第60話 セントラルの裏カジノを探せ

 俺は再び、セントラル・シティの地に辿り着いていた。


「さて…………と」


 黒いローブを脱いで、身軽になった。セントラルの街をずい、と見回し、怪しそうな場所を探す。

 取り返さなければならない物は、ヴィティアの髪飾り。一体どんな形をしているのかも、もはや全く覚えていないが――……見たことはある、筈なんだよな。セントラル・シティに来てからは無いけれど、サウス・ノーブルヴィレッジでは付けていたものと思われる。

 あの時ヴィティアは、一体どんな服装をしていただろうか…………

 …………とにかく見た目がうるさかった、という事しか思い出せない。


「来たは良いけど、時間が無えんだよな……」


 さっさと取り返さないと、仮に見付けたとしても、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に間に合わないんじゃ意味がない。時間の限られている俺にとって、今探せる場所なんてそう幾つも無いぞ。どうする。

 この場にはスケゾーも、トムディも居ない。誰にも相談出来ない状況というのも、随分と久し振りだ。セントラル・シティの通りを歩きながら、俺は何か手掛かりになりそうな場所を探した。

 …………当時の会話をもう一度、よく思い出してみよう。


『一発逆転を目指して、ギャンブルにでも手を出したか?』


 あの時俺は、ヴィティアにそう言った。その言葉にヴィティアは反応して、例の台詞を口にしたのだった。

 ギャンブル…………ギャンブルか。ということはやっぱり、セントラルの裏カジノに行ったんだろう。何しろ引っ掛かった事が無いのであまり詳しくないが…………セントラル・シティの裏カジノと言うと、思い当たる所で二、三件程度は知っている。

 まずは、そこを当たってみるのが賢いだろうか。


 …………いや、待てよ? ヴィティアは連中に、四百セルも吸われたと言っていた。イカサマし放題の裏カジノと言えど、そこまで極端な事をする人間は限られて来る。もし治安保護隊員に目を付けられたら、それこそセントラルを追い出される危険もある訳で。

 となると、俺の知っている程度の場所じゃあ、引っ掛からない可能性もある。もっとピンポイントで、金を持っていそうでかつ騙され易そうな人間を狙い撃ちしているに違いない。

 …………憐れ、ヴィティア。


「聞き込みだ」


 俺は冒険者依頼所へと向かった。



 *



 で。


「…………ここか」


 一見、何でもない民家のように見える住宅地の一角。民家のネームプレートが貼られていない所を見ると、見ただけではただズボラなのか、何かを企んだ施設なのかの区別は付かない。知っていても、治安保護隊員はここを調べないだろう。

 と言うより、殆どの場合は素通りだろうな。別に誰かが宣伝をしている訳でもないし、店の看板も存在しない。……ヴィティアはギャンブルで負けたと言っていたし、冒険者依頼所の被害報告を聞く限りでも、『裏カジノ』だと聞いていたのだが。

 ここまで来ると、カジノかどうかも怪しいな。

 俺は心して、扉をノックした。


「…………」


 返事がない。

 再度扉をノックして、様子を確認する。


「…………」


 駄目だ。

 自分達が誘った以外の来訪者を相手にしない、という事だろうか? まあ、見るからに用心深そうだ。一向に扉が開く気配は無いし、このままここに居ても仕方がないだろう。

 ただ留守にしているだけ、という可能性もある。


「参ったな……」


 どうしようもなく、俺はそう呟いた。

 何か手掛かりになる情報でもあればと思ったのだが。殆どの人間は目隠しをされて連れて行かれたらしく、入口についての情報は無かった。……出る時は鉄の扉がどうこうとか言っていたが、どう見ても木の扉だな。

 さて、どうするか。……どう考えても、セントラル・シティの風格には合わない連中だ。扉を蹴破って、中に入ってしまうか。


 ……………………ん?


「月が煌めくマテリアル・パワー!! …………違うな」


 家の庭から、野太い男の声が聞こえて来る。よく覚えているぞ、この声は…………!!


「月夜に花咲くマテリアル・パワー!! イリュージョン!!」


 その男は、突如として裏カジノと思わしき民家の庭から登場した。


「魔法少女!! まじかる☆きゃめろんっ!!」


 何故かセントラル・シティでは最近、まじかる☆なんとかが流行っているらしい。……いや、俺の周りだけだな。


「おい。…………おい、キャメロン」

「はっ…………!? お前は、グレンオードじゃないか!! いや、久しいな!!」


 扉の前に立っている俺を発見すると、キャメロンは背後に花が咲くような笑顔で俺に向かって走って来た。……相変わらず、筋肉マッチョな姿と醸し出す空気にまるで統一感が見られない。

 いや、何だその格好は。全身白とピンクで構成されたフリル地のドレスに身を包み、ミニスカート。ま、まさか…………!?


