第52話 アナライズ・ターゲット

 もう、さっさとミッションを攻略して、宿に帰りたい。

 異様な倦怠感の中、洞窟の奥で蠢く影が見えた。まさか、あのドラゴンが巨大化したのでは――……そう確信を持つ程に巨大なそれは、陰になっている窪みに居るようだった。


「……おかしいと思ったんだ。人型のドラゴンなんて、有る訳ねーってな」


 俺は、思わず苦笑していた。

 人の裸に見惚れるわ、逃げるわ、タキシード着てるわ、緑色だわ……いや、緑色なのは別に構わないが。とにかく、ドラゴンとして不審な点が多過ぎる。それもその筈、今までの格好は仮の姿。これから現れるのが、本物と言う訳だ。

 リーシュが喉を鳴らして、影の登場を待っていた。


「こ、これから登場するのが、ドラゴンさんの本来の姿、という訳ですか…………」

「そうだな。龍族は強いぞ、全員心して掛かれよ…………!!」


 俺達は横一列に並び、それぞれ戦闘態勢に入った。

 龍族。その頑丈な骨と硬い皮膚、何者にも力負けしない強靭な筋肉を持ち、鉄を溶かす程の炎を吐き、爪は岩をも砕くという。人前には殆ど姿を表さない、魔物界でも一、二を争う戦闘種族、ドラゴン…………!!

 俺も、出会うのは師匠の弟子としてやっていた時以来だ。武者震いがするぜ…………!!

 影に狙いを定め、俺は指を差した。



「行くぞオォォォ――――!! 野郎共オォォォォ――――!!」



 リーシュが剣を抜き、困惑して叫んだ。


「ぐっ……グレン様!! 野郎が二人しか居ません!!」

「そこはツッコまなくて良いんだよオォォォ!!」


 困惑するポイントにかなり問題があった。


「この僕の、真の力を解放する時が来たか……!!」


 トムディが聖職者の杖を握り締め、緊張に汗を流しながらも笑みを浮かべた。……その気合が、ドラゴンが現れてからも保てば良いが。


「どんな相手だろうと、この私が武器を奪ってくれるわ!!」


 ヴィティアはそう言って息巻いているが、多分ドラゴンは武器を持っていないと思うし、正直自爆が怖いから止めて欲しい。

 そして――――…………


「ブオォォォォォォ――――――――!!」


 洞窟の奥から、そいつは現れた。想像した通りの巨体で、真っ赤な皮膚。腕には吸盤…………!!

 ……………………吸盤?

 リーシュが剣を構え、一端の剣士に勝るとも劣らない気迫で、魔物と相対した。


「これがっ…………!! ドラゴンの真の姿…………!!」

「いや、待ってリーシュ。多分違う。これタコだ。タコだよ」


 それにしても、でかい。俺達なんて丸呑みされてしまいそうな程に巨大な蛸が現れ、俺達を見下ろした。てっきりドラゴンが来るとばかり思っていた俺は、あまりの出来事に拍子抜けしてしまい、拳を下ろした。

 どこか可愛らしいアホ面。うねうねと蠢く触手は、凡そ想像していた姿とは真逆の存在だ。まさか、ドラゴンが蛸に変化したってのか…………? いや、そんな事は無いよな。


「騙されないでください、グレン様!! おそらくアレは、世を忍ぶ仮の姿です!!」

「いや、ダブルで世を忍ぶ仮の姿なのかよ。忍び過ぎだろ。別の魔物だって……リーシュ!! おい、待て!! 待って――――!!」


 俺の制止も聞かず、興奮したリーシュは一目散に蛸目掛けて走り出した……!!

 確かに、最近のリーシュは技量の上がり方が目覚ましい。こんな魔物が相手だったら、リーシュ一人でもあっという間に倒してしまえる…………か!?


「タコ刺しにしてあげまあ――――――――っ!?」


 ああっ……!! 粘液で滑って転んだ……!!


「きゃ――――――――っ!?」

「リイイィィィィ――――――――シュ!?」


 伸ばした手も虚しく、リーシュは蛸の魔物に掴まれ、持ち上げられる……!!

 バッ…………バカー!! 元々近接戦闘のセンスなんて完全に切れてるんだから、遠くから【ホロウ・ゴースト】でも撃っときゃ良いものを……!! ……ああ、なんかリーシュの身体が粘液まみれで酷いことに……!!

