第96話 あの男、再び
おい、今なんて言ったんだ、この少女少年は。……なんかボーイミーツガールみたいな……いや、そうじゃなくて。
一同が一斉に、俺へと視線を集める。
「お、俺が決めるの…………?」
「そうだな。元々、グレンをきっかけにして集まった面子だしな。グレンの意見を聞こう」
キャメロンが笑顔で、俺にバトンを寄越した。いや、何だよこの無類の信頼。俺の独断で決めて良いのかよ。どうなんだ。
「…………そうね。グレンの意見に従うわ」
ヴィティアが納得した様子で、キララから手を引く。
「グレン、グレンは勿論、妾を選んでくれるのだろうな!?」
両手を握り締めて、俺に詰め寄るキララ。それを見て、モーレンが背後にめらめらと炎を燃やす…………いや、何で俺が決める展開になってんだ。行きたいとか行きたくないとか、そういう意見をきちんと話し合うべきでは…………話し合いになっていないから、こんな事になっているのか。
だからって、俺が決めるのかよ…………!! 何だよこれ、誰を選んでも反感買うじゃないか…………!!
チェリアはほっと胸を撫で下ろしている。良いのかよそれで。
…………トムディ?
「いや、やっぱり俺の一存では決められないよ。リーシュを助けたいと思ってくれる奴だけ、俺に付いて来てくれれば良いから…………」
「ご主人」
スケゾーが、俺の耳に口元を寄せた。
「ご主人は、このグループのリーダーなんスよ。……ちゃんと方向性を、定めないと」
思わず、スケゾーを見てしまった。スケゾーは珍しく、優しい笑みを俺に浮かべている。
リーダー…………? リーダー、なのか? …………そりゃ、トムディとヴィティアについては、正式な俺のパーティメンバーだと思っているが。…………他の連中については、手伝って貰っているだけだ。
だからこそ、俺が勝手に決めてはいけないと思っていたんだが。
…………いや。…………違うのか。
俺が、連れ去られたヴィティアを助けたいと言った。それで、キャメロンとチェリアが仲間に加わってくれた。ヴィティアを助けた俺は、今度はリーシュを助けたいと言った。このメンバーは今、それに協力してくれている人間だ。
リーシュとは、縁もゆかりもない人間だって混ざってる。何となく、目的を共にしている訳じゃない…………それは、俺に付いて来てくれているって事なのか。
打算とか、利害とか、そういうモノは一切関係無く。
「そうか…………そうだな。…………そうしたら…………」
俺が連れて行くのか。…………この中から、他に三人。
俺は魔導士だ。近接戦闘を得意とする魔導士…………そう考えると、遠距離攻撃が出来るキララは、この中では唯一の超火力だ。連れて行って損はないかもしれない。
剣や鈍器など、俺が戦い難い相手が現れるかもしれない。武器戦闘が視野に入るなら、モーレンは連れて行った方が良い。剣と弓が扱えるという事は、オールマイティに卒なくこなせるという事でもある。
体力に自信があるキャメロンは、スタミナに掛けては随一だろう。ちょっとやそっとでは倒れない体力と筋力は、前を突貫させるのに向いているかもしれない。
パーティーを組むに当たって、普通はヒーラーを必ず一人、仲間に加える。唯一回復魔法に長けているチェリアは、長時間の戦闘を考えれば確実に候補に入る。
…………いや。案外、スカイガーデンから魔界に行って、そこでリーシュと対面する事になるかもしれない。敵の本拠地に入るのなら、侵入・妨害手段に長けているヴィティアが居るのと居ないのとじゃ、天と地の差がある。
それらを総合して考えた時、冷静に作戦を立てて勝利する為には、トムディが必要になるかもしれない。
……………………。
「グレン?」
下から俺を見上げているキララが、不安そうな眼差しで俺を見ていた。
いや。敵の素性が分からない以上、どうやってリーシュと出会えるか、どうやって救出する事が出来るか、そんな事は作戦の立てようが無いんだ。俺達に出来る事は結局、スカイガーデンでリーシュを見た者が居ないか、探って回る事、それだけだ。
だとしたら――――…………。
「…………ごめん、キララ。やっぱり、今回の旅にはトムディとヴィティアを連れて行くよ」
キララが泣きそうな顔をして、俯いた。同時に、トムディとヴィティアが顔を上げた。
ヴィティアは、嬉しそうな顔を。トムディは…………少し、不安そうな顔をしていた。
「そ、そうか…………でも、あと一人は?」
「よく考えたら、スケゾーが居るからここは二人分になるんだよな」
「うぐっ…………」
