第156話 トムディに策あり!

「へ? ……お前、誰だ……?」


 今のチェリアは、トムディの上着を裏返しにして着ている。さらに、腰を紐で縛っていた。ヘアクリップで髪を上げれば上着はワンピースに見え、さながら女の子のように見える。

 どういう訳か持っていたチェリアの化粧道具が駄目押しだ。ほんのりと赤く色付いた頬を更に赤らめ、チェリアは少女然とした仕草で、ロングを上目遣いに見詰めた。


「通りすがりの美少女です」


 せめて名前くらい考えとけよ……!!

 トムディは心の中でツッコミを入れた。


「そうか、通りすがりの美少女か……」


 いや納得するのかよ……!!

 トムディは心の中でツッコミを入れた。

 しかし、一応作戦は成功した。ここからが、本領発揮だ。ロングの意識がチェリアに移った事を確認して、そろりそろりと、トムディはロングに背後から近付いた。

 ロングはチェリアの顔をまじまじと眺めて、首を傾げていた。笑顔のチェリアに、多量の汗が浮かぶ。

 ごめん、チェリア。今だけは、耐えてくれ。トムディは、そう思った。


「なんか、どっかで見た事ある顔だと思うんだよなー」

「いえ、気のせいですよ多分。……それで、『カブキ』への道はどっちですか?」

「それがよ。ここまで離れちゃうと、実は俺にも分かんねえんだよな」

「全然離れてないと思いますけど!?」


 今だ!!

 トムディが、ロングに飛び掛かった。


「たァッ!! 【アイマスク・トムディ】ッ!!」

「ぬおぉっ……!?」


 ロングの首に抱き付いて、トムディは持ち前のタオルを使ってロングの目を隠した。唐突に視界が真っ暗になったロングが驚いていた。

 トムディの技をトリガーにして、チェリア達が動き出す。チェリアはヘアクリップを取り、不敵な笑みを浮かべた。

 この状態で、チェリアが『大技』の準備を始めれば……!!


「モアイ君、セット!!」


 木の枝からモアイゴーレムが飛び出し、ロングの上空に停滞した。空中に、どこか間の抜けた顔が登場する。


「ヘッド君、コーティング!!」


 モアイゴーレムに、ヘドロスライムが飛び掛かる。モアイゴーレムを包むようにヘドロスライムは形を変化させ、そして――黒光りする硬質のものに、変化した。

 トムディはロングに抱きつきながらも、チェリアが魔物を操る様を見ていた。思わず、そちらに視線を奪われてしまうのだ。

 続いて、チェリアの背後からリトルフェアリーが登場した。チェリアは空中に浮かんだ二体の魔物を指さし、言った。


「リトルちゃん、マジック!!」


 リトルフェアリーから、小さな光が放出される。

 ヘドロスライムとモアイゴーレムに、その小さな光が当たった。すると、突如として――それは、巨大化したのだ。ロングの巨大さにも全く引けを取らない、それ所か更に巨大な、黒光りする間の抜けた顔の銅像。

 間の抜けた顔は、更に巨大化を続けている。

 トムディは、度肝を抜かれた。


「すご…………」


 思わず、そう呟いた。

 間の抜けた顔以外。と、言外に含めながら。

 瞬間、トムディの視界が揺れた。全く何が起こったのか理解できないままに、衝撃が走る。


「げふぅっ……!?」

「やっぱりお前かアァァァ!!」


 ロングがトムディの拘束を振り解き、地面に叩き付けたのだ。


「トムディさんっ!?」


 チェリアが叫んだ。

 トムディの目の前に、キャメロンをも凌ぐ巨体が立っている。トムディを見下ろし、その凶悪な顔でトムディを睨み付ける。

 まだ、チェリアの魔法が完成していないのに……!!


