第168話 あまりもの軍団にようこそ!
ミュー・ムーイッシュは空高く飛んで行くリーガルオンを、呆然と眺めていた。
信じ難い光景だった。
『良いか、お前はゴミクズだ。ゴミクズに選択する権利はねえ』
何度も、そのように言われて来た。決して打ち破る事のできない高い壁を前にして、ミューは半ば、諦めを覚えていた。
全てを諦め、言われた通りに行動すること。
それは、何よりも楽な事だった。
グレンオードが、その場に大の字になって倒れる。スケゾーと呼ばれる使い魔がグレンと分離し、グレンの腹の上でくたばっていた。ミューがグレンに近付くと、グレンはすぐに気付いた。首だけを上に向けて、ミューを見る。
「おい、ミュー。まだ動くなよ。キャメロンの手当てが終わったら、チェリアがお前の事も回復してくれるから――――そうだ、キャメロン!!」
瞬間、グレンは勢い良く起き上がった。部屋の隅に居る、瀕死のキャメロンを気にしたのだろう。
だが、大丈夫だ。あの、チェリアという少女――いや、少年だったか。彼はどうやら回復職としては相当な腕前のようで、みるみるうちにキャメロンの傷は塞がって行った。
チェリアは回復魔法を一時的に止め、グレンにピースサインを送る。その様子を見て、グレンは安堵したようだった。
「……はー。……なんとか、なったのか」
ミューは、苦笑した。
「ねえ、グレン――――」
「うボバァッ!!」
瞬間、グレンは猛烈な勢いで起き上がると、外壁の穴の外へと首を突っ込んで、猛烈な勢いで嘔吐していた。
「えっ、ちょっ……!? だ、大丈夫……!?」
何が起きたのか、ミューには分からなかったが。
グレンは一頻り胃の中のモノを吐き出すと、建物の壁に凭れ掛かり、頭を押さえた。
「ハァ、ハァ……ちょ、ちょっと待ってくれ……」
「ど、どうしたの……?」
どうにか呼吸を落ち着かせると、グレンは言った。
「……俺は、スケゾーの……魔物の魔力を共有して、戦ってる。……魔力共有し過ぎると、どうも身体の調子がおかしくてさ」
それは、大丈夫なのだろうか。リーガルオンのように、半分魔物になっていた訳でもない。グレンオードはただの人間であり、人間が扱う事のできる魔力量と、魔物の扱う魔力量には雲泥の差があると言われている。
ミューは魔力を持たないため、グレンの今の状態について、正直ミューにはよく分からないというのが本音だが――……それでも、常識的に考えればまともな戦い方とは言えないだろう。
ミューはグレンの隣に腰を下ろして、グレンの顔色を窺った。
……一目見て分かる程に、顔色が悪い。
「や、やめてよ。死ぬ所を助けられて、あなたに死なれたんじゃ……気分が、悪いわ」
ミューがそう言うと、グレンはミューの顔を見て、笑った。
相変わらず、グレンの額の汗はひどく、肩で息をしていたが。
「良かった。……元に、戻ったな」
そう言われて、ミューは思わず、目をぱちくりとさせてしまった。
「目が生きてる」
そうして――……。
ミューは、思った。
どうしてこの男――……グレンオード・バーンズキッドに、これ程に心を動かされてしまうのか。
ただ純粋に、今よりもより良い明日を。一人で居るよりも、共に生きる仲間と助け合える明日を。そのように望んでいるだけの事が、どうしてこんなにも、尊いと思えてしまうのか。
その問いに対する答えは、とても簡単なものだった。
ミュー・ムーイッシュ自身も、心の何処かで、それを望んでいたからに他ならない。
一人は、寒い。冷たくかじかんだ手が、どうしても動かなくなってしまう時がある。
『もしかしてお前、あいつが好意で家族を探していたと思うのか?』
あの日、リーガルオン・シバスネイヴァーがミューの所に来て、ミューに撒いて行った種。
それは深くミューの心臓に植え付けられ、ミューの気付かない内に成長し、本来咲くべきであったミューの花を殺してしまった。
栄養を奪われてしまったのだ。ちょうど、花壇に育つ雑草のように。
『お前が居たら、生活できねえからだ。お前を誰かに押し付けたかった。厄介払いがしたかったんだよ』
ただの『厄介者』でしかない存在なのだと、自分を認めること。それこそが、何よりも辛い決断だった。認めた瞬間に、ミューの心の奥底から、『熱』が引いてしまった。
まるで、死んでしまっているのと同じであるかのように。
いや、ミューは死んでいたのだろう。或いは、凍ってしまっていた。
今、ミューの雑草は刈り取られ、暖かい日差しの下に晒されたのかもしれない。
