第97話 空の国、『スカイガーデン』
「ちょ、ちょっと!! あんた何!? グレンから離れなさいよ!!」
ラグナスの腕を掴んで、ヴィティアが俺からラグナスを引き剥がそうとした。ラグナスは一瞬にして泣き止み、その黙っていれば美しい顔を惜しげも無くヴィティアに向かって振り返り、見せる。
「これは美しいご婦人、大変失礼を致しました」
そう言いながらも流れるような手捌きでヴィティアの手を取り、その甲に軽くキスをする。ヴィティアは思わず頬を赤くして、ラグナスから一歩、後退った。
「はっ…………!? ええっ!? ご、ご婦人!?」
「申し遅れまして、私はセントラル・シティの愛と平和を護る騎士、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルと申します。貴女のように、水浴びか花摘みをしている穢れ無き妖精のような、清楚で美しい婦人を護ることを生業にしております」
おお…………!? 何だかよく分からないが、これはラグナスの口説きスキルが上がっている…………のか!?
ヴィティアはあまりの状況にすっかりフリーズして、気が付けば顔を真っ赤にして俯いていた。そんな状況でも決して甘いマスクを外さず、ラグナスは微笑みを浮かべて、ヴィティアの肩に手を。
…………これはこれで、俺としてはあまり面白くないが。ラグナスのスキルが上達したのなら、近い内に女の子を口説いて勝手にパーティーを作ってくれるんじゃないだろうか。
「貴女の名前を、お伺いしても宜しいでしょうか?」
「えっ…………えと、その…………わ、私は、ヴィティア・ルーズ…………」
「ヴィティアさん。美しいお名前ですね」
この、ラグナスのスキルが本物なら…………。
「是非貴女を、この私の『にゃんにゃんワールド』にご招待したい…………!!」
偽物だったかー。
「は? …………え? にゃんにゃん…………?」
「この私の、愛と平和に包まれた真の楽園。それが、にゃんにゃんワールドです。貴女も是非、この私に付いて来ては下さらないか」
駄目だ。ヴィティアの頭の上が、既にクエスチョンマークで一杯になっている。……眺めていないで、いい加減にヴィティアを助けてやらないとな。
こいつが爆弾発言を言う前に、どうにか…………。
「愛欲にまみれたピンク色の明日が貴女を待っている…………!!」
まあ、そう思う時って既に駄目な時だよね。知っていたよ。
ヴィティアは訳も分からず沸騰して、口をぱくぱくと動かしていた。俺は溜息をついて、ヴィティアとラグナスの間に割って入る。これ以上、ラグナスを暴走させる訳には行かない。
「おい、その辺にしとけ」
「グレンオードッ…………!! 頼む、今だけは邪魔しないでくれ!!」
肩を掴むと、ラグナスは小声で俺に囁いた。
「今は、リーシュを助ける為にスカイガーデンに行く所なんだよ。セントラルに帰ってくれ」
「分からないのか…………!? 今、最高に良い所だっただろう…………!!」
「どこがだ」
変わらないなー、こいつも…………。
俺は『昼の顔』と『夜の顔』を合わせて、一つの仮面を作った。そのまま、キララにそれを見せる。
「で、どうすればいいんだ?」
「それを装着すると、スカイガーデンに身体が移動する仕組みになっておる」
「そうか、ありがとう。…………変な邪魔が入ったけど、それじゃあ俺達、行ってくるよ」
「あいつ、何なのじゃ…………? 感動の別れがめちゃくちゃではないか…………」
「正直、俺にもよく分からん」
それだけをキララに言って、俺はヴィティアの所へと歩いた。ラグナスがヴィティアの腕を引いて、何か熱心に自分アピールをしているようだった。
やれやれ…………。
「ヴィティアさんっ!! 俺は今、最高に燃えているっ!!」
「も、もう、何なのよっ…………!?」
「はいはい、悪いけど一番乗りで頼むな、ヴィティア」
そう言いながら、後ろからヴィティアに仮面を被せた。瞬間、青白い光が仮面から発され、ヴィティアの全身を包み込む。
「ヴィティアさんっ!?」
ラグナスが何か叫んでいるが。俺は、消え行くヴィティアに手を振った。
グダグダやっている時間は無いというか、既にこいつに掛けている時間を勿体無く感じている俺が居た。どうせ既に人数は足りているし、だったらナンパなんてさせている場合じゃない。