「こんなヘンテコな方法で、俺がやられると思うなよ……!? 殴り飛ばしてやる……!!」


 ロングが腕を振り被る。……あんな攻撃、受けたらまともに立っていられる筈がない。……どうする。この状況で、後もう少しだけ、時間を稼ぐには。

 時間を――――――――


「【人間マウン十割テン猿人ゴリラ】!!」


 トムディは、息を呑んだ。

 そうして、トムディはとてつもない威力の攻撃と共に。倍化した腕に勢い良く殴られ、森ごと吹っ飛んで塵になった。

 チェリアが蒼白になって、呟いた。


「ト……………………!!」


 それで、終わっただろうか。

 チェリアが膝を折り、絶望した。ロングは両腕を振り上げ、歓喜に浸っているようだった。


「やっと、一匹……!! はっはァー!! やっと一匹、殴り飛ばしてやったぞ!! ぎゃははははは!!」


 ロングが腕を振り上げた瞬間、上空に浮かんでいる巨大なモアイに気が付いた。ロングは振り返り、蒼白になって膝をついているチェリアを見て、黒い笑みを浮かべた。


「……やっぱり、お前はさっきの奴の仲間の奴だなァ……?」


 のそり、のそりと、一歩ずつロングは、チェリアに近付いて行く。

 腕は振り被られた。もはや攻撃の意思を失ったチェリアは、ただ呆然と、それを眺めていた。魔物達の魔法も中途半端に止まり、ただその場でロングだけが動いていた。


「覚悟しろ、チビィ……!!」


 もう、良いだろうか。

『本物のトムディ』は、木の陰から姿を現した。



「――――――――誰を、殴り飛ばしたって?」



 ロングの背後に現れた人影に、チェリアとロングが同時に気付き、驚愕した。

 振り返ったロングの、間抜けな顔が見える――……。トムディは不敵な笑みを浮かべて腕を組み、その片手には杖を。真っ直ぐに、ロングを見詰めた。

 誰にも、何が起こったのか分からない様子だった。言っていないのだから、当然だ。これだけの時間を稼ぐ為には、チェリアが安心していてはいけない。その演技は、ばれる可能性があった……その間に、上空の魔物達に、準備を進めて貰う為に。


「ト、トムディさん……!? どうして……!?」

「ごめんね、チェリア。これは話してなかったよ」


 ロングが完全に動揺した様子で、トムディを指さした。


「て、てめェ……!! どうやった!? どうやって避けやがったアァァァァ!!」


 もう一つ。木の陰から、もう一人のトムディが顔を出す。

 更なる衝撃が、場に走った。


「避けてなんかいないさ。これは、【リバース・アンデット・トムディ】。自分の分身を作り出す魔法……君が殴ったのは、分身の僕に過ぎない」


 腕を組み、笑みを浮かべた二体のトムディが、同時に喋る。

 一体ならば、魔法石が無くとも生み出す事ができる。トムディはそれを利用して、保険をかけた。ロングの腕力ならば、【アイマスク・トムディ】など容易く破られる事は、承知の上だった。

 更に、これが駄目押しの時間稼ぎとなる。二体のトムディが、杖を構えた。


「そして、これが僕のとっておき。『超・最強最大かつ、絶対に避けられない、完全無敵の攻撃魔法』……!!」

「な、なにィ……!?」


 明らかに、動揺している。そのまま、トムディは作戦通りに動いた。


「チビガキだって……!? 相手にしたのが悪かったね!! ロング・ジョン、君の前に今立っているのは、世界最強のヒーラーと謳われる、至高の聖職者……!! 歴史の教科書には載ってない、生ける伝説!! それがこの僕!! トムディ・ディーンさ……!!」


 ロングが腕を、防御の為に構える。トムディはそれを見て笑い、杖をロングに向けた。



「【ルミルの聖域ハーレム・サンクチュアリ】!!」



 そして、魔法は放たれた。

 ロングの真下に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。青白い光を放つ魔法陣に、ロングは焦燥していた。悪魔のような見た目の男に、魔法陣の聖域。そして、その魔法陣の巨大さは、通常の聖職者が放つ【サンクチュアリ】のそれとは格が違う。