 流石のリーシュも、気持ちが悪そうだ。すっかり青褪めて、今にも吐きそうな顔をしている。

 ヴィティアが眉を怒らせて、前に出た。


「あのバカ……!! 【エレガント・スティール】であの娘を救出するわ!! あんた、受け止めて!!」

「馬鹿はお前だ――!! この流れでハズレ付スキルとか、もう完全に未来が読めてるからやめろ――――っ!!」

「さっきのは偶々よ!! 人の事、ポンコツみたいに言わないで欲しいわね!!」


 振り返り、ヴィティアは拳を握り締めて俺に抗議する。……まあ待て、落ち着け。まだヴィティアが唯のへっぽこギャンブラーだと決まった訳じゃないじゃないか。彼女の言い分も聞いてやらなければ。

 俺は深呼吸をして、ヴィティアと向き合った。


「…………分かった、その作戦でいこう。ヴィティア、【エレガント・スティール】の成功率はどれくらいだ?」


 ヴィティアは眉をひそめて、俺の問いに答える。


「えっと…………五十%…………くらい?」

「それは偶々って言わない!!」


 あっ…………!! 蛸の触手が、ヴィティアの足に…………!!


「きゃ――――――――っ!?」

「ああっ…………!! バカ――――!!」


 ついにヴィティアまで、蛸の餌食になってしまった……!! ってまだ何もしてないぞ!? どうして自ら自爆しに行くんだお前達は!!

 ああ!! 既にリーシュの顔色が悪いを通り越して、若干薄笑いを浮かべている!!


「へへへ…………わらし、しゅらいむにおそわれる気分がなんとなく分かってきらしたぁ…………きもちい…………」

「リーシュ!! しっかりしろォ――!! ちゃんと意識を保つんだァ――――!!」


 あれ……? 気が付けばトムディが居ない!! 何だ!? どこに消えたんだっ……!! 俺は洞窟の中を見回し、トムディの姿を探す……が、居ない……!!

 くそ、もしかしてもう捕まっちまったのか……!? 何せこの広い空間だ、人知れず捕まっていてもおかしくはない!! 俺がもっとしっかりしていれば……!!


「グレン、大丈夫だ!! 僕ならここにいる!!」


 どこからかトムディの声がする。どこだ……!? 洞窟内にエコーして、よく位置が分からねえ……!!

 いや、待てよ。トムディだぞ……!? 俺は、上空を見上げた。


「ここなら絶対に、攻撃を喰らわないだろう……!?」


 蛸の触手の届かない位置で、尻の浮かんだ間抜けなポーズのまま、トムディが俺に向かって親指を立てた。

 黙ったまま、俺は真っ直ぐにトムディ目掛けてジャンプした。親指を立てているトムディの手首を掴むと、そのまま真っ直ぐに下降する――――そして、着地した。


「何で降ろすんだよオォォォ!?」

「戦えエェェェェ――――――――!!」


 どいつもこいつも、頼れるのは結局自分だけか!! 俺は堪らず拳を握り、リーシュとヴィティアをべちゃべちゃにして遊んでいる蛸目掛けて突進した。


「スケゾー!! 『五%』!!」

「はいはいっス」


 その間抜け面目掛けて、高く跳躍する。たこ焼きにでもしてやりたい所だが、やっぱり水の魔物には電気だろう。

 全身に、電気の力を纏わり付かせる。炎に比べるとかなり威力は落ちるが、弱点を突くに越したことは無い筈だ。


「この変態タコ野郎!! リーシュとヴィティアを返せ――――!!」


 顔面目掛けて、拳を振るった。

 横から触手が飛んで来て、俺の拳を受け止める。軟体動物特有の弾力に拳が埋まり、衝撃が吸収される……が、電気の威力は届く。筈だ……!!

 周囲で放電され、独特の光が生まれた。俺の周囲で火花が飛び、バチバチと音を立てて蛸を感電させる。


「お…………?」


 触手が、鞭のように跳ねた。

 腹に衝撃を受けて、跳躍した方向とは真逆に飛んで行く。一瞬の事で、何が起きたのか自分にもよく分からなかった。

 いや、俺は触手に殴られたのだ。

 電撃が、効かない――――――――!?


「グレン!!」


 発光石の壁に、背中を強打した…………!!


「いってえ…………ただじゃ済まさねえぞ、あのタコ…………!!」


 トムディが俺の下に駆け寄る。しかし、俺には蛸の動きが疑問でならなかった。

 あの触手、俺の攻撃を完全にガードして、全ての衝撃を吸収しやがった。リーシュとヴィティアがダメージを受けないよう、ある程度加減して攻撃をしたという落ち度はあるが――……それにしたって、そこらの魔物にそう易々と防御されるような威力では放っていない。

 という事は、考えられる原因は二つ。『打撃が効かない』のか、『電撃が効かない』のか。それだけだ。


「大丈夫、グレン!?」

「ああ…………水の魔物の癖にあいつ、電気を弾きやがる…………!!」


 ならばやはり、たこ焼きにするのが最も楽な方法か。今度は全身に炎を纏う。……しかし、触手でガードされてしまうようでは、リーシュとヴィティアが捕まっている事を考えると厳しいな。

