第157話 グレンの告白

 俺はリーシュに、はっきりとした意思を伝えた。


「……何かあったんですか、グレン様」


 誰かを取り立ててどうしたい、と俺が言うのは珍しいからだろう。リーシュは明らかに不安そうな表情を浮かべている。俺の真意を問いたいように見えた。

 俺は、なんとリーシュに言って良いものか、悩んだが。

 リーガルオン・シバスネイヴァーは、キャメロンとミューの間を引き裂いた張本人だった。いや、それだけじゃない……火を点けたって事は、その時孤児院に居た全員の加害者って事だ。何としても、奴をこのまま放置しておく訳には行かない。

 ……だけど。


「リーガルオンは……とんでもない奴だ。自分の目的のために、人の権利を平気で奪う。あいつの中では、奪われる方が悪いっていう考え方だ。それが、よく分かった」

「そう、なんですね」


 リーシュは頷いた。俺はリーシュから目を逸らして、下唇を噛んだ。


「だから、倒さなきゃ駄目なんだ。あいつを放っておくと、今度はセントラル・シティにまで被害が及ぶかもしれない」


 だけど。……それが分かったからといって、何だって言うんだ。リーガルオンを倒す。……具体的に、どうすればいい。

 既に発動している魔法なら使える。スケゾーと会話が出来るのは分かった。……だが、それでミューの居場所を特定したとしても。その先に待っているミューは、きっと俺と戦おうとするだろう。あの、リーガルオン・シバスネイヴァーが見ている限り、ミューはあいつを裏切れない。


 そうなれば、俺はミューを攻撃できない。ミューは俺を殺す……スケゾーを奪われたままミューと鉢合わせれば、リーガルオンと戦う以前にゲームオーバーだ。かといって、スケゾー無しでリーガルオンに勝てるとは、とても思えない。

 ミューを説得するか? ……どうやって。言葉が通用しない程の覚悟だから、こんな事になっているんじゃないのか。

 ……くそ……!!


「グレン様。……何を悩んでいるのか、私に相談してくれませんか」


 不意に、俺の頬にリーシュの指が触れた。

 リーシュは少し、頬を赤らめて。しかし相変わらず、俺を不安そうな眼差しで見ている。

 リーシュに相談したって、なあ。……現状が変わるとは思えないし、こいつに話すと何か、危なっかしい事をしそうだし……。

 俺は、リーシュから目を逸らした。


「グレン様……」


 そうすると、リーシュは俺の肩を掴んで、顔を寄せて来た。

 な……なんだよ、こんな時に。

 リーシュの唇が、俺に迫る。……そうすると、途端に何も考えられなくなる。おい、一体どういう状況なんだよ。誰かちゃんと説明してくれ。


「ごめんなさい」


 知らず、動悸がした。本当に、女の子に弱いっていうのは大した弱点――……


「ぐほぁっ――――――――!?」


 瞬間。

 ……何故か、俺は殴られていた。

 意外にも強靭なリーシュの拳に、俺は少し吹っ飛んで空中に浮き、その後に落下した。咄嗟の事で、ガードも何もあったもんじゃなかった。

 なんで? ……本当に、何が起こっているのかさっぱり分からない。

 相変わらず、リーシュの思考回路は俺にとって異次元だ。


「ごふっ……」


 俺は落下し、背中から地面に激突した。

 頭は真っ白になっていた。……何故リーシュに殴られたのか理解できない俺は、頬を押さえて起き上がった。リーシュは既に俺の所まで歩いて来ていて、上半身だけを起こした俺と、屈んで視線を合わせる。


「なっ……何すんだよ……!!」


 屈んだリーシュの表情は、僅かな怒りに染まっていた。


「グレン様は、ずるいです」

「ずる……?」


 何なんだ。……なんで怒られているんだ、俺よ。

 あれか。これが俗に言う、女心と秋の空ってやつなのか。……俺、何かリーシュの気に触れるような事を言っただろうか。全く心当たりが無いが。

 リーシュは俺の額を軽く小突くと、言った。



「私がピンチの時は無条件で協力するのに、グレン様がピンチの時は話もしてくれないんですか」



 俺は思わず、黙ってしまった。


「どうして、怖がっているんですか。……スケゾーさんが捕まっているからですか。他にも、何かあるんじゃないですか」


 ……何だよ。何もかも、見通されているのか。

 詳しい事情が分からないのに、どうして俺の感情や表情に対して敏感なんだ。リーシュは至って真剣に、俺を見詰めている。とてもじゃないが、カマをかけているようには見えない。……本気で、そう確信しているんだ。

