第89話 一緒に背負う、ということ

 ガチャン。

 鍵が閉まる音がして、俺達は再び牢屋の中へと閉じ込められていた。

 牢屋の柵に手を掛けて、絶望に浸る俺。


「もう、慈悲など無い。一生そこに居ろ、馬鹿者が」


 キララの言葉が痛い。

 改めて掛けられた鍵は、今までにヴィティアが解錠してきた鍵よりも遥かに大きい。三倍程の大きさがあるだろうか。分からないが、当然前の錠よりは難しい構造になっているのだろう。

 キララは、既に蛆虫以下を見るような眼差しで俺を見ていた。後ろに居るモーレンも、かなり険しい顔で俺の事を見ている。脱出して通気口に居た事に、誰も気付いていなかった。その点も問題視しているのかもしれない。

 今度は、チェリアとスケゾーも閉じ込められていた。


「何で僕まで…………」

「むしろ何でお前等二人だけ外に居たんだ!! ずるいぞこの野郎!!」

「そーよそーよ!!」


 涙を浮かべるチェリアに、俺とヴィティアが抗議する。スケゾーがやれやれと両手を挙げて、首を横に振った。


「見苦しい争いっスね」


 俺はスケゾーを殴った。


「モーレン、お前の責任だ。次はお前にも罰を与える」

「申し訳ありません。不注意でした」

「ふんっ!!」


 しかし、何故チェリアとは仲良くして、俺とは仲良くできないんだ。…………そんな事ばかりが、俺の頭の中にはあった。まあ、女だと思われているのはあるんだろうけど。

 そもそも脱走したのだって、何の理由もなく捕まったからだ。元を返せば、俺達は何も悪くない…………まあ、通気口を破った上に激突してしまったのは、俺が悪い。それは申し訳無いと思うが。

 キララがこんなに邪険にしなければ、もう少し友好的になれた筈なのに。

 やっぱり、盗むっていうのは駄目だ。何か、もっと良い方法を考えないと。


 ――――――ふと、頭の中に疑問は生まれた。


「キララ!!」


 考えるよりも先に、身体は動いていた。

 キララ・バルブレアが俺の方を見た瞬間。俺は地面に両手をついて、全力でキララに土下座した。


「俺が悪かったアァァァ――――――――!!」


 大声にキララが驚いて、その場に飛び上がる位に。俺は、キララに向かって謝罪の言葉を叫んだ。

 地上で何と言われていようと、こいつは少なくとも、『スカイガーデン』の人間には認められている。その紛れも無い事実が、俺を動かしていた。

 だとしたら、何らかの理由がある筈なのだ。キララ・バルブレアが、俺や他の男を好きになれない理由。それを見付ければ、この偏屈娘の心を開く事もできるんじゃないか。

 まずは、理解しなければならない。お互いに分かり合う為には、こっちから譲歩しなければ。


「お前の事なぞ、もう知るか。二度と、妾の目の前に」

「だけど、わざとじゃない!!」


 故意にキララの言葉を遮って、俺はキララに言葉をぶつけた。


「俺はあんたと、仲良くなるためにここまで来た。その目的はずっと、変わらないんだ。…………どうしてここまで嫌われるのか、正直よく分からない」


 結局、最後に残っているのはいつも、真正面からの正攻法だ。

 キララは、俺の言葉を無視していた。何も言わない…………だが、その場に立ち尽くしていた。牢屋の部屋から出ておきながら、扉を閉める様子もない。

 廊下に、キララは立っていた。俺はその背中に、言葉をぶつける。


「俺に話してみてくれないか。『メサイア』って人と、何があったのか」


 ……………………どうだ。

 この場所に来てから、俺はキララ・バルブレアとまともに会話が出来ていない。話し掛けられるタイミングが殆ど無かったというのも問題だったが、事実上これが、俺からキララに向かって投げ掛けられる、最初のボールだ。

 俺が、そのメサイアとかいう男とよく似ていたから、こんな事が起こった。なら、元を正してやるのが本筋ってもんだろう。

 こんな状況になる前に、もっと早くこれが聞けていれば良かったんだけど。…………まあ、今からやるだけだ。


「それを聞いて、主に何の得がある」


 キララは俺の態度を、鼻で笑った。

 その時、俺は複雑な魔力の動きを確認した。


「妾は、子供で!! 誰の話も聞かず!! 命令ばかりで!! 高慢ちきで!! 上から目線で、女としての魅力が欠片もない、偏屈な人間じゃ!!」


 ――――これは、一体何だ。キララの背後に見えるのは、魔力の渦? だけど、それは何かの形をしていた。細長く渦を巻き、キララの後ろから俺達を睨み付ける。


「キララ様、落ち着いてください!!」


 モーレンが叫んだが、キララは止まらない。

 キララの背後に見えるのは――――――――蛇?