 呆然として、チェリアが呟いた。


「す、すごい……トムディさん、いつの間にこんな魔法を……!!」


 ロングが身を小さくして、叫んだ。


「や、やってみろ……!! 何が来ても耐えてやるぞ……!!」


 そして、これが。

 最後の、時間稼ぎだ。

 瞬間、【ルミルの聖域ハーレム・サンクチュアリ】と名付けられたトムディの魔法陣から、幾つもの美女が出現した。

 幾つもの……と言っても、それは全て同じ顔。長い茶髪を一纏めにした、聖職者の娘。その名を、『ルミル・アップルクライン』と――知っているのは、この場では勿論、トムディだけだったが。


 聖職者の格好だけではない。『赤い甘味』のウェイトレス姿、サウス・マウンテンサイドのメイド服、バニー、水着、チャイナドレス……様々な格好をしたルミルの置物が、聖域に出現した。

 ロングの目の前、トムディの真正面には――……一枚の布を巻き付けただけの、顔を赤らめたルミルの姿が。


 あまりの出来事に、チェリアもロングも、完全に固まっていた。


「…………は…………?」


 トムディは、叫んだ。


「チェリア!!」

「あっ……!! は、はい!!」


 瞬間、チェリアがトムディの作戦に気付いて、動き出した。上空に浮かんでいるモアイゴーレムは、既にロングの三倍はあろうかという大きさに膨れ上がっている。トムディが時間を稼いだ事で、その威力が強化されたのだ。

 チェリアはロングを指さし、その腕を勢い良く真下に振り抜いた。



「【ジャイアント・モアイアタック】――――――――!!」



 その指示を受けて、上空に浮かんでいたモアイゴーレムが一気に落下する。

 ガツン、という派手な音と共に、限界にまで強化されたモアイゴーレムはロングに激突し、踏み潰した。ロングは咄嗟の出来事に腕を構えたが。


「ぐおぉっ…………!!」

「いけえぇぇぇぇっ!! モアイ君、ヘッド君!!」


 その重みに耐え切れず、じわりじわりと地面に埋まって行く。ロングは恐ろしい程に剥かれた目玉を更にひん剥いて、その重量に抗っていた。普段の二倍程に膨れ上がった筋肉が、それでも震えている。


「ぐぬうぅぅぅぅ……!! ……こ、この程度の攻撃……!!」


 だが、ロングはその巨大な両腕で、モアイゴーレムの重みに耐え始めた。ぐらついたモアイゴーレムが、その黒光りするボディからでも分かる程に、動揺を始めた。

 ……これでも、駄目なのか!? これが通用しなければ、もう手はない……!!


「ぐおおおぉぉぉぉぉ!!」


 ぷちん、と。何かが切れる音がした。

 それはもしかすると、ロングの両腕に仕込まれている、バネの部分だったのかもしれない。

 とてつもない音と共に、モアイゴーレムがロングを踏み潰した。砂埃が舞い、トムディとチェリアは思わず目を覆った。


 一瞬の出来事だった。まさか、落ちている最中にも重量が上がっていく技なのか……? この現象を見ると、そうだとしか思えない、とトムディは思ったが。

 トムディとチェリアの間に巨大なモアイが立っているという、奇妙な光景は数秒、続いた。


「……どう、なった……?」


 程無くして、モアイゴーレムとヘドロスライムが元の大きさに戻る。

 ロング・ジョンは、地面に埋まって白目を剥いていた。……すっかり、のびているようだった。


「た、倒した……?」


 二人は、ロングに近付いたが――……もう、ロングが二人に首を向ける事は無かった。

 二人は、互いの顔を見合わせた。


「や、やったぁっ……!! 倒したっ……!!」


 ようやく、安堵する事になる二人だった。互いに手を握り合い、飛び跳ねて喜んでいたが。

 不意に、チェリアが止まった。


「……トムディさん」

「何? いやー、大した活躍じゃないかな!? 敵を一人倒したよ!!」


 喜ぶトムディを横目に、チェリアは言った。


「……僕、トムディさんが【ヒール】を使えない理由が分かりました」

「へっ……?」


 ぎくりとして、トムディが固まった。

 チェリアは顔を真赤にして、トムディを指さした。


「な、何なんですか、あの技……!! 『アンデット』もそうですし、あんな恥ずかしい魔法に『サンクチュアリ』なんて名前を付けないでくださいよっ……!! だから聖職者になれないんです!! 聖職者は清く生きなければならないんですよ!! 不純なんです、心が!!」