「遂になってしまったのか…………魔法少女に…………!?」


 俺が驚愕してそう言うと、キャメロンは少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。


「やっぱり、分かっちゃう?」


 殴りたい、この笑顔。

 何だか全てが脱力してしまった俺は、暫くの間、呆然としてそこに立ち竦んでいたが。ふと、キャメロンが今どこから出て来たのかを思い出して、俺は復活した。


「何でお前が庭から出て来るんだよ。まさか、ギャンブルでもやってたのか?」

「お前、俺を誰だと思っているんだ……!? 魔法少女がギャンブルなんかする訳ないだろう!!」


 いや、定義がさっぱり分からん。

 キャメロンは筋肉質な二の腕を叩いて、俺に笑みを見せた。


「この辺りに最近、酷い金額をぼったくる裏カジノがあると聞いてな。魔法少女である手前、解決しない訳にも行かないと思ってな」


 いや、だから定義が分からないって。お前の中で魔法少女って、一体どういう職業なんだよ。


「…………それで、庭で何やってたんだよ」

「ちょうど連中の居場所を見付けたので少し、登場シーンと変身バンクを考えていてな」

「変身バンクって何…………?」


 身長から考えると明らかに小さすぎる魔法の杖を構えて、キャメロンは俺に少し得意気な顔を見せた。


「――――――――最早俺は、唯の武闘家から魔法少女に『変身』できるのだよ」

「ふーん…………そうなんだ」


 何だろう。旧友を一人無くしてしまったかのような、この気持ち。元のキャメロンを俺の所に返してくれ。

 いや、待て。魔法少女トークに流されてすっかり聞き流す所だったけど、こいつは今、結構大事な事を言ったぞ。見掛けに騙されるな。こいつはやれば出来る子なんだ。


「連中の居場所を見付けたって言ったか?」

「ああ、庭にもう一つ、地下へと続く鉄の扉がある。壁や草に隠れているから、一見して分かり難いがな」


 流石だぜ、キャメロン…………!!

 俺はすぐに裏へと周り、庭を調べた。雑草が生えているせいで、地面の様子はかなり分かり難い……が、よく見るとカモフラージュだと分かる。土を避けると、そこに鉄の扉が現れた。


「グレン、心配するな。今から俺が、中に居る奴等にまじかる☆制裁を与えてやるつもりだ。お前の手を煩わせる事もない」

「いや、待てキャメロン。俺は俺で、中の奴等に用があるんだよ。こいつらを好きにするのは構わないけど、俺の用事の後にしてくれないか?」


 俺がそう言うと、キャメロンは驚いているようだったが。まあ確かに、俺が裏カジノに用事なんて、中々想像も出来ない事だろうが。


「まさか…………お前も、魔法少女なのか!?」

「そういう友情物語的なのいいから!! お前それ言いたかっただけだろ!?」


 いけない、大声を出すと中の奴等に聞かれてしまう。俺は咳払いをして、鉄の扉を持ち上げようとした――……が、開かないな。鍵が掛かっている。

 こんな時にヴィティアが居れば、鍵を開けるスキルの一つや二つ、持っていたかもしれないが。……まあ、笑い話だ。

 俺は立ち上がり、キャメロンに指示した。


「事を済ませたら、俺が出て来る。そうしたら後はまあ、やりたいようにやってくれ」


 それだけを告げて、俺は扉の鍵穴に手を添えた。

 俺には、綺麗に鍵が無くとも錠を開けてしまうような、盗賊っぽい事はできない。だから、行くなら正面から突っ込むしかないのだ。

 手の平に集まった魔力が、際限を超えて扉の温度を上昇させる。扉の内側に付いている鍵ごと、鉄の扉を溶かした。立ち昇る煙に、キャメロンが驚いたような声を漏らす。

 自分の魔法で上昇した温度など、俺には問題にならない。同時に扉を瞬間冷却し、俺は強引に扉を開いた。


「じゃあ、後でな」

「分かった。俺はここで待っているぞ」


 なんて従順なんだ、キャメロン。やはり、見た目が変態になっても中身は素晴らしい人格なんだな。

 扉を開けると、地下への階段があった。階段の下から、何か騒ぎ声が聞こえて来る。さては、俺が扉を壊して侵入した事に気付いたな。まあ、気付かれた所で何が問題になる訳でも無いのだが。