 怖がっている素振りなんて、これっぽっちも見せたつもりは無いんだけど。

 リーシュと、目を合わせられない。


「……これは、今まで誰にも話した事がない。……リーシュの中だけに留めておいて、トムディやヴィティア、他の誰にも話さないで欲しいんだけど」

「わかりました」


 素直に、リーシュは頷いた。

 調子が狂うな。たまにこんな風に、リーシュは俺に真面目な顔を見せる。普段抜けている癖に、唐突に超能力者かと思わせるような推理と洞察力で、的確に俺の内面を当てて来る。

 直感で動くタイプは、これだから困る。

 俺は深呼吸をして、遂に――……リーシュと、目を合わせた。


「俺とスケゾーは、魔力共有をして繋がっている。外の体裁は俺がマスター、スケゾーが従者だ。……だけど、契約上は逆になってる」

「……つまり、スケゾーさんがマスター、という事ですね」


 俺は頷いた。


「俺とスケゾーの契約で、俺はスケゾーの魔力が許す限り、そして俺が再生可能な状態である限りは、少しのダメージでは死なないようになっている。腹を刺されようが、腕が飛ぼうが、何度でも復活する。時間が経てば治るし、スケゾー自ら魔力行使して、俺を治療する事もできる。……まあ【ヒール】やなんかと違って、疲労は回復しないんだが」

「はい」

「そして……これが大事なんだが」


 思わず、口籠ってしまった。

 ……言って良いのか。人の言葉は、人から人へと伝わる為にある。どんな情報も、何れは公開される日が来る。その状況や場所、性格、雰囲気によって。

 これをリーシュに話す事で、リーシュは俺を助けてくれるだろう。……だが、後々の問題に発展したとしたら。

 誰のせいでもなく、俺は何者かに利用され、殺されるかもしれない。

 いや、こんな話を切り出した時点で、もう手遅れだ。……それは、分かっているが。


「グレン様、大丈夫です」


 不意に、リーシュが俺の手を握った。

 リーシュは、微笑みを浮かべている。


「きっと、大丈夫ですから」


 また、根拠のない話を。

 俺は思わず、苦い顔をしてしまったが。


「……契約上、俺は何度でも復活する。だが、スケゾーがマスターである以上、スケゾーがやられれば俺も死ぬ。魔力の使えないスケゾーは、ただの小動物だ……いつ殺されても不思議じゃない。今、そういう状況なんだ」


 どうせ、一人じゃ逆転の策も思い付かない。だとしたら俺はもう、死んでいるも同然だ。

 リーシュは惚けているが、約束は守る。……俺に分からず、リーシュに分かる事だって、何かあるかもしれない。

 黙って聞いていたリーシュの頬を、汗が伝った。


「使い魔が、実はマスター。そんな事、俺とスケゾーじゃなきゃ出来ない。人間と魔物はそこまで仲良く無いし、誰も命を預けようと思わない……それが、この作戦が通用して来た理由なんだ。だけど、ミューが気付いた。あいつに魔力が無くて、人間がどういう目で魔物を見ているか、よく知らないからなのかもしれない」

「そ、それって……じゃあ今、捕まっているのはスケゾーさんじゃなくて……」


 ようやく、事の重大さがリーシュにも伝わっただろうか。



「ああ。――――――――俺だ」



 勿論、契約が無かったとして、スケゾーを助けない訳じゃない。だけど、ただ魔力が制限されているのと、自分の心臓を握られているのとでは、プレッシャーが全然違う。

 スケゾーに銃を向けられた時。握られているのが他人の心臓なら、恐怖よりも行動が先に立つ。一刻も早く手を出さなければいけないと、容易に分かるだろう。だが、もしそれが自分の心臓なら。その一瞬の恐怖を抑え込むのは難しい。

 それを、セントラル・シティの『マナの大木』の下で、嫌と言う程理解させられた。

 死の恐怖を覚えた時、人は委縮すると。

 そもそも俺とスケゾーの関係がばれ、スケゾーが機能停止する策まで使われている現状。本来なら既にゲームセットなんだ。今は……そう、ミューの気まぐれと言うか、ちょっとした好意で生かされている、という事でしかない。

 それは、単なる気まぐれで。


「よく分かりました。だから、ミューさんはスケゾーさんを攻撃できなかったんですね」


 ふと、リーシュがそんな事を言った。

 俺は顔を上げて、リーシュを見た。


「……どういう意味だよ?」

「おかしいな、と思っていたんです。ミューさんとスケゾーさんの間には、まだそこまでの関係は無いと思って。……でも、グレン様なら話は別ですね」


 リーシュが何を言っているのか、よく分からない。

 だが、リーシュは何か、確信を持っているようだった。


「そうだとしたら、グレン様は一人でミューさんの所に行った方が良いと思います」


 ……それは、俺が危険になるだけじゃないのか……?