「どうせ、どいつもこいつも、そう思っているのだろう!? それで結構だ!! それで結構!! 妾は下衆で頭が悪くて、融通が利かなくて話もできない、お前等なんかとは話もしたくない!! 話をする価値もないわ!!」


 ヴィティアが、背中から俺の服の裾を握り締めた。

 やっぱり、こいつは――――予想通りだ。俺は内心で安堵すると同時に、キララに真剣な眼差しを向けた。

 自分から心を閉ざして、何も見ようとしていないだけだ。本当はきっと、捻くれている訳じゃないんだ。



「――――所詮、妾は蛇に呪われた、頭のおかしい女よ」



 キララは、泣いていたから。


「お嬢様!!」


 逃げ出したキララを、モーレンは追い掛けようとした。だが――……追い掛けきれないと判断したのだろう。廊下に出たきり、モーレンはその場に立ち尽くしていた。

 どうやら、『頭がおかしい』ってのが、重要なキーワードになっているみたいだ。俺が女にされる直前、キララに対して投げ掛けた言葉もそれだった。


『おいお前、ちょっとおかしいぞっ!? 別人だって言ってんだろうが、話くらい聞けよ!!』


 モーレンは溜息をついて、俺達の所に戻って来る。険しい顔で俺を見ると、頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。今すぐ、ここから解放します。…………その代わり、もうここには来ないで頂けませんか。このままでは…………どちらに取っても、良い事になりません」


 俺は腕を組んだまま、頭を下げたモーレンに言った。


「とりあえず俺を男に戻して、全部話せ」


 モーレンは、顔を上げた。…………少し、驚いているようだった。俺がキララに向かって、誠実な態度で挑んだのは確かだ。それをあんな風にあしらわれて、怒っていると思ったのかもしれない。

 上等だ。言いたい事は山程あるが、今の状態じゃそれが伝わらないって言うんじゃ、仕方ない。


「メサイアって男の事。お前達の、スカイガーデンとの関係。蛇の呪いの事。…………ああ、確か首筋に噛み跡みたいなのがあったな。あれが呪いか? とにかくそういう話、全部話してくれ」

「…………グレンオードさん」


 俺はあいつと仲良くなった上で、言いたい事を伝えてやればいい。キララ・バルブレアが無理をしているのは、俺にもよく分かった。そしてそれはきっと、過去を通してずっと、そうだったんだろうと思う。

 だが、人は変わらなければならない。

 どうやら、こんな山奥の城まで飛ばされたみたいだしな。


「俺はその『メサイア』って男じゃないが、よく似てる俺が言うからこそ響く、ってのも多分あんだろ。どうせ『スカイガーデン』に行くためにはあいつを攻略しないといけないんだ、一緒に背負うよ」


 モーレンは、複雑な顔をして俺を見ていた。



 *



 モーレンに案内された部屋には、巨大な魔法陣があった――――これが、キララが俺に放った魔法陣か。あの時は一瞬で、よく分からなかったけれど。


「魔法陣、描いてあるモノがあるんだな」

「外泊する時などは、これで元の姿に戻ります。我々もセントラル・シティに冒険者登録をしていますので」


 そうか、性別がちぐはぐになっていると困るからな。…………しかし、俺の予想通り、このギルドには本来男の人間が、平然と女の顔をしていると言う訳だ。…………なんと恐ろしい場所だろうか。

 キャメロンが聞いたら絶対に飛んで来るだろうな。


「では、魔法陣の中央に立って下さい」


 俺はモーレンに言われた通り、魔法陣の上に立った。

 モーレンが魔法陣に魔力を込めると、眩い光が部屋全体を包んだ。やばい、身体が元に戻る…………!! 俺は慌ててベルトを緩め、服で身体が圧迫されないように辺りの状況を整えた。

 光が収まる――――…………


「おおお…………!!」


 この、目線の高さ…………!! そう、こんな感じだった!! 今までは大き過ぎた服も、俺の身体にジャストフィットしてくれている。

 まるで、窮屈な化粧を落とした時のような爽快感。俺は暫しの間、元に戻った感動に身を震わせていた。


「グレンさん!! 良かった、元に戻りましたね!!」


 チェリアが駆け寄って来る。いや、本当に大変だった。一時はお嫁に行けないかと思ってしまった位だ。

 モーレンは仏頂面のまま、本棚から本を取り出して、この魔法を解く手順を反芻しているようだった。


「では、次にヴィティアさん」

「私は元から女よ!!」


 さて、都合良く元に戻った所で、今回の話を詳しく聞かなければならない訳だが。……モーレンは部屋を出ると、向かい側の部屋の扉を開いた。その向こう側は…………会議室か? ソファーと、テーブルがある。だが、前にモーレンと話した時とは違う部屋だ。

