第132話 エレガント・ハイドボディ
……探し物って、何だろう。
ホテルの部屋に戻ると、俺は一人、ラムコーラを片手にそんな事を考えてしまった。ラグナスと二人で入った部屋は、信じられない程に大きく――……宿の部屋であるにも関わらず、ベッドルームはベッドルームで分かれているし、居間に豪華な風呂、リビングともう一部屋あった。家族で住んだって、文句は無さそうな部屋だ。
海とセントラル大陸が一望できる、大きな窓。その近くのソファーに座り、俺は外を眺めていた。
ミュー・ムーイッシュ。あいつ、何者なんだ……? 俺が知っている筈のモノ。俺自身に、全く心当たりが無いのに……?
『呪い』を使える、との事らしいが。特に今の所、それらしい様子も無い。……でも、『呪い』を知りたい俺の方にも、彼女を追う以外に有効な手段がない。
分かっているのは、彼女が魔力を持っていない、ということだけだ。それじゃあ、どうしようもない。
俺が魔導士である事を知って、こんな要望を出して来た可能性もある、か。そうだとするなら、魔導士として役割を持てない俺では、駄目な可能性もある。
爆発を利用した打撃、【笑撃のゼロ・ブレイク】。飛ばない代わり、広範囲に爆破を起こす【怒涛のゼロ・マグナム】。自身の魔力を活性化させて、身体能力を上げる【悲壮のゼロ・バースト】。
俺が開発してきた魔法はどれも、魔導士としては役に立たない。前衛であるからこそ、効果を発揮するものばかりだ。
もしもミューが誰かとパーティーを組んでいて、後衛を探しているのだとしたら。
下手に首を突っ込んで、ミューの足を引っ張るというのも……あまり、良くは無いな。
「ふー……」
……こうして考えてみると、やっぱり手は出さないべきか。
でも『呪い』に近付ける可能性は、ある。
困ったなあ……。
「そろそろ俺も、次の段階に進まないといけない……か」
皆、それぞれ考えている。俺とスケゾーだけ成長しない訳にも行かない。
と言っても、魔法の飛ばない俺にとって、成長の余地は限られている。……可能性があるとすれば、【悲壮のゼロ・バースト】をどう使うか、だろう。この魔法は俺にとってまだ熟練度の浅いもので、スケゾーと組んで発動すると効果が強過ぎて、暴走してしまう事がある。
ヒューマン・カジノ・コロシアムでは、まだ良い方に転がったから良かった。……だが、博打は駄目だ。制御のレベルを、もっと上げなければ。
瞬間、ノックの音が聞こえた。俺は振り返り、玄関扉の方に向かう――……。
「……ヴィティア?」
玄関扉を開けると、そこにはヴィティアが立っていた。
「入ってもいい? ……ラグナスは?」
「おう、すっかり寝てるよ。スケゾーもだ」
ヴィティアがそう言って、部屋に入る。思わず、俺は苦笑してしまった。
スケゾーはすっかり酔っ払って、珍しく爆睡している。周囲に危険が無いからだろう。ラグナスもまた、『ここは天国だ』とかなんとか言って、今ではすっかり夢見心地でベッドの中だ。
まさか、あいつのナンパが上手く行くなんて思わなかったが。『ラグナス』だの、『ラグナス様』だの、『ラー君』だのと呼ばれて、すっかり調子に乗っている。
この世の中には、『顔さえ良ければとりあえずオッケー』という女子も、確かに居るらしい。
「そ、そうー、なんだー」
……なんだ? ヴィティアの様子が、どことなくおかしいような気がする。
俺の気のせいか。
「ベッドルームは、そっち? ……じゃあ、こっちの部屋で話そ」
ヴィティアは小さな声で俺にそう言うと、真っ直ぐに扉の付いた部屋へと向かい、俺の手を引いた。……どうやら、何か重要な話があるようだ。
俺は部屋の中に誘われる。入るとヴィティアは出入口に背中を向けたまま、扉を閉めた。
「……じゃあ今は、グレン一人なのね」
「あ、ああ……そうだけど?」
一体、何を改まっているんだ。少し、ヴィティアの緊張がうつってしまった。
頬を赤らめて、少しどぎまぎとしたような様子で、ヴィティアは喋った。
「あの、もし良かったら、なんだけど……。海の方で、グレンと行きたい所があって……」
「お、おう」
「わ、私と一緒に……」
ヴィティアは目を閉じて、拳を握り締めて言った。
「死んで!!」
「心中!?」
ヴィティアは大きく目を見開いて、明らかに動揺していた。
「ま、間違えたっ……!! 違うの、そうじゃなくてっ……!!」
