……俺の場違い感、半端ないな。
扉を開けた。
「皆様、本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
中へと入ると、黒いスーツに黒いハットを被った男が現れた。真っ赤な絨毯、広い部屋。長いテーブルには幾つもの椅子があり、人数分の食器が既に用意されている。
男はハットを脱いで、俺達に頭を下げた――……あれ。この男、どこかで見たような……。
細い目に、緑がかった栗色の髪。長身で細身の男は顔を上げると、俺を見て微笑んだ。
「私、本日の司会進行役を務める、ウシュク・ノックドゥと申します」
そうだ。……こいつ、『カブキ』に行く前に見た。……本当に、チェリアの兄だったのか。
その笑みがどこか不気味に見えたのは、俺の気のせいだろうか。
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