第144話 行くぞ

 東の島国へは、『イースト・リッヒブルク』から船で更に東へと進めば良いらしい。

 イースト・リッヒブルクまで、セントラル・シティから馬車で二日。そこから漁師の船を借りて、『東の島国』へと向かっている俺達だったが。


 メンバーは、俺、リーシュ、キャメロン、トムディ、チェリア。ヴィティアとラグナスはどう考えても戦える状況ではなかったので、セントラル・シティに残って貰う事にした。今回は恐らく、戦闘になる事は避けられない。不安要素は可能な限り、消して進むべきだ。


「見て見て、チェリア。これは僕が新しく手に入れたアイテムで、『魔法石キャンディー』って言うんだ。なんと、特注で作って貰ったから、石なのに甘いし食べられる」

「へえ、すごいですね。やっぱり、魔力が上がったりするんですか?」

「そうだよ。何せ、魔法石だからね」

「どの位の持続時間なんですか?」

「三十秒くらいかな」

「短いですね……」


 空は青い。海は落ち着いている。……意外にも長閑な光景に、俺は溜息をついた。

 不安要素を消したと言っても、元々が不安要素の塊みたいな状況なんだけどな。

 スケゾーが居ない。たったそれだけの事で、ここまで不安になるとは。……心臓を握られているという点についてもそうだが、ようやく、共有率『二十%』を達成したと思ったのにな。

 俺一人で戦う事もあるだろうか。あるだろうな……。覚悟しておかなければならないだろう。そうなった時、何を武器に戦うべきだろうか。……やっぱり、【悲壮のゼロ・バースト】を主軸にするべきだろうか。


「グレン様。……大丈夫ですか?」


 船の上、リーシュが不安そうな顔をして俺を見る。俺は苦笑して、リーシュに言った。


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」


 ミューの言っていた、『不死身の契約』。幾つか種類はあるが、俺とスケゾーが使っているのは、【再来の契約(ルール・オブ・リスポーン)】。存在自体がどこまでもマイナーな『不死身の契約』は手段もあまり公にされていないが、俺達はその中でも比較的、知名度の高い契約を取っている。


 その内容は、俺の魔力を主人であるスケゾーに献上し、その代わりにスケゾーが俺の回復を担当する、というものだ。スケゾーが生きている以上、俺は四肢を切断されたって死にはしない。

 勿論、ダメージを受ければ受ける程、再生までに時間は掛かるし、魔力も消費する。『ヒューマン・カジノ・コロシアム』では、かなり限界の状態で再生を使ったから、一晩掛かるわ魔力は無いわで、もう散々な状態だった。


 ……何故、これ程に強いスキルがマイナーなのか。それは、幾つかの条件が必要だからだ。

 仮に、使い魔にこれを施すとして。


 一つ目、使い魔が再生する代わり、術者が魔力を失う。こうなってしまうと、使い魔が足を引っ張ってしまい、術者の魔力が際限なく使われてしまう事がある。多くの場合はコントロールが難しく、再生に魔力を消費し過ぎて、実質使い物にならない。

 何故なら、使い魔側が死んでしまった場合、自動で術が使われるからだ。その場合、最大の魔力を必要とする。

 しかも、完全じゃない。再生不能な程に攻撃を受ければ、その『自動再生』が発動しない事もよくある。このバランスが非常に難しく、戦術が立て辛くなる。


 二つ目。魔力ある限り何度でも蘇る使い魔だが、術者が死ぬ時、使い魔も死ぬ。当たり前だが、魔物はそう簡単に、人間に命を捧げたりしない。人間同士でも、中々見掛ける事はない。使うのは精々、強くない術者が奴隷のボディガードと契約する時程度じゃないだろうか。


 最後に。これが今、最も問題なんだが――……【再来の契約】を交わした使い魔は、術者に魔力の何割かを献上する。

 この献上レベルによって、使い魔の復活状態をある程度、コントロールする事ができる。例えば死んだ時、三割の魔力を献上していれば、三割の魔力で復活する。そういうものだ。


 これが、一つ目の『自動再生が発動しない問題』にも関係する。魔力の献上度と死んだ時の状態で、再生可能かどうかが決まるのだ。

 つまり、献上すればする程復活は楽になり、重症でも再生できる可能性が高まるが……献上する程、使い魔は弱くなる。

 その問題を解決する為に、俺とスケゾーは『魔力の共有』を同時に行っている。


 これが、何を意味するか。


 スケゾーの居ない俺は今、普通の魔導士として完全ではなく、常時魔力が足りない状態、という事になる。

 これがまずい。……正直、何よりもまずい。

 俺自身、常人よりは潜在的な魔力がかなり高い人間なので、スケゾーに魔力を献上したとしても、一般の冒険者と大差無い位には魔力を利用できる。

 だが。……ミューの隣に居た、あの橙色の髪を持つ大男。……『リーガルオン・シバスネイヴァー』と言っただろうか。あいつだけは、別格だ。

 あいつと鉢合わせてしまったら、正直今の俺では、勝てる気がしない。


「グレン様。……色々と考える事が多いのは、分かりますが。今は、グレン様一人では無いですから」


 ふとリーシュに声を掛けられて、俺は我に返った。……そうだ。俺一人の力では及ばずとも、今なら仲間が居る、か。リーシュも、分かってくれているんだろうか。


「……悪い。少し、追い詰められているんだ」


 リーシュは苦笑して、俺に人差し指で示した。


「リラックスして。股の力を抜いてください」

「肩、な?」


 急にいけない事をしているみたいな空気になっただろうが。

 しかし、リーシュの言う通りかもしれない。どうしようも無いんだ、考えても仕方のない事ではある。どうした所で俺達の目的は定まっているし、それを達成する為にどうすれば良いのかを考えなければならない。……これは、変わらないんだ。


