第90話 生涯の伴侶

 これは…………これが、メサイア…………!?

 メモリアルストーンから、当時の音声も再生されている。遠くから撮影しているのか、声は酷く聞き取り辛いが…………聞き取れない、という訳ではない。

 ノイズまみれの音声の中、キララは顔を赤くして、メサイアを…………俺を見ている。


『どうした、キララ。話って何だ?』


 やばい、声まで殆ど一緒…………!? これ、俺じゃないのか!? 兄弟とか…………そんなものが居ないのは、俺が一番よく知っている。

 ヴィティアが驚愕に眉を怒らせて、俺に振り返った。俺は慌てて、首を横に振る。違う、絶対俺じゃないって。ほら、肩にスケゾーが居ないだろ。顔と声は似てるけど、服装も全然違う。

 しかし武闘家だからか、筋肉はかなりあるな。


『メサイア…………!! 妾は話などないっ!! 言わなければいけないのは、主の方ではないのかっ!?』

『え? 俺が話すんの?』


 顔を真っ赤にして、メサイアにそう言うキララ。メサイアは全く意味が分からないようで、頭に疑問符が浮かんでいる。…………いやお前、告白したいんじゃないのかよ。相手に告白を求めてどうする。

 しかし、それではどうにもならない事は、本人が一番よく分かっているようだ。キララはメサイアから目を逸らして、もじもじとしている。

 …………ん? 隣から、荒い息遣いが聞こえてくる。


「ハア…………ハア…………キララお嬢様…………」


 モーレンが、物凄く怪しい瞳で画面の向こう側に居るキララを見ていた。

 …………え? 何? お前って、そういうキャラだったの? …………キララの忠実な下僕だと思っていたから、全く知らなかった。意外と、変態的な要素を抱えている奴だったんだな。

 すっかり慣れてしまった自分が、少し悲しかった。


『ち、違う…………そうでは、ないのだ。すまない、メサイア。話があるのは妾なのじゃ…………』

『おう、そうだよな。どうした?』

『…………』


 言い辛そうにしているキララ。メサイアは頼もしい笑みを浮かべて、キララの肩を叩いた。


『心配すんなよ、キララ。俺はお前の事をよく知ってる。何でも受け止めてやるから、ちゃんと話せ』


 良い奴じゃないか、メサイア…………!!

 キララはメサイアの言葉に心打たれたようで、恍惚とした表情でメサイアを見詰めていた。何だよ、すごく男らしい奴じゃないか、メサイア。キララが惚れるのも頷けるな。…………俺の顔だからじゃないぞ。


「ハア…………ハア…………メサイアアァァァ…………!!」


 そんな事より、隣の空色ポニーテイルを俺はどうすれば良いんだ。


『妾は…………上からしかものを言う事ができぬ。こ、これはもはや、そういう病気なのかもしれぬ…………』


 キララの言葉を、メサイアは真剣な表情で聞いていた。一方キララの方は、もう恥ずかしさで脳内が弾けそうだと言わんばかりに呂律は全く回っていないし、ついでに言うと足が震えていた。

 おい、大丈夫か。今のあいつとまるで一致しないんだが…………いや、一致するのか? 弱い部分を見せてくれないから、何とも分からないな…………。


『で、でも!! そんな病気の妾であるが、そなたのことは、本当に好いておるのだ!!』


 おお、キララが決意を固めたようだぞ。拳を胸の前でしっかりと握って、やや緊張気味に話す様は、何とも愛らしい。

 良いじゃないか、青春の一ページみたいな雰囲気。メサイアの方は…………あれ。何だか、かなり真面目に聞いているぞ。喜んではいない…………もしかしてこの告白、失敗するのか?

 …………まあ、失敗するんだよな。そうでなければ今頃は、二人共仲良く暮らしているんだろうし。

 切ないなあ。まあ、誰かに告白されたり、なんていう青春自体を送っていない俺の方が切ないかもしれないが。


『もしも妾が、これから生きて行く事がで、でき、できた…………できるのなら…………』

『おう。大丈夫だキララ、俺はちゃんと聞いているぞ』


 キララは大きく息を吸い込むと、叫ぶように言った。



『わっ!! わらわらわの、生涯のはっん、りょを…………に、なってくれぬかっ!?』



 い、言った…………!!


 どうしよう。俺の方までドキドキして来たぞ、なんだこれは…………!! メサイアは相変わらず真剣な表情のままで、キララの言葉を聞いている。その顔はどことなく…………険しい。

 だ、駄目なのかこれ。二人共、仲は良いんだろ。オーケーしてやれよ、メサイア…………!!

 …………いや、駄目だ!? メサイアは少し悲しそうな顔をして、キララの肩を叩いた…………!!