「……静かにしないと、ラグナスが起きて来るかもしれないぞ」
「ごめん、ちょっと、混乱して……」
まあ、意図するところは分からんでもないが。一緒に行きたい、と言おうとしたんだろう。
……あれ? でも、海の方って言ったら。
「確か夜は監視が付いていて、海には行けないんじゃなかったか? 暗くて、危ないとかで」
「危険が危ないって言うけど実際、危険が危ないって言うところは言うほど危なくはないのよ!!」
「待て、お前が何を言っているのかさっぱり分からない」
なんだか早口言葉みたいになってるんだが……。本当に、一体どうしたんだよ。
ヴィティアは扉に背を付けたまま、少し引っ掛かったような声を、喉の奥から絞り出した。
「せっかく、夢みたいなホテルに泊まれる事になったのに……!! グレンと二人っきりの思い出が無いなんて、嫌なの……!!」
俺は、言葉を失った。
えっと、それは、つまり――――ヴィティアは、俺と二人きりになりたいと、いうことで。
……そうか。……そう、だよな。ずっとヴィティアは、デートしたいんだって言ってたからな。……そんな事も、あるよな。
感動するやら、嬉しいやら、少し困るやらで。どうしようもなく、俺は目を泳がせた。
「…………だめ?」
「いや、それは構わないと言うか、正直素直に嬉しい所なんだが……実際、どうするんだ? 警備を潜り抜けないと、海には出られないだろ」
「それは、私に任せて……!!」
ヴィティアは少し嬉しそうな顔をして、人差し指の先に魔力を集めた。
「【エレガント】!! 【ハイドボディ】ッ!!」
うおっ、まぶしっ……!?
【ハイドボディ】!? そうか、ヴィティアはそんな事も出来たのか……!! 確かに、姿を隠す【ハイドボディ】なら、やる気のないホテルの警備位だったら逃げ切れるかもしれない。相変わらず何がエレガントなのかよく分からないが、つまりは多人数に掛けられる【ハイドボディ】って事なんだろう。
ますます、盗賊らしくなってきたな。光が出るから、隠密行動には向かないだろうが。
考えている内に、視界からヴィティアの姿が消えた。
「ふふん、どう?」
「おおっ、すご――――…………」
服以外。
「――――――――くねえよ!!」
「きゃっ……!!」
見れば、俺の身体も消えている。……服以外。まるで服が空中に浮かんでいるかのようで、激しく気持ちが悪い。
「意味ねーだろ!? ポルターガイストかよ!! 何で身体を消せるのに服は消えねえんだよ!! エレガントに劣化してるじゃねえか!!」
「しーっ!! しーっ!!」
しまった、思わず大声でツッコミを……!!
部屋の向こう側で、扉の開く音が微かに聞こえた。小さな足音が、少しずつこちらに向かって来る……!! 宙に浮かんだ服が、素早く床に落ちて行った。
「グレン!! 服脱いで!! はやく!!」
そ、そうか……!! その手があったか……!!
素早く服を脱ぐ。室内着は殆ど一枚なので、脱ぐのも早い。下着まで脱がないといけないのかよ……!!
「グレンオード……? まだ、起きているのか?」
出入口の扉が開いた!!
何故か特注のパジャマ姿に三角帽子を被ったラグナスが、寝ぼけ眼を擦りながら登場した。部屋の中に、俺とヴィティアの姿は無い。……ラグナスが、居ない筈の俺としっかり目を合わせる。
こ、これ……バレてないよな……!? バレていたら、俺はただ部屋の中で服を脱いでいるだけの変態に思われ兼ねない……!!
心臓の鼓動が高鳴る。……俺はつい、ラグナスの視線から身体を避けた。
「……外に居るのか。全く、夜更かしが好きな奴だ」
出入口の扉が閉まった。
……………………ふー。あ、危ない所だったぜ。
「大丈夫よ、魔力だけで人の姿まで把握できる人は少ないから。意識してなければ、グレンだって分からないでしょ?」
「ああ、まあ不思議に思う事はあるかもしれないが……人だとは思わないだろうな」
俺の場合、自分の近くに寄られれば、否応無しにも意識してしまうが。今だって姿は見えないけど、ヴィティアの位置は何となく分かる。
ヴィティアの手と思わしき感触が、俺の身体に触れた。何度か位置を確かめて、俺の手を握る。
「じゃあ、このまま行きましょう」
「ああ、なるほどな。確かにこれなら、警備もすり抜けられるかも……っておい、待て!! このまま!?」
裸なんだが!?
