第131話 飛距離『ゼロ』と、魔力『ゼロ』

 俺は少しばかり、周囲の魔力に意識を集中させた。……沢山の人が居る。当然、その人数分の魔力を感じる事になる……筈だった。

 相変わらず、彼女から魔力を感じる事がない。俺はさり気なくラムコーラを飲む振りをして、彼女を観察した。

 水着から、ヴィティアやリーシュと同じ、ホテルの室内着に変わってはいるが。……特に、他には変化も無いようだな。


「……なあ、スケゾー。魔力の無い人間なんて、居ると思うか?」


 俺が問い掛けると、スケゾーはぐいぐいと酒を飲みながらも、俺の肩で唸った。


「そうっスねえ……人間の事は、正直オイラにはよく分かんねーですけど。魔物で魔力が無い奴ってのは、まー居ませんよね」

「……だよなあ」


 魔力が無い人間。……世界は広い、どんな人間が居たっておかしいって事は無いだろうが、少なくともセントラル大陸じゃ聞いた事の無い話だ。情報もない……多かれ少なかれ、この世に生まれた存在である以上、魔力は持ってるモノっていうのが俺達の見解であり、常識だ。

 もし、それが無いとすれば。……それは何か、特別な事情があった時だけ。……少なくともそれは、間違いない所なんじゃないだろうか。


「あーでも、結構昔に……潜在魔力ゼロの人間が居るってえのは、聞いた事があるかもしれないっスね」

「そんな奴もいるのか」

「さあ。オイラも見た事はないっスけどねえ」


 例え居たとして、そいつは相当珍しい奴だろう。彼女は、その『とんでもなく珍しい奴』なのかどうか、という所だが。

 この立食パーティーに居る身で、誰とも話す気配がない。そういえば海に居た時も、どことなく周囲から浮いていたような気はするが……。見た所、彼女は先程ラグナスが言っていた、『ギルド・ストロベリーガールズ』の一員ということで間違いは無いだろう。今ラグナスが楽しそうに話している女性陣の中に、海であの娘に声を掛けた女の子が混じっている。


 ……おい、ちょっと待て。ラグナスが、女子とうまく話している……だと!?

 今日は雷でも落ちるかな……。


「スケゾー、ちょっと思ったんだけどさ。……『呪い』って、何かを封印するものばっかりじゃないか?」

「そうっスか?」


 リーシュの胸を小さくする。ヴィティアの魔法を使えなくする。そのどちらも、元々出来ていた何かを封印している。そう考えると、法則はあるのかもしれない。

 そういえば、連中の手先――……J&Bや、ベリーベリー・ブラッドベリー。もしかすると、ギルデンスト・オールドパーなんかも、『呪い』を操っていたんだろうか。

 倒してしまった今では、分かる事は少ないが。


「魔法との違いが具体的に何なのかは分からないけどさ、ひょっとすると、『魔力』なんかも封印できんのかな」

「それで、あの娘が魔力を失くしているって言うんスか? ……何の意味があって」

「さあ、そりゃ分からないけどな」


 可能性の話だ。もしも彼女が潜在的に魔力を保有しない、特異な体質とやらでないのなら――……どんな可能性が考えられるか、ってな。

 魔法で魔法を封じようと思ったら、それがどのような魔法にせよ、上から打ち消すような魔法を組むことによって、実質的に無効化させる。そんな手段が一般的だ。

 だから、その魔法の源である『魔力』そのものを根底からブロックする、なんていうのは、それが魔力の上に成り立っている『魔法』である以上は、やりようがない。そういうもんだ。

 ……ん? 紫髪の女の子が立ち上がった。飯でも取りに行くんだろうか。


「そういやヴィティアの魔法を封じている『呪い』とやらも、どうやってるのかよく分からないしな。案外、魔力だって出来るかもしれないぜ、封印とか」

「そりゃ、可能性の域を出ない話っスね」


 スケゾーが腕を組んで、笑みを浮かべた。

 あれ? ……いや、そっちに飯は無いぞ。紫髪の女の子は、真っ直ぐにこっちに向かって来る。無表情で、どことなく周囲が凍り付くような雰囲気があった。俺は思わず身構えてしまう。

 ……しまった。どうせ気付いていないからと、見過ぎてしまったか……? 俺のような男からじっと見詰められたら、誰だって気持ち悪いと思うかもしれない。

 リーシュやヴィティアが特異なだけで、これがセクハラに当たる事もあるのではないか。

 唐突に、俺は罪悪感に襲われた。


「なあ、スケゾー。……ジャンピング土下座のやり方って、どうやるんだ」

「はあ?」


 真っ直ぐに、女の子がこっちに向かって来る……!!

 な、何を言われるんだろうか……!! どんな展開になっても、謝る準備だけはしておこう……!!

 紫髪の女の子は、俺の目の前に立った。



「…………ガチョーン」



 どんな展開だああアァァァァァ――――――――!!