それは、グレンオード・バーンズキッドの手によって。
「……ありがとう。……ごめんなさい」
嬉しくて、涙が出る事がある。
そのような想いを、ミューは久方振りに感じていた。
「礼なら、キャメロンに言えよ。……ずっと、お前を探していた。お前を助ける道を、俺よりもずっと、探していたと思う」
今は眠っているキャメロンも、何れ目を覚ますだろう。――……そうしたら、どんな話をしようか。
もう、何かに縛られたり、結果を出せない事に怯えなくて良いのだとしたら。きっと、話す時間など幾らでもある。
『俺は。俺とか、お前みたいな人間が、今より生きやすい場所を作れれば良いって思ってる。その為になら、死んでも良いって思っているのかもしれないな』
あの日、ミューにグレンが言った言葉。それは無謀なのではなく、グレンにとっての挑戦だったのかもしれない。
何れにしても、ミューは救われた。
ミューにとっては、グレンとキャメロン、二人共が『ヒーロー』だ。
果ての見えない暗闇から、ミューを連れ出した。今もなお、ミューの前に手を差し伸べて、こう言うのだ。
「あまりもの軍団にようこそ。よろしくな、ミュー」
それは、二度目の勧誘だった。
今度はきっと、暖かいままでいられるだろう。
「…………ええ。…………よろしくね」
柔らかな陽光の下、やがて花開くその時まで。
*
トムディ・ディーンは、走っていた。
「ハァッ……!! ハァッ……!! ……ったく、どこまで行ったんだよ、リーシュの奴は……!!」
どれだけ森を探しても、リーシュの姿は見えない。先程、大きな音が聞こえた後だ。それは間違いなくリーシュの発生させた音だろうと期待して、トムディはその方角へと向かって行ったが。
トムディが走っていると、やがて異変に気付いた。思わずトムディはその場に立ち止まり、空を見上げた。
「……あ、晴れた……」
分厚い雲の隙間から、光が顔を出したのだ。その向こう側に見える青空を一瞬トムディは眺めたが、光の当たった場所に気付いて、再び走り出す。
「リーシュ……!!」
丁度その場所に、リーシュが倒れていた。すぐ向こう側は崖になっていて、そんな所で眠っていたら、誰かに落とされてもおかしくはない。トムディは思わず顔を青くしたが。
しかし、リーシュの隣に座っている魔物を発見して、トムディは驚いた。
「……タマタ……おっと。……なんで、ここに」
リーシュに懐いていた猫型のケルベロス――……ネコベロスが、リーシュの隣に座って欠伸をしていた。
瞬間、足音に気付いて目を覚ましたのか、リーシュが徐ろに起き上がった。トムディを発見すると、リーシュは笑顔を見せる。
「ふあぁ……あ、トムディさん!! おはようございますっ!!」
「早……くはないかなー……」
大方、また戦っていたのだろう。トムディは溜息をついて、しかし安堵していたが。
瞬間、大きな音がした。咄嗟にトムディとリーシュは、音のした方角を見詰めた。金色の建物――……。その壁が粉砕され、何かが勢い良く飛び出した。
「あ、あれは……!!」
トムディは驚いて、その存在を凝視してしまった。
獅子の鬣のように、堂々とした風貌の髪。しかし、その姿はセントラル・シティで見たものとは全く違う、獣のような見た目だった。……まさか、建物の中でグレンが戦っていたのだろうか。
「リーガルオン・シバスネイヴァー……!!」
「トムディさん……!! もしかして、グレン様が……!!」
リーシュもトムディも、思わず明るい表情になっていた。
あれが、グレンの仕業だとするなら。……この戦いに、勝利したのだ。
「グレンが、勝ったんだ」
それは、どうにも誇らしい。
「ほー……マジか。こいつはすげえや」
「なっ……!?」
二人のどちらのものとも違う声に、トムディとリーシュが振り返った。
そこには狐のような顔をした――……トムディもリーシュも知らない男が、立っていた。咄嗟に武器を構えたトムディとリーシュ。だが、男は笑って二人に手を振った。
「あ、俺は敵じゃないからね? 攻撃とかナッシングで頼むぜー」
その男は、どうにも軽かったが。
鍔の広い帽子を深く被り直して、密かに男は笑みを浮かべていた。
「……どーにも、こいつは面白くなりそうだぜ」
その小さな呟きは、誰にも聞こえていなかったが。
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