ヴィティアが消えると、俺は仮面を拾い上げた。ここに残るメンバーに今一度、顔を見せる。
「それじゃあ、色々とありがとな。なんか、中途半端になっちまったけど…………ちゃんと、戻って来るからさ。そうしたらまた、楽しくやろう。…………次、トムディ!!」
言いながらも、トムディに向かって手招きをした。やや緊張した様子で、トムディが俺の所に走って来る。
俺は、トムディに仮面を被せた。
「おう。何かあったら、いつでもこの魔法少女を頼ってくれ」
キャメロンが胸を叩いて、全く魔法少女らしからぬ貫禄でそう言った。
「傷付いて帰って来たら、今度は無償で治してあげますから」
チェリアが男とは思えぬ可愛らしい笑みで、俺を見送る。
「きっと、リーシュさんという方を救って、今度は皆さんで遊びに来てください」
モーレンもまた、穏やかな笑みを浮かべている。
「ちゃ、ちゃんと戻って来たら『ギルド・グランドスネイク』にも顔を出すのだぞ!? 絶対だぞ!?」
キララがやや涙目で、俺を見送る――……思わぬ出来事があって、また随分と好かれたもんだ。
トムディが消える。次は――……俺達の番だ。
転移したら、何があるか分からない。一応、キララの紹介状があって初めて通ることが出来るルートだ。唐突に奇襲されるとは考え難いが…………さっさと準備して、俺もトムディとヴィティアの後を追わなければな。
俺は肩のスケゾーに、指で合図した。
「頼む、スケゾー」
「あいあいっス」
スケゾーが消え、俺の身体と同化する。魔力の融合――……『十%』にも、随分と慣れて来た。体調も万全だし、これなら戦うには問題ないだろう。
――――スカイガーデンにリーシュが居るのか、居なかったとしてそこに現れるのかは、誰にも分からない。
だけど、きっと連中の誰かは現れる筈だ。そうでなければ、スカイガーデンに居る『金眼の一族』が根絶やしにされているか、どちらかだが…………タリスマンに居た時、連中はまだヴィティアの始末に困っていた。それなら、そう早く手を出されているとも思えない。
そうだとして、ここから先は――……ヒューマン・カジノ・コロシアムで戦った連中か、恐らく同レベルの奴等を相手にしなければならないだろう。
…………気を引き締めないとな。
「おいグレン!! 俺も行くぞ!! 仮面をよこせ!!」
ラグナスが血相を変えて、俺の仮面を奪おうとしていたが。
「駄目だ。俺、スケゾー、トムディ、ヴィティアでもう定員オーバーなんだよ。セントラル・シティで待ってろ」
「ふざけるなアァァァッ!! こんなチャ…………事態、黙って見ていられるかっ!!」
「お前今、『チャンス』って言おうとしただろ」
ラグナスの時が止まった。…………こいつの頭の中ではもう、リーシュを助けてハッピーエンドの未来しか見えてないんだろうな。
「ラグナス!! いい加減にしろ!! お前は俺達とセントラルに戻るんだ!!」
「嫌だあァァァッ!! 俺のライジングサンにゃんにゃんワールドには、リーシュさんの存在が絶対に必要不可欠なんだアァァァッ!!」
俺は仮面を装備した。
「あはああァァァッ!!」
ラグナスの悲痛な叫びが聞こえる中、俺は全身を青白い光に包まれていく。
不思議な感覚だ。まるで、水面の上に浮かんでいるかのような…………。体重が消えてしまったような気分で、揺らめく魔力の流れに身を任せる。
これが、転移魔法。以前、俺が召喚契約を利用してノーブルヴィレッジに行った時とは、また違う。母親の胎の中に居るような、少し心地の良い感じだ。それでいて、ふとすると意識を持っていかれそうな、力強さも感じる。
本当に、こんなアイテムで『スカイガーデン』に辿り着く事が出来るのだろうか――……。
「…………グレン!!」
体重が戻って来た。少し肌寒さを感じて、俺は目を開く。
「…………トムディ、ヴィティア」
二人共、ちゃんと先に到着していたみたいだ。俺が移動して来た事を確認して、安堵しているように見える。
俺は、仰向けに寝転がっていた。芝生…………? 空は、雲がやたらと近い。今感じた肌寒さは、辺り一面に風が吹き抜けているから。どうやら、ここは外のようだ。
辺り一面、芝生だ。上体を起こすと、寝転がっていた場所に僅かな傾斜を感じる。
「…………おおうっ!?」
傾斜の先を見た。途中で地面が無くなっている…………!!