 中は暗い。こんな所に女一人連れ込まれたって言うんじゃ、何をされていてもおかしくはない。ヴィティアの奴、金と身包みだけで済んで、寧ろ幸いだと思うべきだ。

 一段ずつ階段を降りる毎に、次第に俺は怒りを感じ始めていた。……こんな所に、裏カジノだと。誰がどう見たって、公平性があるようには思えない。当事者だけしかそこに居ないのなら、どんな不正があったって闇のままだ。ウエスト・タリスマンのような場所は人が沢山居るからこそ、逆に不正が少ないという事でもあるんだ。

 あの見るからに騙されやすいヴィティアを、こんな所に引っ張り込みやがって……


「なっ、だ、誰だ!?」


 奥から声がする。階段の下には、木製の扉。その向こう側に居るのは一人じゃない……三人……いや、五人は居るだろうか。

 殴り込みに来たんだ。遠慮する事はない。……俺は右足を扉に向けて構え、一思いに足裏で蹴り飛ばした。


「な、何だお前は!!」


 男にしては高い声。ビビっているのは……少し背が高めの、如何にもガラの悪そうな男だ。

 俺は中に入り、内装を確認した。奥にもう一つ扉があるが、この部屋にはロクな物がない。あるのは茶を淹れる為の戸棚に、壁掛け時計。木のテーブル……それから、貼り紙。

 何だ、これは。ポーカーのルールか……? 変則ルール……手札の役が強い場合、賭け金がアップする仕組みのようだ。

 ポケットに手を突っ込んだまま、俺は背の高い男に視線を合わせた。


「ヴィティア・ルーズって女を、知っているか」

「あ…………!! ボ、ボス!!」


 ――――――――黒だ。


 奥の扉に、背の高い男が逃げて行く。やがて――……キャメロン程ではないがガタイの良い、スキンヘッドの男が奥から顔を出した。左目の下に、斬られたような傷がある男。俺を見ると、唯でさえ鋭い視線が、更に細くなった。


「何だ、てめえは」


 奥から、次々と人が出て来る。どうやら、一番前に居るスキンヘッドの男が奴等のリーダーのようだが。そのスキンヘッドもどこか緊張したような顔で、俺を迎えていた。

 まあ、突然殴り込みに来られたんじゃ堪らないだろうな。こいつらが留守じゃなくて良かったぜ。


「お前等だな、ヴィティア・ルーズから四百セルも奪った奴等ってのは」

「さあ、何の事だか分からねえな。あんちゃん、人違いだ。他を当たってくれ」

「さっき、そこの男が何か勘付いたようだったけどな? ……それに、そこにポーカーのルールが貼られてるな。あれは何だ? 飾りか?」


 舌打ちをして、スキンヘッドの男は背の高い男を睨んだ。小声で『すいません』という声が聞こえる。……最初に現れたのがスキンヘッドの男じゃなくて、良かったな。あのボロが無ければ、俺は予想でこいつらに勝負を挑まなければならなかった。……まあ、事情は一緒か。

 全身に装備された宝石の数々。こんな場所だが、見た所、随分と金を溜め込んでいるように見える。俺の怒りを感じてか、スキンヘッドの男は少し上擦ったような声を漏らした。


「そ、それがどうした。あんちゃん、あいつの男か何かか……? 悪いが、もう賭けは成立しちまってんだ。あいつは負け、そして金を支払った。それだけの話なんだぜ」


 ……まあ、そのギャンブルとやらに、どれだけの公平性があるかと言われると、やはり無いのだろうが。負けたら四百セルも失う可能性のあるギャンブルを、何の仕込みもなく引き受けると思えない。


「ギャンブル自体は、あいつの責任でもあるからな。それは良いが――……あいつの髪留め、持ってないか。それとも、もう売ったのか?」


 スキンヘッドの男は、後ろの男達に目配せをした。慌てて、一人の男が奥に消え、また現れる。手に持っているのは、桃色の宝石が嵌め込まれた髪留め…………あれか。

 にやりと、スキンヘッドの男が厭らしい笑みを浮かべた。


「良かったな、まだ持っていたぜ。だが――――タダって訳にゃあ」


 その言葉を言い終える前に、俺はポケットから予め用意しておいた物を引き抜いた。それをテーブルの上に軽く投げると、テーブルを叩いた。


「ああ、タダじゃ譲ってくれねえだろうな。ボスっぽい奴、お前で良いよ。俺と勝負しよう」

「…………勝負、だと?」


 目には目を。歯には歯を、だ。俺は不敵な笑みを浮かべ、スキンヘッドの男と相対した。


「――――――――ギャンブルだ」


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