第145話 案外右かもしれん
「……あの、作戦を立てませんか」
とチェリアは言った。
「作戦?」
「はい。……多分、相手は待ち伏せして来ますよね? こちらも何か、考えておかないといけないのではないかと……」
確かに、チェリアの言う通り。作戦は重要だ。
しかし……なあ。今回は正直、『カブキ』という街についても何も分からないし、相手のパーティー構成がそもそもあの五人で完結しているのかどうかというのも分からない。職業は……リーガルオンという名のリーダー格っぽい男が剣士のようで、サングラスの弓士……べルスと言ったか。あいつが弓を使うという事位しか分からない。
俺は苦笑して、チェリアに言った。
「確かに、それは分かるんだけど。……作戦として用意できる程、相手の事が分からないんだよな」
「そう、ですか……じゃあ、仕方ないですね」
チェリアは少し、不安そうな表情を見せたが。
作戦と言えば、トムディだが。……先程のサメが余程怖かったのか、船の床にへばりついて、島から見えないようにと最善を尽くしていた。浅い呼吸をして、瞳孔は開いている。
「そう、忍者。僕は今、忍者になろうとしている……【シノビ・トムディ】の誕生だ……!!」
「だから必要以上にビビるなと今言ったばかりだろうが……」
やはり、トムディはトムディでしか無いのであった。
そうだな。作戦、か……少なくとも言える事があるとすれば、罠を仕掛けられているのはまあ、間違いないと言って良いだろう。ミューが『一人で来い』と俺に言った。という事は、当然俺が一人で来ない可能性だって想定しているという訳だ。
簡単な事だが、こういう言葉から相手の戦略を見出すというのも、大切な事のひとつだよな。
「とりあえず、入口と思わしき場所、簡単に上陸できそうな場所は、候補から外そうぜ。どうせ罠を仕掛けられているだろうし、何が起こるか分からない」
「えええエェェェッ!? 罠アァァァァ!?」
「いや……これからの話な?」
トムディが目玉を飛び出す勢いで驚いていたが。
リーシュが剣をいつでも振れるようにと構え、徐々に近付いて来る島を見詰めた。何やら緊張して、喉を鳴らしている。
「なるほど。気を付けないと、足を挟んで痛いという事ですね……!!」
「誰が人間相手にネズミ捕り仕掛けんだよ。罠ってもっと大掛かりな奴だよ。気付けよ」
罠のレベルが大分甘い想定だった。
キャメロンがふと何かに気付いたようで、俺達に指でさし示した。
「皆、見てくれ。あんな所に立て札が立っている。あれは恐らく、船で来ることを想定した立て札じゃないか?」
立て札……? ああ、あれか。スケゾーが居ないから、本来の視力を発揮できないが。……よく見えるな、あんなもの。
確かに、立て札はこっちを向いている。小さくてよく見えないが……島の端に立っているから、キャメロンの言う通りだろう。
いよいよ、上陸か。……緊張するぜ。
「良いか、皆。これから、何があるか分からない……!! 心して掛かろう!!」
とにかく、まずは入口と思わしき場所だ。それさえ分かれば、その入口を避けて上陸すれば、まず最初のトラップは避けられるだろう。多少上陸し難いかもしれないが、初っ端から捕まるのはナシだ。
立て札が見えて来た。……まずは、入口。そう、入口を探すんだ……!!
『←入口 もっこり村→』
堪忍袋の緒が、切れる音がした。
「もっこり村ってなんだアァァァァァ――――――――!!」
鬼気迫る表情で、リーシュが叫んだ。
「入口は罠です!! 右に行きましょう!!」
キャメロンが素早く腰を旋回させて、俺達に向かって左手を振る。
「待て!! この場合、案外右が罠かもしれんぞ!!」
確かに!!
トムディが右を指さし、キャメロンに言った。
「キャメロン!! 君が右に行くんだ!! 僕達は左から上陸する!!」
「ああ、確かに股間がもっこり……ってやかましいわアァァァ!!」
よーし、そういう事をするつもりなんだな!? 俺達をおちょくろうってんなら、こっちにも考えがあるぞ……あいつら絶対ぶっ飛ばす!!
そうこうしている間に、大陸への上陸はもうすぐだ……!! さて、どうする……!? 右か、左か……!! どんな罠が待ち受けているか分からない……もっこり的な意味で!!