思わず青くなって、坂道を少し駆け上がった。崖から随分離れているとはいえ、寝転がっていた先が無くなっているというのは、あまり心臓に良くない。
「大丈夫、落ちないから。魔力の壁があるみたいなの」
ヴィティアの言葉に、少し安心する俺だったが。
崖の向こう側には、森が見える。…………遥か上空。風に流されるように、下の景色は少しずつ変化している。
つまり、ここは――……地上じゃない。
予定通り、辿り着いたのか。
「ここが、『スカイガーデン』…………スケゾー、もういいぜ」
陸が続いている方を見れば、巨大なドームがあった。恐らく、その先に町があるのだろうと予測するが。入口に扉はなく、その先は暗闇になっている。どうにも奇妙だな。地上とは文化が違うのか。
何れにしても、この場所で外敵と遭遇する事は無さそうだ。スケゾーが再び俺の肩に現れ、俺達は魔力の共有を解除する。
「グレン。…………本当にこの場所に、リーシュが居るのかな」
トムディは初めて見るその光景に、かなり緊張している様子だったが。
「行ってみなきゃ分からないだろ。とにかく、あの建物に入ってみようぜ」
俺はトムディに答えて、先頭を切って歩き出す。
しかし、トムディの様子が不安だな。キャメロンと二人で居る時に、何かがあったのか? 再会してから、あまり喋っている所を見ない。
落ち込んでいると言うよりは、純粋にテンションが下がっているように見えるな。
「トムディ、大丈夫か?」
一応、そのように聞いてみる。トムディは俺の言葉に、笑顔を作って見せた。
「大丈夫だよ、グレン。少し知らない人が増えて、緊張してただけさ」
…………それなら、良いんだが。
まあ、そうだとするならこの場所には俺とトムディ、ヴィティアしか居ない。見知った面子なら、トムディもそのうち復活して来るだろうか。
ここには、四人までしか来られないんだし――――…………。
「…………ん?」
背後に、気配を感じた。俺が振り返ると、何やら芝生の上にもう一つ、青白い光が生まれている。…………誰か、この場所に転移して来たのか? 顔アイテムを使わずに、誰かが?
やがて、全身の輪郭がはっきりとしてくる。俺と同じ位の身長である事が分かり、不敵な笑みを浮かべて俺達を見ている――……
ええっ…………!?
「ここが、スカイガーデンか。…………くっくっく、どうやら賭けは、俺の勝ちのようだな…………!!」
「ラ、ラグナス!?」
な、何故奴がここに…………!? 仮面を使って通れるのは四人までだ。もう、定員オーバーの筈では…………!?
ラグナスは颯爽と立ち上がり、勝ち誇ったような笑みで俺を見下していた。
「お前が転移した後、まだ仮面が残っていてな。とうに四人は超えている、このままだと何処に飛ばされるか分からないと、桃色の髪を持つ美しい少女にそう言われたのだが…………付けてみて正解だった」
「そ、それで転移して来たって言うのか…………!?」
何でだよ。話が違うじゃねえか、キララ。四人までという制約があったから、俺はラグナスがこっちに来る事はないと、完全に安心し切っていたと言うのに…………!!
「ああっ…………!! そうか!!」
何かに気付いたようで、トムディがそう呟いた。
「トムディ、何か分かったのか?」
「ヴィティアと、僕と、グレンとスケゾー。…………ここに来るとき、魔力を共有していたんだよね? それで、一人扱いになったんじゃないの?」
なっ…………何だと!? そんな事は…………大いにあるかもしれない!!
そ、そうか。気付かない内に、俺はそんな裏技を…………それなら、ラグナスが転移できてもおかしくはない。…………って、こんな事なら魔力共有なんてするんじゃなかった!!
まだキャメロンとか、チェリアが来てくれた方が良かったというのに!!
「貴様だけにリーシュさんは救わせんぞ、グレンオードよ。今回はこの俺も、一枚噛ませて貰おう…………!! というか助けるのは俺だアホめ!!」
俺は…………開いた口が塞がらなかった。
ヴィティアも、心なしかトムディも嫌がっているように見えた。スケゾーは密かに、俺の肩で笑いを押し殺している。
トムディが、ぼやくように言った。
「ねえ、グレン。…………連れて行くの? この人…………」
「連れて行きたくないが…………放っておくと、そっちの方が何するか分からなくて怖い…………」
リーシュ救出隊は、どうやら波乱の幕開けのようだった。
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