 どうなる!? どうなるんだこの告白、メサイアァァ!!



『そうか、キララ…………ついに、頭がおかしくなっちまったのか』



 ――――――――はっ?



『えっ? ちが…………』


 キララが一瞬、素の表情に戻って…………ああ、呆然としている。何だこれ、どういう事だ…………? 何でこの展開で、頭がおかしくなったと思うんだ?


「メサイアアァァァ――――!!」


 ついにモーレンが歯を食い縛り過ぎて、歯茎から血を流していた。…………いや、怖えから。

 メサイアは呆然としているキララを抱き締め、目を閉じた。


『心配するなよ、キララ。お前のことは、俺が一番、よく分かってる』


 何も言えずにいるキララ。全く、先程の言葉の意味が理解できていないように見える。…………そりゃそうだ、俺だって全く理解できない。ヴィティアもチェリアも、ただただ呆気に取られるばかりだ。

 そしてメサイアは、叫ぶように言った。


『お前は正常だ!! ――――お前は、そんな事を言う奴じゃないっ!! そうだろ!?』


 ひでえな!?

 な、何かを勘違いしているんじゃないのか…………!? メサイアの、この態度。いや、違うのか? ただとんでもなく、恋愛に疎いだけなのか…………?

 いや、でも。恋愛経験ド底辺の俺にだって分かるぞ、この発言はあまりに酷すぎる。そんな、告白してきた相手を異常者扱いだなんて。

 メサイアは、キララを離した。まだ、キララは頭が真っ白になっているようで、口は半開きで目は驚くほど透き通っている。メサイアの言葉が左から右へ通り過ぎているようにさえ見える。

 そしてメサイアは、キララに背を向けた。


『強く生きるんだぜ、一人で。…………大丈夫だ。お前ならできるさ』


 映像のキララは既に、小刻みに震えていた。

 そのまま、メサイアは歩き出した。キララを置いて、マントを翻して去って行く。


「…………以上が、事のあらましになります」


 モーレンが今にも神経が切れそうな程の怒り顔で、『メモリアルストーン』に流し込んでいた魔力を止めた。


『――――――――俺が絶対に、なんとかし』


 あれ? 今、なんか言い掛けなかったか、メサイア。…………なんか言ったよな? あれ?


「キララ様はこの告白のショックで、暫く放心しておられました。それはもう、ご飯も喉を通らない程に…………そのショックで呪いは解け、キララ様は今の、魔力だけを自由に行使できる状態へと変化した、という事はあるのですが」


 モーレンは憎々しげな顔で、メサイアを呪っているようだった。

 あまりの衝撃に全員、何も言えなくなっていた。ヴィティアとチェリア、そしてスケゾーが、揃って俺を見詰める――――…………


「いや俺じゃねえよ!?」


 スケゾーが首を振って、溜息をついた。


「いやー、でも、このデリカシーの無さと、空気の読めなさ。よく考えてみたら、オイラがまだ出会っていない時には何してるか分かんねっスよね」

「スケゾオォォォォ!! お前も俺の使い魔なら、たまには俺のフォローをしろよオォォォォ!!」


 スケゾーの小さな身体を両手で握って、ぶんぶんと振り回す俺。スケゾーが程良く白目を剥いた所で、俺はメモリアルストーンを指差して言った。


「それにこれ、いつの映像だよ!! どう見ても今の俺とイコールじゃねえか!! 見た事もない場所だったぞ!?」

「十年前の映像になります」


 キララ今幾つだよ!?


「キララ様は、呪いの力で成長し難い身体になっているんです。それでも、少しずつ身体は大きくなっていますが…………そのせいで、今もあの体型なんです」


 そ、そういう事だったのか。だったら尚更、これは俺じゃない。いや、当たり前なんだが。それでも、こんなに似ている人間が居るものなんだなあ…………。


「あの、メサイアって人はどうなったの?」


 ヴィティアが問い掛けると、モーレンは面白く無さそうに答えた。


「それきり、行方不明です。私とキララ様を残して、あのバカはどこかに行きやがりました」


 告白されたから? …………もうこの場所には居られないと思ったのか。普通なら、そう考えるだろうな。…………しかし、メサイアの人間性がよく分からない。

 何か、決意を固めたようにも見えたような…………。

 モーレンは俺を見て、言った。


「…………これが、出来事の全てです。問題を一緒に背負うと言って下さった事は嬉しいですが、誰かに何かが出来るとは思えないのです…………だからこれ以上、お嬢様の過去のトラウマを刺激しないで頂きたいのです」