 どうでもいいけど、何でヴィティアに声を掛けたんだ。


「では、こちらへ」

「私への謝罪の言葉は無いの!?」


 …………何故か、扱いの酷いヴィティアだった。

 会議室に入って俺達をソファーに座らせると、モーレンは奥の部屋に引っ込んだ。少しして再びモーレンが現れると、その手には小さな箱があった。

 テーブルにその箱を置いて、蓋を開ける。すると、中から綺麗な丸い石が登場した。


「こいつは…………『メモリアルストーン』?」


 主に、写真を撮る時に使われるものだ。魔力を込めると石から見える全方位の状況が記録され、その後はいつでも好きな角度から、紙に出力する事ができる。

 写真が好きな人間は、幾つも持っているものだが。


「そうですね。これは、『メモリアルストーン』…………但し、スカイガーデンの物です」

「どう違うんだ?」

「それは後程。…………まずは、お話しなければなりません」


 モーレンはメモリアルストーンをそのままに、俺達に向かって話し出した。


「私とキララお嬢様は、スカイガーデンで生まれ育った人間です。血統としては地上人なので、今は本来あるべき場所に帰って来た形になります」

「空の国の人間…………!?」

「はい。元々はキララお嬢様がスカイガーデンの家族に拾われた養子で、私はその家で使用人をやっておりました。その後、私達はスカイガーデンを出て、地上でキララお嬢様の母君と父君を探しに、冒険者になった、というのが事の始まりです」


 そうだったのか。キララとモーレンは二人共、スカイガーデンの住人だった。……それなら、スカイガーデンの連中から認められていてもおかしくはない。

 隣に居たヴィティアが、モーレンに質問した。


「スカイガーデンでの生活には、満足していなかったの?」

「いえ。皆さん、とても良くして下さいました。しかし、キララお嬢様は自分が本当の子供ではないと分かった時、自分をこの世に誕生させた人物の事を知りたい、と仰いまして」


 キララらしいと言えば、らしいな。


「…………ところが、お嬢様は冒険者になって魔法を覚えて行くと、自分の魔力が他の人間と同じでは無い事を知りました。これは後に分かった話なのですが、お嬢様は生まれたばかりの頃に『レッドスネイク』の親玉に噛まれており…………どういう訳か、その時に魔力を吸われず、呪いを受けたようなのです」

「呪いを?」

「ええ。…………具体的には、普通の人間とは違う種類の魔力を扱えるようになっていました。しかしそれは、日に日にキララお嬢様の体力を蝕み、やがて死に至ると恐れられていました」


 不気味な呪いだな。あの、蛇のような魔力…………あれが、その『呪い』とやらの影響で手に入れた魔力なのか。確かに、スケゾーが少しおかしいと言っていたし、明らかに普通ではなかった。


「その呪いのせいか、お嬢様は怖がられてしまい、我々は地上の冒険者とは相容れず…………孤独な日々を送っていました。そんな道中、我々は『メサイア・ニッカ』という、男の武闘家と出会います。…………それが、グレンオードさんに良く似ていると噂の彼です」


 出たな、メサイア。この私怨はいつか晴らす。


「彼はお嬢様の呪いには全く動じることは無く、私とも仲良くして下さいました。我々は三人になり、様々なミッションを受ける中、お嬢様のご両親を探す事に…………しかし、お嬢様のご両親は既に、他界しておりました。行方不明との事ですが、きっとご両親は、『レッドスネイク』に襲われ、キララお嬢様をどうにかして逃がしたのだと…………そう、私は考えております」


 なるほどな。確かに、キララに『レッドスネイク』の呪いが掛かっていると言うんなら、そう考えるのが最も自然だ。…………いや、ちょっと待てよ。どんな敵役かと思ったらメサイア、すごく良い奴じゃないか。


「その後…………あんなことが…………!! クソ野郎が、絶対に殺す…………!!」

「おい、落ち着け。キャラ変わってんぞ」


 急にモーレンは、親指の爪を噛み千切らんばかりの勢いで噛み始めた。…………メサイアか。やはり奴は何かをしたのか。


「…………キララお嬢様のご両親を探す、という目的は終わりました。しかし、お嬢様はメサイアに好意を持ち始めました。私は…………お二人の仲を応援する事に決めました」

「は、はーん?」


 急にスケゾーが、何かに気付いた様子で楽しそうにしていた。…………いや、まさか。スケゾーの考えている通りなら、この話は…………。


「お嬢様は、メサイアに告白をしたのです。私は記念すべき二人の門出をと、スカイガーデンの『メモリアルストーン』で告白のシーンを録画しました。これは、地上のそれよりも長い時間、録画できる物でして…………その時の映像が、こちらになります」


 モーレンはそう言って、メモリアルストーンを取り出し…………って良いのかこれ、俺達が見ても。

 部屋の壁に、キララが映った。

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