 ……な、何が起きているんだ、これは!? 無表情の彼女は、どこか俺の反応を期待しているようにも見えたが……。あまりの出来事に、俺は次に続く言葉がまるで出て来なかった。

 ただ、俺の瞳を真っ直ぐに見詰めている。顔を見る事に、何の躊躇も無かった。

 不意に彼女は、俺から目を逸らして舌打ちをした。

 ――――なんの舌打ち!?


「まあ、良いわ。私を見て……陰で噂しないで……貰いたいのだけど」

「おっ!? おお、すまんな、悪気はなかったんだ」


 と思ったら、意外とまともな話がしたいようだった。

 何だったんだよ、最初の意味不明な掛け声は……。あと舌打ち。『まあ良いわ』って、俺は一体何を許されたんだ。


「あんたから、魔力を感じなかったからさ。何か理由があるのか、って話をしてたんだよ」


 そう言うと、少し彼女は驚いたような顔をした――……のか? 少し反応があったが、まるで仮面のように表情が変わらない。若干俯いて、俺から視線を逸らした。


「感じない訳ないじゃない……誰だって、魔力くらい持っているものでしょ……分からないの?」


 これは……隠したい、のか? もう表情があまりに変わらなさ過ぎて、よく分からねえ……!!

 どうすりゃ良いんだ、これは。ツッコんで良いものなのか。……始末に困る。

 ええい、仕方ない。切り出してしまったのは俺だ。


「……あんたは、魔力のあるアイテムを持ってるかもしれない。でも、あんた自身に魔力は無い。……そうだろ?」


 わざわざこんな事を言うってことは……他の連中にも、同じように言っているんだ。彼女は魔力が無いのを隠したい。それは分かっている。……でも、俺は言う事にした。

 偶然にも、こうして話をしているんだ。まさかとは思うが、もしもこの娘が『呪い』に関係しているなら、それは俺にとって大きなプラスになる。

 気を悪くしないだろうか。……彼女は、俺から目を逸らし――……や、やばいのか……?


「…………な、なんだってー」


 全く驚いているように見えない!!

 や、やりづらい……!! リーシュやラグナスとは、また違うタイプのやりづらさだ……!!

 彼女は顔を上げて、俺と目を合わせた。


「……そこまで分かっているなんて、驚きだわ……あなた、魔導士なの?」

「あ、ああ。まあ今となってはもう、何だか分からねえけどな。……それよりあんた、魔力が無いのは『呪い』のせいだったりしないか?」


 勢いに任せて、直球で質問を仕掛ける俺。こうなりゃ、まどろっこしい話は抜きだ。


「……呪い?」

「そうなんだ。実は今、東の島国から伝わる変わった技術、『呪い』について追い掛けている所なんだよ。困ってるなら、協力するしさ」


 俺がそう言うと、紫髪の女の子――そういえば、ミューって言ってたな。彼女はすっかり黙ってしまった。

 もはや俺には、この娘の沈黙が凶器に見える。

 なんで、いつまで経っても無表情なんだよ……!! 俺の言葉にちょっとは反応しろよ……!!


「……じゃあ、呪いじゃなかったら協力してくれないのね」


 しかも可愛くねえな!!


「いや、そういう訳じゃないよ!? そういう訳じゃない!!」

「……冗談よ」


 どこからどこまでが冗談なのか、ちっとも判別が付かねえよ!!


「残念ながら、私は『呪い』には掛かっていないわ。純粋に、魔力が無いのよ」

「そ、そうか。じゃあ、見込み違いだ。……悪かったな」


 一刻も早く、この場を立ち去りたい俺。ミューは依然として無表情を貫いていて、しかも俺の瞳を食い入るように見詰め続けている。こんなにも長時間、目を見られる事も珍しい。

 とにかく、話は終わりだ。こんなに話し辛い奴と、このような立食パーティーの場で、わざわざ話し続ける必要も無いだろう。

 ……特に、困っている様子でも無いしな。

 不意に、少女の口の端が、よく見ていないと分からないレベルで僅かに持ち上がるのが見えた。



「……私は、『呪い』には掛かっていない……私は、『掛ける方』よ」



 その言葉に――――…………俺は、固まった。


「……なんだと?」


 ちょっと待て。……今、確かにこの娘は、呪いを『掛ける方』だと。そういう意味で、言ったんだよな。

 東の島国について、知識も無いのかと思ったが。そうでは、ないのか? この娘は、一体何を知っているんだ。


「……『呪い』について、知りたいと……そう、言ったかしら」


 俺は、喉を鳴らした。


「教えて、くれるのか?」


 ミューは俺に向かって数秒、固まると……不意に、俺から顔を背け。


「…………まいっちんぐー」


 いやどっちだよ!!