それは気付いていなかったようで、キララが苦しそうな声を漏らした。
「リーシュを助けるとしたら、やっぱりリーシュと面識があった方が良いだろうと思ってさ。自分が知っている人間が沢山居た方が、安心感あると思わないか」
「それは…………確かに、そうかもしれぬ」
俺は屈んでキララと目線を合わせ、頭を撫でた。
「ここまで付いて来てくれて、ありがとうな。これで永遠の別れって訳じゃないからさ、またどこかで助けてくれたら嬉しいよ」
キララは下唇を噛んで、しかし俺の言葉に頷いた。指を鳴らすと、モーレンが俺の前まで歩いて来て、上着の内ポケットから封筒を取り出す。
「キララ様直筆の紹介状です。こちらを、ゲートを潜った先の入口でお渡し下さい」
「おう、ありがとう」
俺はモーレンから封筒を受け取り。
「お嬢様を泣かせたお嬢様を泣かせたお嬢様を泣かせた…………」
その笑顔の裏に隠された怨念染みた様子に、思わず喉を鳴らして狼狽えた。…………本当に、こいつは怖いな。或る意味、もうキララよりおっかない存在になっている。
「グレン、俺は行かなくて大丈夫か?」
キャメロンが声を掛けたが、俺は首を横に振った。
「お前、隠してるつもりなんだろうけどさ。……実は、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』で受けたダメージ、まだ完全には回復してないんじゃないか」
キャメロンは驚いて、目を丸くして俺を見た。
俺と違って、生身の身体を槍が貫通した。キャメロンは武闘家である分、魔力の扱いは他よりも苦手な筈だ。少し離れてから再会する事で、初めて分かった事だったが――……ここ最近のキャメロンは酒も飲まなければ、夜遅くまで起きている事もない。
それはきっと、そういう事だ。
「…………気付いていたのか」
「いや、最近になってようやく、何となく分かったんだ。気付いてやれなくてごめんな」
「いや。…………俺の方こそ、すまない。無敵の魔法少女が、聞いて呆れるな」
キャメロンは苦笑していた。
「魔法少女?」
それは聞かないでやってくれ、キララ。お前の年齢がバレたら、きっとこいつはお前のギルドに入り浸るぞ。
「心配すんなよ、キャメロン。無事に助けられたら、またお前にも会わせてやるから」
「そうだな。…………お前の事だ、心配しなくても大丈夫なのだろうな」
キャメロンと俺は、笑い合った。
「じゃあ、僕も…………少しの間、お時間を頂いても良いですか?」
結論が付いたからだろう、チェリアは穏やかな笑みを浮かべて、そう言った。
「おう。チェリアも長い間協力してくれて、ありがとな」
「いえ、こちらこそ。パーティーに居るのって、居心地が良いんだなって思いました。問題が解決したら、もし良かったらまた誘ってください」
「勿論だよ」
チェリアはガッツポーズをして、満面の笑みで答えた。
「次に会う時までには、もっと僕も強烈なキャラクターになっていますからっ!!」
お前は一体どこを目指しているんだ、チェリアよ…………。そのままで良いんだ、お前はありのままで。どうか可愛いお前のままでいてくれ。
それじゃあ、向かう準備をしないとな。俺はキララから譲り受けた『夜の顔』とキャメロンから渡された『昼の顔』を手に取った。半分ずつに分けられた、不思議な模様の仮面…………これを合わせると、『スカイガーデン』へと続くゲートが開かれる、らしい。
「じゃあ、トムディとヴィティアは、俺の所に来てくれ」
「グ、グレン…………」
トムディ?
トムディが俺の腕を引っ張って、ゲートを開こうとする俺を止めた。トムディを見ると、俯いて、何かを考えているようだった。
「…………どうした?」
そういえばこいつ、さっきから何も発言しないな。…………どうしたんだろう。
「ううん、何でもない。一緒にがんばろうっ!!」
トムディはそう言って、空元気を見せた。
…………大丈夫だろうか。少し、思い詰めているようにも見えるが。
キララとモーレン、それにキャメロンとチェリアが離れ、俺とスケゾー、トムディ、ヴィティアは一箇所に集まった。周囲に誰も居ない事を確認する。それぞれの手に持ったアイテムを繋げると、一つの仮面に変化する。
そうして、『スカイガーデン』へのゲートは開かれる――――…………
「ちょっと待ったァ――――――――ッ!!」
反射的に、俺はアイテムを引っ込めた。
この場の誰でもない声が森の中に響き、俺達は全員、声のした方に目を向けた。
森の中じゃない。…………空?