「良いか、この場合は右だ!! 俺はもっこりしている罠なんて聞いた事がない!!」
「馬鹿キャメロン、明らかに左だろオォォォ!? 誘われてるとしか思えないよオォォォ!!」
「あの、いっその事、二手に別れて上陸して、五分後に再会するというのはどうでしょう!?」
「二手に別れる意味がない!!」
リーシュとキャメロンとトムディが、わあわあと言い合いをしていた。
序盤からいきなりパニックに陥っている俺達だったが。……不意に、チェリアがおずおずと手を挙げた。
「あの……この際、ここから上陸してしまうというのは……どうでしょう」
全員が、チェリアを指さした。
「それだ」
*
東の島国とは言うが。……やっぱり、いきなり街になんか辿り着かないか。
立て札の所から上陸したからか、やはり罠らしきものは無かった。だが……上陸した先は、深い森だった。
生い茂る木々。ただでさえ不気味なのに、空はどんよりと曇っていて、光が差し込んで来ない。辺りは湿気に満ちていて、草は露で濡れているし、木の幹も湿っている。
時折、昆虫や蛇の類が現れるので、あまり油断も出来ない場所だ。……とはいえ、その程度で助かるが。本来なら、もう戦いは始まっていたかもしれないからな。
俺達は、深い森を歩いた。
「……グレン様、まだですか?」
いや。正確には、『俺達』じゃない。『リーシュ以外の俺達』である。
「まだ見えないな」
「あっ……!! グレン様、そこ……!! そこ、危険です!!」
「どうしたよ」
「蜘蛛が……!!」
思わず、俺は苦笑した。
すっかり忘れていた。……リーシュは、虫が駄目なんだった。
俺はリーシュを背負い、森を歩いた。上陸した瞬間、木の幹を歩いていた蜘蛛にうっかり触れてしまったのがトラウマで、既にリーシュは森を歩けなくなってしまっていた。
「ご、ごめんなさい……腰が抜けてしまって……」
「良いけどさ。……お前、もういい加減にビキニアーマーやめろよ」
「だって!! これは、村の皆が」
「あーはいはい。もう聞き飽きたよ、その台詞」
リーシュは頬を膨らませて、俺に抗議しているが。
背負っている俺の身にもなれと言うのだ。……ビキニアーマーを背負うって。今に始まった事じゃないが。……裸と何が違うんだよ。俺も終いにゃキレるぞ。
直にリーシュの太腿に触れている。鉄板越しではあるが、胸の感触もある。……こんな所で、そんな事を意識させるんじゃない。
言葉に詰まって、俺はリーシュに聞いた。
「寒くないか?」
「あ、はい。いつの頃か分かりませんが、アーマーを着ると、少し身体がぽかぽかするようになりまして。今は、大丈夫です」
……何だ、気付いてなかったのか。
「魔法だよ。防御魔法と一緒に、掛けてあるんだ」
「……えっ? 魔法、ですか?」
こうして改めて聞かれると、少し恥ずかしい。
「そんなに肌出して、風邪でも引かれたら困るだろ。……ある程度、周囲の温度を調節するようになってるんだよ。……ほら、前に防御魔法、掛けた事あっただろ」
俺がそう言うと、リーシュは沈黙していた。……リーシュがどんな顔をしているのか、俺は努めて考えないようにした。
「……ありがとうございます、グレン様」
急に恥ずかしくなって、俺は先を急いだ。
キャメロンが、俺とリーシュを見て、にっこりと笑った。
「仲が良いのは良い事だな」
別に悪い事は言っていない。……言っていないと思うんだが、恥ずかしさに拍車がかかったような気がするのはどうしてだろうか。
不意に、チェリアが背後に振り返った。
「……あれ? トムディさんが付いて来ていませんね」
えっ?
振り返ると、確かにトムディだけがいない。あいつ、どこに行ったんだ……?
この展開。唐突の消失。……俺が思うに、これはいつものアレではないだろうか。
そう思い、俺は上空を見上げた。
ああ……いた。
木の枝に立ち、トムディは更にひとつ先の木を目指していた。……俺達から見ると、かなり後方に居る。何をやっているんだ、あいつは……。
「たァッ!! 【フローティング・トムディ】ッ!!」
トムディは向こう岸に向かって、ジャンプし――……尻から先に、上空へと浮かんで行く。
「はァッ!! たァッ!! ……ふんッ!!」
そして、一生懸命にバタ足をしていた。
「僕の想いっ!! 届けえぇぇぇぇっ――――!!」
無事、トムディは向こう岸の枝を掴んだ。魔法を上手く解除して、その枝の上に立ち、額の汗を拭っている。その間、三分程掛かっただろうか。
進んだ距離は……精々五メートルか、そんな所だろう。
「ふー。……これは、森を進むのも楽じゃないね」
…………。
「ほっ」
俺はジャンプして、木の枝にしがみついているトムディの腕を掴んだ。
そのまま、トムディを連れて地面に着地する。トムディに構わず、毒蛇の居る地面を引きずりながら歩いた。
「よし、行くぞ」
「待って、グレッぶぅっ!! 僕がっ!! 僕が悪かったァッ……!!」