 その為に、俺にこれを見せたのか。モーレンは、俺に何かが出来るとは思っていないようだった。

 俺は…………どうなんだろう。これを見せられて、何かを解決してやる事はできるんだろうか。ただの失恋の傷は、時間以外に癒やしてやる方法なんてない。


「場合によっては、私が代理で『夜の顔』を手渡しても構いません。…………私はこれ以上、お嬢様が傷付くのを見たくないんです」


 俺は、言った。


「お前――――もしかして、男なのか」


 なんとなく、ではあったが。モーレンは少しばかり驚いて、俺を見ていた。

 キララの事が好きなんだろうなあ、と思った。この執着の仕方は、幾ら主人と使用人の関係だとしたって、少し重すぎる。

 モーレンはずっと、キララの事を護り続けて、ここまで来たんだろう。



「大変です、モーレン様!!」



 唐突に、蹴破る勢いで扉が開いた。


「何事ですか!?」

「ギルドリーダーが――キララ様が、『大蛇穴の洞窟』に、一人で乗り込んだそうです…………!!」


 モーレンは立ち上がった。俺達も、その言葉を聞いて席を立った。

 全く、予想外な事ばかりする女だ。駆け付けたギルドメンバーはかなり慌てていて、モーレンも蒼白になっていた。それだけでも、『大蛇穴の洞窟』がいかに危険な場所なのかが分かる。馬車の操縦士が知っていた位だし、そうなのだろう。

 キララの、あの魔力があっても、危険な場所。そういうことか。


「な、何のために!? 今すぐチームを編成して、キララお嬢様を連れ戻すのです!!」

「そ、それが…………!! 今日に限って、『レッドスネイク』が洞窟の入口を塞いでおり…………!!」

「私も手伝います!! 何としても、キララお嬢様を取り戻しましょう!!」


 キララが、どうして一人で『大蛇穴の洞窟』なんていう危険な場所に乗り込んだのかは、俺には分からない。…………でもきっと、それはメサイア絡みだ。

 俺は、スケゾーに目配せをした。スケゾーは頷いて、俺の肩に飛び乗る。

 黙って、モーレンの肩を叩いた。


「俺が行こう」

「グレンオードさん…………!?」


 この状況。ご指名は、多分俺…………いや、メサイアって男なんだろう。そいつが出て来なければ、キララはきっと元には戻らない。仮に見付けたとしても、連れ戻す所まで行けるかどうか。

 今、メサイアはここに居ない。なら、俺が代わりを勤めてやらなきゃ、話が先に進まないんだろう。


「チェリア、回復の準備だけしておいてくれ。…………まあ、相手が相手だ。ただの回復魔法なんて、意味ないかもしれないけど」

「わ、分かりました!!」

「ヴィティアは、ここに待機な」

「ええっ!? わ、私も一緒に行くわよ!! グレンに何かあったら嫌だもの!!」


 ヴィティアは不満そうにしている――が、そう言いながらも若干恐怖しているようだった。…………仕方ないな。でも、連れて行く訳には行かないだろう。

 正直、今回はどの魔法が失敗しても危機でしかない。が、それをストレートに言うのはちょっとな…………。苦笑して、手を振る。


「大丈夫だよ、ヴィティア。お前が一緒に行って変な所噛まれでもしたら、そっちの方が困る。ここに居てくれ」


 俺は、可能な限りオブラートに包んだつもりで、ヴィティアにそう言った。

 …………ん? ヴィティアは何故か、瞬間沸騰して頬を赤く染めていた。


「あっ…………えっ…………」

「何だ?」

「わかった…………グレンの言うとおりに、する」


 熱でも出たのか。どうした。…………まあいいや。ヴィティアの考えている事は、時々よく分からん。

 俺はモーレンとギルドメンバーの女の子を避けて、廊下に出た。


「グレンオードさん!? な、何を考えているんですか!!」


 歩き出した俺に、モーレンが駆け寄って来る。危険だと、そう言いたいのだろうか。…………まあ、そうだろうな。


「無理です、貴方一人では…………危険すぎます!! 『レッドスネイク』は一度噛まれれば、三日で魔力を吸われる魔物ですよ!?」

「ああ、それは知ってるよ」

「だったら、何故――――」


 俺はモーレンに、微笑んだ。


「心配すんな。この身体、毒とかそういう類のモンにはすごく強いんだよ。さらっと行って、連れ戻して来てやるから」


 今度は力尽くでも、どうにかしないとな。モーレンはすっかり目を丸くして、俺を見ていたが。


「グレンオードさん…………? 貴方は、一体…………」


 無駄話をしている時間が惜しいな。


「行こう、スケゾー」

「合点」


 俺はそれだけをモーレンに伝え、走り出した。

 あの我儘お嬢様に、俺が何者かを理解させてやらないとな。



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