「スケゾーさんは、必ず助けられますよ。元気を出してください」

「ああ。……サンキューな、リーシュ」


 リーシュはガッツポーズをして、俺に笑顔を見せた。


「千里の道もノッポからって言うじゃないですか!!」

「あれか? まず歩幅を大きくしろ的な奴か?」


 こいつは一体、いつになったら正しい言葉を使えるようになるんだ。


「すまないな、グレン。……必ず、スケゾーは取り返す。俺の命を賭けて」


 キャメロンが俺の顔色を窺ってか、そんな事を言っていた。……仕方無いな。

 俺はキャメロンの所に歩いて、分厚い胸板を軽く殴った。


「命なんか賭けなくていい。リーシュの言葉を聞いてなかったのかよ……これから戦うのは、お前一人じゃないだろ。皆で解決しようぜ。ミューの事も含めて、な」


 そう言って、笑う。キャメロンは少し、安堵しているような気がしたが。

 こいつは今回の一件、あまりに気負い過ぎだ。ミューとキャメロンの過去がどうだかは正直分かりようがないので仕方無いが、それを差し引いたって、今回の件が全てキャメロンの責任だなんて事はある筈がない。

 もっと、こいつは仲間を頼って良い。少なくとも、キャメロンが俺達を助けてくれた時と同じ程度には。


「まあ、今回はこの、覚醒した至高の聖職者が付いているからね。誰が相手でも、もう大丈夫さ」


 トムディが船の縁に肘を乗せて、得意気な顔で言った。その言葉に、チェリアが目を輝かせる。


「トムディさん、もしかして、新しいスキルを覚えたんですか?」

「フッ……チェリア。僕はね、もう今や、グレンやキャメロンと互角に渡り合う冒険者なのだよ」

「えええええっ……!? こ、この短時間で!?」


 かなり盛ったな。チェリアも素直過ぎるだろ。

 リーシュが手を合わせて、トムディに可憐な笑顔を見せた。


「トムディさん、以前より大分マシになりましたからね!!」

「もう少し言葉を選べよ!! お前は人の事言えないだろオォォォォ!?」


 トムディは半ギレで、ばんばんと船を叩いていたが。


「……と、とにかく!! 今回は、僕が役に立つ時だからさ!!」

「ああ。頼りにしているぞ、トムディ」


 弄る事もなく、キャメロンはトムディに笑顔を見せる。……キャメロンは良い奴だなあ。

 ……ん? 船の下に、何かの影が見えるぞ。そこそこ大きい……ただの魚ではないな。……魔物か?

 いや、待て。影が、濃い……!!


「僕が遂に、まともな魔法を覚えたんだよ!? もっと祝福こそあれ、馬鹿にするなんて以ての外――」


 振り返ったトムディが、少し言葉にするのも躊躇われるような、汚い顔をした。

 トムディの背中に、巨大なサメが現れた……!! そのまま、トムディの服に喰い付く!!