 トムディは良い顔をして、明後日の方向を見詰めた。


「さあ、グレンとキャメロンが今、どうなってるか分からない……!! チェリアはキャメロンをお願いするよ!! 僕はリーシュを追い掛ける!!」


 それだけをチェリアに言って、トムディは走り出した。


「トムディさんっ!!」


 チェリアの言葉に、トムディが耳を貸す事は無かった。

 だが――……少しだけ、状況は改善に向かっているかもしれない。

 トムディは、そう思っていた。



 *



「【リラクゼーション・キッス】……!!」


 遠くで、リーシュの声が聞こえた気がした。

 俺は、夢を見ているのだろうか。一体、何がどうなったんだっけ……? ……よく、覚えていない。確か、リーガルオン・シバスネイヴァーに会って。

 上半身と下半身を、分断された。悍ましい光景に、俺は思わず両目を見開いた。


「グレン様っ……!!」


 目の前に、リーシュの顔があった。俺が目を開けた事を確認して、安堵している様子だったが。

 後頭部に、柔らかい感触。これは……膝枕?


「……リーシュ」

「良かったです、グレン様、ご無事で……!!」


 事情が分からず、俺は起き上がった。

 そうだ、リーガルオンと戦って。……奴のよく分からん魔法に翻弄されて、俺は斬られた。……俺の上半身と下半身は繋がっている。ってことは、スケゾーとの契約が発動して、俺は復活したんだ。


「な、何があったんですか……!? グレン様、ここに倒れていて……」

「ああ……心配掛けて悪いな、リーシュ」


 いや……待てよ? ……契約が発動した? スケゾーは今、『外からも内からも、一切の魔力による干渉を無効化する』アイテムの中に、閉じ込められている。……そうか。違和感の原因は、これか。

 本当にミューの持っていたアイテムが、『外からも内からも、一切の魔力による干渉を無効化する』アイテムだとするなら。俺は今頃、スケゾーに預けた魔力を回収している筈だし、死ねばそれで終わりになった筈だ。ところが、そうなっていない。

 と、いう事は……あれは、『これから発動する、一切の魔力による干渉を無効化する』のであって……『既に発動している魔法』に関しては、無力なんじゃないのか……?


「……そうか」


 知っていたんだ。

 ミューはそれを知っていて、あんな事を俺に言ったんだ。


「えっ? ……えっ?」


 俺の様子に、リーシュが慌てているが。

 そういう事なら、話は早い。確かにスケゾーがそんな状態になっているのなら、再召喚も魔力共有も、これから発動させる魔法は使えないかもしれないが。

 俺は、目を閉じた。


『…………スケゾー。……スケゾー、俺だ。聞こえるか』


 語りかけるように、そう念じる。リーガルオンにやられる手前に聞いていた声は多分、幻聴じゃない。

 暫く待っていると、頭の中に声が聞こえて来る。


『えっ? まさか、ご主人っスか? ……話せるんで?』


 やっぱり、そうだ。契約を通して行える事は、今の状態でも行使が可能。

 そうだとしたら。


「……リーシュ。ミューの居場所が分かった。いや、これから分かる」

「グレン様……? そ、それは、どういう……?」


 リーガルオン・シバスネイヴァーと、ミュー・ムーイッシュの関係が、分かった。

 あの傍若無人な男の下に、ミューがいる。……それが、真実だ。だとしたら、俺がやらなければいけない事は、ひとつしかない。

 ゆっくりと、俺は自分自身に確認するように、言った。


「俺は……リーガルオン・シバスネイヴァーを、倒す……!!」

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