「どうせ姿は見えないんだし、バレないから大丈夫よ」
「そういう問題じゃねえよ!! お前は裸に慣れてんのかもしれないけど、俺はそんな趣味ねーから!!」
「私だって慣れて無いわよ!!」
今度はラグナスがもう一度目を覚まさないように、小声で言い合う俺達だったが。
嫌だぞ、俺はこのまま外に出るなんてのは……!! ただの露出狂じゃねえか……!!
「第一、何で服は消えないんだよ……!! 普通、【ハイドボディ】って言ったら服も込みで消えるじゃねえか!!」
「それは、そのー……あれよ。魔法の範囲拡張における犠牲ってやつよ」
「犠牲にするくらいなら一人で良いから、普通の【ハイドボディ】にしてくれ!!」
分かるぞ。俺には、ヴィティアが冷汗を流しながら、俺に向かって笑顔を作っているのが分かる。
本当に相変わらず、こいつの魔法は必ず何らかの落とし穴を作って来やがる……!!
「ほ、ほら、女性の彫像は皆、服を着てないじゃない?」
――――今この瞬間に、ヴィティアとラグナスの知能レベルがイコールであることが明らかになった。
「ほんとに、綺麗な場所があるの……!! 私、グレンと思い出が作りたくて、ちゃんと調べたのよ? ねっ、お願い!! 一緒に行こっ!!」
そう言って、ヴィティアは俺の手を引く。
マ、マジかよ……!!
*
…………来てしまった。
他の利用者がホテルの出入口を通過するタイミングを見計らって、俺達は外に出た。そのまま、本来ならば通れない筈の警備をすり抜け、海の方へと出る。砂浜まで降りて、暫く海沿いに歩いて行くと、大きな岩が足場を作っている場所があった。
足跡で気付かれないよう、海の水が掛かる所まで海に迫り、歩いたが。……誰か、追って来ていたりしないだろうか。恰好が恰好……というか裸なので、もう心臓の音がヴィティアに聞こえるのではないかと思える程に大きい。
大丈夫だよな。海に人は居なかったし……だ、大丈夫、なんだよな。
左手は、ヴィティアにずっと握られたままだ。
「……ここは、ホテルの窓からは陰になっちゃう所だから。座ってみて」
ヴィティアはそう言って、俺の手を離した。岩場はねずみ返しのように、波が来ないようになっている。……どうやら、ここに座れ、という事らしい。
俺は、その場に腰掛けた。間違えて、見えないヴィティアを蹴らないように、慎重に。
座ると、左手がヴィティアの右手に触れた。……状況が状況だけに、恥ずかしさが込み上げてくる。
見えないモノ相手に何を焦っているんだ、俺よ。……だから、大丈夫だって。
「暗くて、何も見えないんだが……」
「もう少しだと思うんだけど……もう少し、待って」
ただ、どこまでも闇だ。……こんな所で、本当に何かが見られるんだろうか。
俺達は、二人共無言だった。寄せては返す波の音だけが、辺りに響いていた。
そして――――…………。
「…………おお」
不意に、海中に小さな青い光が見えた。それによって、闇でしか無かった暗い夜の海に、小さな明かりが出現し、消える。
それに呼応するように、少しずつ、光が増えて行く。ぽつり、ぽつりと光るそれは、やがて動いているのだと分かった。光る時間も長くなり、海面にアートを描くように、光は無数に広がっていく。
こ、これは…………!!
「『マリンライト』と呼ばれる魔物がこの辺りには住んでいて、夜になると群れで現れるらしいの」
すごい。これは、確かに――……美しい。月明りに照らされただけではよく分からなかった海が今、『マリンライト』の光によって、幻想的な場所になっている。時折、海面を跳ねる様子も確認できる。海が、こんなに綺麗になる瞬間があるなんて。
「本当は、ホテルの窓から見るものなんだって。……でも、絶対にこっちの方が綺麗だと思って」
「ああ、確かにそうだな……!! これはすごいよ、ヴィティア。夢の中にいるみたいだ……!!」
そう言って、俺は――――その存在に、気付いた。
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