 何だよ、この超思考。俺にはさっぱり付いて行けないぞ。……よく考えてみたら、これまでもリーシュの思考に付いて行けた事なんて無かった。当たり前の事かもしれないが。

 リーシュは立ち上がり、金色の建物を見た。


「ミューさんは迷っているんです。自分が今、どうするべきか……そうだとすれば、全員で行ってしまうと、怖くなってしまうかもしれません」

「あー……そういうもんか?」

「そういうものですよ!!」


 分からん……でも実際、確かにスケゾーは何もされていないみたいだし、なあ。

 セントラル・シティを出る時から、リーシュの話は概ね当たっているように感じる。……ここは、リーシュの言葉を信じるしかないか。


「分かった。とにかく――」


 瞬間の出来事だった。俺は考えるよりも先に、身体が反応していた。

 背中に向けられた攻撃を、左の拳で弾き返す。グローブに当たる重い一撃と鈍い音――……飛び道具だ。弾き返すと、それは森へと飛んで行った。

 その数秒後、森から強烈な爆発が起こった。


「――――ベルス・ロックオン!!」


 方向は勿論、金色の建物からだ。俺は振り返り、その方角を見極めた。……大通りでは、良いようにしてやられた。だが、この距離なら……そうは行かない。

 散々好き放題にやられた後だ。野郎、近付いて一発ぶん殴る……!!


「グレン様、下がってください!!」


 リーシュ……!? 既に剣を抜いている。その刀身は淡く輝き、その光は瞬く間に大きくなっていく……!!


「【ホロウ】!!」


 ボールを投げる時のように、リーシュは剣を構えた……!! いやちょっと待て。何だよ、その不細工なフォームは……しかし、で、でかい……!! 大砲一発分はありそうな程に巨大な魔力の塊を、一瞬にして放出した……!!

 リーシュは、金色の建物に狙いを定める。


「【ゴ――――スト】ッ!!」


 俺の真横を、リーシュの巨大な光が通過する。

 爆風に、髪がなびいた。もはや剣の意味がどこにあるのか、構えもへったくれもない振り方で放たれた莫大な魔力の塊は、勢い任せにぶっ飛び、金色の建物へと向かって行く。

 俺は、リーシュを見て――……そして、金色の建物を見た。

 直後に金色の建物は屋根の部分が爆発し、地震が発生した。

 リーシュは額に汗を浮かべながらも、爽やかな笑みを見せた。


「やりましたグレン様!! パワーのセーブに成功しましたっ!!」


 ……あー。セーブ、ね。

 威力抑えて撃ったのね、今の。……アホか。


「お前ェ!! 建物ごと壊す気かっ!? アホか!!」


 奇遇にも、俺と同じ感想を持った人間がいた。地面に着地すると、その男は姿を現した。


「ベルス・ロックオン……!!」


 建物の屋根から飛び移ってきたのか。機械仕掛けの、奇妙な弓……あれはボウガンか。しかし、弓の部分に刃が付いている。変わった武器だ。

 そんなものを手に、長身サングラスの男は俺とリーシュを見た。姿を隠すためか、黒一色に染まった服装で、俺達に武器を構えている。

 俺は、拳を。リーシュは剣を構えた。


「『零の魔導士』に、『悪魔の子』か……。都合良く固まったものだな」


 その言葉にリーシュがむっとして、唇を尖らせた。


「私の事を『悪魔の子』と呼ぶのはやめてください」


 ……まあ、あまり良い気分はしないだろうが。俺だって、『零の魔導士』なんて不名誉な称号はさっさと返上したいもんだ。

 ベルスは今にも、俺達に攻撃を仕掛けてくる様子だ。魔力共有が無くとも、近距離の弓士相手に負ける訳には行かない。


「リーシュ、援護してくれ……!! あまり時間を無駄にしたくない、さっさとケリ付けるぞ!!」

「……既に勝てる気でいる、ということか。……ふむ。俺の実力を見て、ボウ然とするがいい」


 何で『ボウ』の所だけ強調するんだよ。


「グレン様。グレン様は、先に金色の建物に向かってください」


 リーシュが言った。俺は振り返って、リーシュを見た。

 決意を秘めた瞳で、リーシュはベルスに狙いを定めている。大きな剣を持ち、その切っ先をベルスに向けた。


「グレン様の言う通りです。……ここは、時間を無駄にしていい状況ではないと思います」


 おいおい。まさか、一人で戦うつもりなのか?

 大丈夫なのかよ……。




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