*
で。
「だって、危ないじゃないかっ!! 毒蛇も居るし、毒蜘蛛も居るんだよ!?」
「そんなもん、チェリアが居るんだし大丈夫だろ。……ていうか、そんな弱い毒でどうこう言ってらんねえよ」
「どうこう言うよ!! 刺されたり噛まれたら痛いし、毒も回るじゃないか!!」
俺はキャメロンに、視線を向けた。
「なあキャメロン、毒に冒された事あるか?」
「昔はよくあったが……最近は、噛まれても平気になったな」
やっぱり、そうだ。俺はトムディに優しい笑みを浮かべた。
「だろ? だから、慣れの問題だって」
「慣れてたまるか化物どもがあアァァァァ!!」
トムディは鬼も裸足で逃げ出すような形相で、俺に向かって叫んでいたが。
「第一お前、スカイガーデンで『J&B』と戦ったんだろ? あいつなんか、毒だらけじゃねえか。なんであの時は怯えなくて、今は怯えるのか。全く理解できねえよ」
俺がそう問い掛けると、泣きながらトムディは言った。
「だって、あいつは全然怖そうじゃなかったじゃないかっ……!! 毒蛇や毒蜘蛛は顔が怖そうじゃないか!!」
危険かどうかの判定が顔で決まるのかよ。……世も末だな。
「すごく分かります、トムディさんっ!!」
背中のリーシュが、何故かトムディに共感していたが。
そんな事を言ったら、この先に待っている連中を考えてみろ。獅子みたいな顔の男に、ごついグラサン、化物だぞ。あの三角帽子の変な女は何ができるのか、いまいちよく分からんが……。そんな事でこの先、戦えるのかどうか。
「第一、こんなに深い森なら、危険な魔物だって出るかもしれないじゃないかっ!! ユニコーンとか、ケルベロスとか!!」
トムディの言葉に、思わず俺は苦笑してしまった。
「出ねえって。見ろよ、蛇と蜘蛛だぞ? スケゾーが居ないから名前とかよく分かんねえけど、こんなにレベルの低い魔物ばかりが集まる森に、強い魔物は出ないよ。魔物同士で捕食される事があるから、ある程度レベルごとに集落とか縄張りとか決まってんの」
「ケルベロスにはレベルによって、首が二本のものと三本のものがあるんでしょ? 二本の方は出るんじゃないの?」
「出ねえって言ってるだろ。全然レベル帯が違うっての」
「……ほんと?」
俺は後ろのトムディに、笑って手を振った。
「ほんと、ほんっふ」
ふと、身体が何かに当たった。
なんだ? 妙に柔らかい、毛のような何か――……って、うおおっ!?
「こ、これは……!!」
キャメロンと俺は、すぐに戦闘準備に入った。
四本足に、首が二本……!! 艶やかな白い毛並み、そして俺の全長の二倍はあろうかという、巨大な体躯。ま、間違いない、コイツは――――
「にゃあ」
はっ!?
「ぎゃあああアァァァァ――――!! ケルベロスだああアァァァァ――――!!」
「いや待て落ち着けトムディ!! にゃあって言った!! 今こいつにゃあって言ったぞ!?」
よく見れば、完全に顔も猫のそれだ……!? マンチカンとか言ったか、そんな種類の顔立ちをしている……!! つぶらな瞳が、俺の方を向いた!!
「グレン、大丈夫だ!! こいつは、積極的に戦闘をするような魔物じゃないっ!!」
「そ、そうなのか!? キャメロン、知ってるのか!?」
キャメロンは一筋の汗を浮かべて、極めて真剣な眼差しで魔物を見た……!!
「ああ。昔、聞いた事がある……!! 森の守り神として生きる、猫のケルベロス。戦力としては優秀だが好戦的ではなく、むしろ森の奥地にひっそりと生きる、神話にも登場する魔物。こいつの名は――――」
俺は、喉を鳴らした。
「ネコベロス……!!」
ネ、ネコベ……!?
「ええっ!? 良いの名前そんなんで!? いや明らかに適当過ぎるだろ名前!! 付けた奴誰だよ!!」
「それは俺にも分からないが……すまない」
「もうちょっとなんかあんだろ!? いやネコベロスって!! 神話も絵本にレベルダウンだよ!!」
「グレンさん、グレンさん」
背中から肩を叩かれた。振り返ると――……チェリアが、頬を赤らめていた。
「これは……可愛いんじゃないでしょうか」
俺は思わず、白目を剥いた。
「か、かわいい……!!」
「リーシュさんっ!! 可愛いですよね!? この子、可愛いですよね!!」
「はい、可愛いです、チェリアさんっ!!」
何故か、リーシュとチェリアが共感し。ネコベロスと呼ばれた魔物は俺達が侵入して来ている事にもまるで怒りを見せる事なく、呑気に欠伸をしていたが。
リーシュが目を輝かせて俺から降り、ネコベロスに抱き付いた。
「グレン様!! この子、セントラル・シティで飼えませんか!? 私、飼いたいです!!」
「無理に決まってんだろ……」
「ええっ!? そ、そんな、厳しすぎます……!!」
……。
『カブキ』、まだかよ……。
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