 思わず、心の中でツッコまずには居られない俺だったが。無表情だから、これは本当にボケているのか、それとも真面目に言っているのか。それさえ分からない。

 ずっこけそうになる俺に、ミューは無表情を貫いて、言った。


「……教える訳、無いじゃない。この技術は、セントラル大陸でも希少な……なんか伝承とかがある……らしくて……まあ、教えるのが面倒だから駄目よ」

「せめて貴重な技術だから駄目だって言って欲しかったよ!!」


 なんだよこの唐突なグダグダ感は!!

 ミューはふと、寂しそうな顔をした……のか? 分からないが……とにかく、俺から目を逸らしたかと思うと、何やら海の方を呆然と眺めていた。


「それに……私が安易に『呪い』を教えて、悪用されたら……私のせいにされるの、嫌だわ」


 ……なんだよ。理由はそっちの方が、遥かにまともじゃないか。

 俺は、思わず苦笑してしまった。

 このミューと呼ばれた娘は、どうやら俺が今までに出会ったどの人種とも一致しないようだ。……こういうのを、『電波系』って言うんだろうか。何を言い出すのか、皆目見当が付かない。

 ミューは、唐突に俺を見て――……もう、この無表情もやめてくれよ。何考えてるかさっぱり分からんわ。


「じゃあ、交換条件にしない?」

「いやなんでだよ!! …………はっ!? 交換条件?」


 思わず、普通の事を言われているのにツッコんでしまった俺である。ツッコミの悲しい性だ。


「そう。……私、探しているモノがあるの……それを見付けてくれたら……教えてあげても、良いわ」

「ほ、本当か!? 何を探せばいい!!」


 予想外の展開に、驚いてしまった。てっきり、もう教えてくれないもんだとばかり……いや、もうこいつとの会話で何かを予測するのは無理だな。諦めよう。

 しかし、嬉しい誤算だ。まさかこんな所で、『呪い』に近付く事が出来るとは……!!

 ミューは、怪し気な笑みを浮かべた。

 ……ぞっとする笑みだ。


「それが何かを説明するのは、後……貴方は今、イエスかイエスで答えてくれれば良いわ……」


 スルーだ。スルーしろ、俺。『どっちもイエスだよ!!』ってツッコんだら、俺の負けだぞ。

 考えるんだ。……これは、俺の退路を断っているんだ。


「ちょっと待てよ。何を探すかも分からないのに、探すかどうかを決めろって言うのか? そんなもん、俺が知らなったらどうするつもりなんだよ」

「その時は……対象が見付かるまで、私のそばで……探してもらうわ……。奴隷のように、こき使ってあげる……」


 初めて見せたまともな笑顔が、こんなにも寒気を覚えるものだとは。


「でも、きっと……貴方は、知ってる」


 何だよ。俺の何を知っているって言うんだ……? 伝えた事って、俺が魔導士だって事くらいだろ……?

 どうしよう。……初めて、『呪い』についてのまともな話を見付けたって言うのに。まさか、ここまで来て嘘は付かないだろうし……協力してやりたいのは山々だが、知らなかったら一緒に行動しないといけないっていうのはちょっと、なあ。

 俺一人では決められない、か。どの道、リーシュやヴィティア、ラグナスにも、一言告げてからにしないと。


「……少し、考えさせてくれないか」


 そう言うと、ミューはすぐに無表情に戻った。


「……おかしい……ドMなら、ここは迷わず『オウ、イエス』と答える所なのに」

「勝手に人をドMにすんのやめてくんない?」


 イエスの前の、謎の掛け声は一体何なんだよ。


「ミュー!! ……ねえ、ちょっと!!」


 おや。俺とミューの所に、走って来る人影があった。青みがかった緑色の髪……さっきもこの娘を呼んでいた女の子じゃないか。

 少し、怒っているようだ。ミューの肩を掴むと、少女は僅かな怒りの表情を見せた。


「勝手に行動しないで欲しいな。みんな、迷惑してるみたいだよ」


 ミューは、そんな彼女を一瞥すると、目を逸らした。


「そう……ごめんなさい。いつも、私抜きで決めるから……どうでも良いのかと思っていたわ」

「そんな事ないよ、ミューが居ないと皆、寂しがってるよ。……ごめんなさい、うちのギルドメンバーが」


 最後の言葉は、俺に向けられた言葉だった。


「ああ、いや……」

「本当に、ごめんなさい。…………ほら、行こう」


 少女の言葉に、ミューは歩き出す。……不意に振り返り、ミューは俺を見た。


「……私は、ミュー・ムーイッシュ」

「あ、ああ。俺は、グレンオード・バーンズキッドだ」

「……返事、待ってるわ」


 最後にミューは、そんな言葉を残して行った。

 ……これは、どうするべきだろうか。

 俺は再び、『ギルド・ストロベリーガールズ』の一団を見た。


「大丈夫でしたか、ノアさん」

「ごめんねー、ラー君。これで全員だから、あっち行こっ」


 う、上手く行っている……だと……!?

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