 至高の聖職者の、顔が歪んだ。


「ぎゃああああアァァッァアァ!! 魔物だあああうわあアァァァァ――――――――!!」

「ああっ……!? トームデーィ!!」


 間一髪、サメの猛攻を躱したトムディは船の中央に走り、その場に蹲った。キャメロンがサメに向かって飛び出し、右足を振り被った。


「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!! ――――【飛弾脚】!!」


 サメの頬に、キャメロンの足がめり込んだ。


「ギャオオオォォォォ――――!?」


 一瞬だった。巨大なサメと思わしき魔物は白目を剥き、再び海に向かって沈む。船の中央で蹲っていたトムディが顔を上げ、キャメロンの様子を眺めていた。

 ……そのまま、サメの姿は見えなくなった。

 リーシュとチェリアが、呆然としてトムディを見ていた。トムディは立ち上がり、服の埃を払うと……額の汗を拭って、溜息をついた。


「ふう。僕達の強さに恐れをなして、逃げ出したか……」


 逃げ出したのはお前だ。

 誰も、何も言えない。……やがて、リーシュの頭の上に豆電球が点いた。


「……あ、手加減ですか?」

「僕が悪かったよオォォォォ!! もうそういうのやめろよオォォォォ!!」


 泣きながら抗議するトムディに、チェリアが苦笑していた。


「あ、あはは……」


 しかし、トムディの魔法【リバース・アンデット・トムディ】は、使い所を間違えなければ強い魔法。それは確かだ。

 元々、ずる賢さや作戦参謀としては一流という事もある。この多人数戦では、トムディが居ることが強みになるに違いない。


「おお、もしかして、あの大陸じゃないか?」


 キャメロンの言葉に、俺達は水平線の向こう側を見詰めた。

 ……『イースト・リッヒブルク』を出て、何日経った? 五日位だろうか。……遂に、辿り着いたのか。船旅が長閑だったのは、嬉しい誤算だ。もう少し大変かと思っていたが。

 巨大な陸地が見えて来た。……『東の島国』とは言うが、やっぱりそれなりの大きさがある。こうしてみると、セントラル大陸と何が違うのか分からない。

 だが、おそらく地図上では――……大きさに、それなりの違いがあるのだろう。


「いよいよですね……」


 リーシュが、喉を鳴らした。


「グレンさん。……今まで通り、回復は任せてくださいね」


 チェリアの頼もしい言葉があった。


 チーム戦、か。


 俺は今一度、揃っている仲間を見た。近距離、遠距離、変化系、回復要員……改めて見ると、そこそこバランスの良いメンバーだ。『俺達にしては』、という但し書きが付くが……穴だらけなのは、今に始まったことじゃない。協力してくれているんだ。それだけで、俺は救われている。


「……少し、俺の話を聞いてくれないか」


 だが、それぞれに課題もある。……それだけは、先に伝えておかなければ。

 俺は、リーシュと目を合わせた。


「リーシュ。……お前はまだ、魔法が安定していない。スカイガーデンで解放された魔力のせいで、まだコントロールが上手く行っていないのが原因だと思ってる。だから、最高出力で魔法を使うし、魔力が切れると眠ってしまう。それがネックだ」

「は、はい……」

「相手は、分かっている範囲でも五人。この多人数戦では、『魔力切れで眠る』というのは、大きな問題になり兼ねない。……それを、覚えておいて欲しい」


 そう言うと、リーシュは難しい顔をした。


「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが、頑張ってみます……!!」


 続いて、トムディに顔を向けた。


「トムディ。お前の【リバース・アンデット・トムディ】は、確かに強力だ。……だが、技に頼り過ぎるな。そうでなくても、お前にはちゃんと戦えるだけの頭がある。俺やラグナス、キャメロンの戦い方なんか目指さなくていい。お前は、お前の出来る事で戦うんだ」


 トムディは、驚いている様子だったが。


「冷静になった時の、お前の頭が頼りだ。……だが、すぐにビビるのが悪い癖だ。怯えないでくれ」


 認められた事からか、トムディはどうにも嬉しそうにしていた。


「大丈夫さ……!! 僕はもう、大丈夫。大船に乗ったつもりで任せてくれよ!!」


 甘そうな船だな。思わず、俺は苦笑してしまった。

 頷いて、今度はチェリアを見た。


「チェリア。魔物使いになって、お前がどうなったか分からない。……でも、相変わらず俺達の生命線はお前の回復魔法だ。回復役だとばれれば、真っ先に狙われる。……トムディとは逆で、可能な限り逃げ回って欲しいというのが本音だ」

「はい、任せてください。……僕にも、今度は仲間が居ますから」


 チェリアのリュックから、モアイゴーレムが顔を出した。

 最後に、俺はキャメロンに向き直った。


「キャメロン」

「……ああ、グレン。俺はどうすればいい」


 戦闘のアドバイスをされると、思っただろうか。

 俺は、キャメロンに向かって拳を握った。キャメロンには、そのメッセージの意味が分からないのだろう。戸惑っている様子だったが。

 笑みを浮かべるでもなく。俺は真剣に、キャメロンに言った。


「ミューは、必ず助ける」


 キャメロンは、僅かに驚いたような表情を見せた。

 やっぱり、こんなのは不自然だ。……それは、リーシュの言葉が正しいと思う。

 何を信じるのかと言われたら、俺はやっぱり――……マリンブリッジで見た、ミューの笑顔を信じたい。


「スケゾーだけ助けたら、終わりなんて言わない。約束だ」


 これが一体どういう状況で、ミューには本当に希望が無いのか。最低でも、それだけは確認する。

 場合によっては、手を引っ張ってでもセントラル・シティに連れて帰る。俺は、そう覚悟を決めた。

 キャメロンは、泣いたような笑ったような、複雑な顔をしたが。


「……すまない、グレン。……ありがとう」


 俺に、そう言った。


 意志を、共にしただろうか。

 なら、それで疎通は十分だ。


 俺は、『東の島国』を見た。その向こう側は恐らく、セントラル大陸に一番近い街、『カブキ』。ここから先は、敵の本拠地なのだろう。

 俺は。俺達は、真っ直ぐに、その大陸を見詰めた。


 目標は、スケゾーの奪還。ミューの救出。そして、もし可能ならば、俺の『敵』の姿が、今よりもう少し鮮明に見える事を望んで。

 俺は、拳を握り締めた。



「――――――――行くぞ!!」


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