見上げると、陽光に照らされて純白の衣装に身を包んだ男が、光り輝きながら降りて来るのが見えた。白・銀色・青で整えられた、剣士用のプラチナプレート。防具に引けを取らない、いつか見た立派な剣。すらりとしていて、それでいて隙の無い体躯。絵画のように美しい金髪、コバルトブルーの瞳。
鮮やかなフォームで地面に着地すると、その男は俺を見た。
その姿、歴戦の勇士か、神話に登場する勇敢な騎士かといった風貌だったが…………俺はその姿を見て、思わず眉が釣り上がってしまった。
「ラ、ラグナス…………!?」
キャメロンが、その名を口にした。
その男――――ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは、真っ直ぐに俺を指差すと、すっかり熱り立っていた。
「黙って聞いていればグレンよ、この俺を差し置いて勝手に話を進めてくれるな…………!! リーシュさんを助けるだと!? そもそもどうして、何故、誰に連れ去られたっ!! 冗談じゃないっ!! 俺も行く!!」
とんでもないスピードで、早口で捲し立てるように話したかと思うと、ラグナスは俺に詰め寄った。俺とキャメロン以外、こいつの素性を知っている人間はいない…………あまりの出来事に全員、開いた口が塞がらない様子だった。
「おい、ラグナス。とりあえず落ち着け――――」
「お前、どの面下げてこんな所に現れるんだ」
その言葉を発したのは…………キャメロン!?
珍しく荒々しい言葉を使い、ラグナスと正面から向き合うキャメロン。…………そうか、あまりにどうでも良い事だったから忘れていたけど、二人は喧嘩していたんだっけ…………ラグナスはキャメロンの冷たい視線を真っ向から受け止め、そしてキャメロンの手を握った。
「――――キャメロン。俺が悪かった」
「今更、謝って済む問題ではない。今直ぐにここを立ち去れ」
「俺は、『魔法少女』を甘く見ていたに違いない」
「なっ…………!?」
キャメロンの厳つい顔が、僅かに赤く染まった。ラグナスは相変わらず険しい顔で、しかしキャメロンに凛々しい笑みを浮かべた。
「俺としたことが、あの時はつい熱くなってしまって済まなかった。お前の魔法少女を極めるという道を、俺はどこか心の奥底で、せせら笑っていたのだ。…………だが、安心してくれ。このラグナス、お前の熱い想いは確かに受け取った」
「ラ、ラグナス…………!!」
ラグナスとキャメロンは、互いに抱き合った。
…………仲直り、早過ぎじゃない? キャメロンがラグナスと手を切ってくれたお陰で、俺は少し安心していた節があったんだけどな…………。まさか、こんな所で仲が復活するなんて…………。
再び、俺の胸倉が掴まれた。キャメロンは感動してしまったようで、どこか花畑の世界に飛んで行っていた。
冷めた目で、俺は笑みを貼り付けていた。
口の端が知らずのうちに吊り上がって戻らない、とも言う。
「――――リーシュさんは、無事なんだろうな」
「分からんが、生きてはいるよ。だから、これから助けに行くんだ」
「そうか…………。だが安心しろ、友よ。この俺が来たからには、もう大丈夫だ」
俺は正直、お前とは友達になりたくなかったよ。欠片も安心できないからな。
ラグナスは俺だけに見えるように、俺の胸倉を掴んで隅の方に移動した。…………小声で、俺に囁く。
「俺の知らないうちに、どうしてお前だけがハーレムを作れているんだ…………!! どうして…………!!」
ハーレム…………? ハーレムって、ここには女の子ってキララとヴィティア位しか…………あ、モーレンが女の姿なのか。ああ、後、チェリアもか。
「気のせいだ、ラグナス。ここに女の子は二人しか居ない」
「どう見ても四人は居るだろうが!!」
「気のせいだ。片方は魔法で女になっているだけの男で、もう片方はそもそも男なんだ」
「何を訳の分からない事を…………!!」
「本当だからもう泣くなよ…………」
また、面倒な事になりそうな気配がして来たぞ…………。
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