 捕まってはいるが、特に何かをされている様子はない。……喰われそうなのは確かだが。


「電気が効かない……? いや、もし本当にそうなら、どうしてガードするんだ……?」


 トムディが、疑問の一言を口にした。

 まるで表情に変化の無い蛸は、ようやく攻撃に移ったようだった。蛸の真下に魔法陣が現れ、巨大な蛸が魔法を使う。

 リーシュとヴィティアから蒸気のようなオーラが放たれ、それが蛸に向かって集まって行く。……魔力を吸い取る類の攻撃か。確かに、じわじわと獲物を弱らせながら、自身を強化していく事が可能になる――――…………だが。


「ぐう、うっ!!」


 リーシュのアーマーが、今度は別の光を放つ。……掛けてて良かった、防御魔法。或る一定の魔力反応によって、防御結界を発動させるものだ。リーシュの周囲は俺の魔法によって護られる。

 ずるり、と蛸の触手からリーシュが滑り落ちた。


「リーシュ!!」


 真下へと走り、落下したリーシュをキャッチする。……うげえ。リーシュは既に、蛸の粘液まみれになっていた。


「大丈夫か、リーシュ!?」


 リーシュの顔に生気は見られない。死んだ顔色に笑みを浮かべ、リーシュは自虐的に笑っていた。


「グレンさま…………わ、わたし…………さたでーないと…………ふぃーばー…………」

「リイイィィィィ――――――――シュ!?」


 口からエクトプラズマを吐き、リーシュが戦闘不能になった。

 思ったよりも、かなり質の悪い魔物だ……!! そこそこ訓練している筈のリーシュがやられてしまう、だと……!?

 しかし、これでリーシュは解放された。残っているのはヴィティアだけだ。素早く後退し、俺は蛸の攻撃が届かない岩の窪みへリーシュを避難させた。

 だからビキニアーマーは露出が多すぎると、いつも言っているのにっ…………!!


「ヴィティア!! 待ってろ!! 今助けるっ!!」


 ヴィティアからの返事が無い……!! 蛸の触手に翻弄されて、それ所では無い様子だった。


「き、気持ち悪い…………!! 服の下に入ってくるっ…………!!」


 あいつの装備は、特に防御を強化している訳でもない。ただの服だ……!! だから、そんな装備で大丈夫かと何度も問い掛けたのに……!!

 どうして俺のパーティーはこう、防御に関してザルなんだ!!


「そうか!! グレン、分かったぞ!!」

「トムディ!?」


 見れば、岩陰からトムディが顔を出して、蛸に向かって手を出していた。魔力……? 一体、何をしようって言うんだ?

 トムディの足下に、魔法陣が生まれる。



「【アナライズ・ターゲット】!!」



 聞いた事の無い魔法だ。トムディから放たれた、まるで雪の結晶のような形の魔法。それはゆっくりと浮遊し、蛸に向かって飛んで行く。

 俺とトムディが、その魔法を目で追い掛ける。それは触手に捕まっているヴィティアを通り抜け――……、そして、蛸に接触した。

 トムディの放った魔法が小さな光を放ち、消える。

 それを見て、トムディがガッツポーズを決めた。


「完璧だ!!」

「いや全く意味が分からない!!」


 トムディが俺を見て、手を伸ばした。


「グレン!! 何か水入れるもの!! できるだけ大きいもの!!」


 水を入れるもの……!? 何か持っていたか? ……そうだ。俺はポケットから小さなバケツを取り出し、それを原寸大に拡大した。いつも、薬草なんかを採集する時に使っているものだ。

 戦闘中に、バケツ……? シュールな光景だった。……いや、相手が蛸という時点でもう、緊張感は欠片も感じられないんだけども。


「ほらよ!! これでいいか!?」

「うん、大丈夫!! グレン、雷の魔法を準備しといて!!」


 言われた通りに、俺は準備を始めた。トムディは池に向かって走り、バケツに水を汲む……確かにここには池があるが、それで一体どうするんだ……?

 トムディが、俺に向かってサインを送る。……そして、走り出した。


「うおおおおおおっ――――――――!!」


 何だ!? …………一緒に走れ、ってことか!?

 ええい、もうどうにでもなれ!!

 トムディは発光石の上に飛び乗り、更にもう一つ背の高い発光石に飛び乗り……視点を高くして行く。俺は今一度蛸に向かってジャンプし、拳を構えた。


「殴れば良いのか!? トムディ!!」


 振り返り、トムディが笑みを浮かべる。攻撃を仕掛けた俺に、蛸の魔物が触手を振るう。

 その触手に、トムディが飛び掛かった。


「今だっ…………!! グレン!!」


 そうか、バケツの水を、触手に――――――――!?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る