第47話 結婚相手を探しています

 と、言う訳で。何が『と言う訳』なのか、よく分からないが。とにかく俺達は、四人になった。

 魔法を使えなくなったヴィティアに何が出来るのか正直疑問だが……【スティール】が使えた所を見ると、一般的には普及していないスキルや魔法に知識がありそうだが。……よく分からないんだよな、所謂『族』の連中が使うスキルってのは。難しいという事しか知らない。


 最も、魔導士業界だって、熟練した魔導士はオリジナルスキルの一つや二つ、持っているものだ。やれ剣士だ魔導士だなんて、冒険者として同じ括りにされるが、その歴史はそれぞれ異なるし、結構閉鎖的だったりもする。

 今は、ヴィティア・ルーズとやらに何が出来るのかを見極める事が大事だろうか。それによって、受けられるミッションのレベルも変わる。

 冒険者依頼所。ミッションの貼り紙を物色しながら、俺は仲間の様子を一瞥した。


「トムディさん!! 見てください、これ、面白そうじゃないですかっ!?」

「これ……? ええ、愛犬の散歩? 面倒なだけじゃない?」

「トムディさんが犬に散歩されている様子が目に浮かぶようです……!! はう、可愛い……」

「犬にすら見下されてるのかよオォォ!!」


 …………まあ楽しそうで、何よりだ。ミッション選びには全く貢献していないが。

 こいつらと居ると時々、自分の感覚が正しいのかどうか不安になって来るな。まあ、ムードメーカーが多いという事は、パーティーの空気が明るくなるという事でもあるので、悪い事じゃないんだけど。


「ご主人って時々、無駄にポジティブっスよね」

「そうか?」


 既に、当然のように俺の心の内と会話をしているスケゾーだったが。……しかし、ろくなミッションが無いな。四人でお使いミッションというのも何だか悲しくなりそうだし、せっかくだから魔物を討伐したい。アイテム収集もできるしな。

 例えば、買われ尽した八百屋。既に根刮ぎ奪われたような状態だ。この様子だと、少し前までは良いミッションが沢山転がっていたのだろう……ちっ。時期を逃したか。

 ミッションの内容に目を奪われながらも、俺はスケゾーに注意した。


「お前、勝手に心の中に入って来るなっていつも言ってるだろうが。プライベートの侵害だぞ」

「いやあ、こういう時くらいしか聞いてないんで、大丈夫っスよ。オイラとご主人の仲じゃないっスか」

「お前な。親しき仲にもなんとやらって言うだろ」

「仁義っスか」

「ちょっとカッコいいじゃねえか」


 親しき仲にも仁義あり。何故か、妙な信頼の強さを感じる。いや、そうじゃなくて。

 うーむ。……今回、魔物の討伐ミッションは、総じてレベルが高いな……今の俺達に、中級以上の魔物なんて相手に出来るんだろうか。

 ふと、セントラル・シティに来た時の、トムディの様子を思い出してしまった。


『グレン!! グレンアァァァ!! 降ろしてえぇぇ!!』


 気になって、トムディを見る。事もあろうにリーシュの背中に隠れて、ビクビクとしながら辺りの様子を窺っていた。

 いや、そこはリーシュを護ってやれよ。男だろ。……何から隠れているのかもよく分からんが。


「ねえ……リーシュ。僕達、場違いじゃない? グレンみたいな奴がいっぱい居るんだけど……」

「え……な、何言ってるんですか、トムディさん……グレン様が沢山いたら怖くないですか」

「強そうな奴が沢山居るねって意味だよオォォ!!」


 …………。


 まあ、トムディは初ミッションになる訳だしな。あんまり難しい事を依頼しても仕方がない、というのはあるか。

 リーシュとトムディという組み合わせも、中々にシュールだな。トムディの待遇については、頑張れとしか言いようが無いが。リーシュはリーシュで、トムディの事は可愛い対象になっているみたいだからな。

 多分、年齢的にはトムディの方が上なんじゃないかと思うんだけど。……まあ、あのビジュアルじゃなあ。四六時中、飴食ってるし……。

 あれ? そういえば、ヴィティアが居ないな。俺から離れ過ぎれば、『誓約の帽子』がヴィティアの居場所を俺に教えてくれる筈なんだが。


「きゃあああああ――――――――っ!!」


 それみろ。

 冒険者依頼所の入口から、ヴィティアが血相を変えて入って来た。……若干、動きが痺れている。


「あんたねえ!! あんたを探そうと思って外に出ただけじゃない!!」

「あんたじゃない。グレンオード・バーンズキッドだ。常に視界に入れとけば良いだろ」

「嫌よ!!」


 不意に呼び掛けられて、思わずフルネームを教えてしまった俺。……そこには、ヴィティアがいた。なんと、ミッションの依頼書を持って来ている。


「それで、一応、ミッション探して来たけど……ランクC、でいいの? 四人だとレベル低すぎ?」


 リーシュとトムディよりも、遥かに優秀だった。……一応選んではいるのだろうが、個人の主観に基づく解釈が多過ぎるからな、奴等。

 しかし、ヴィティアがミッションを探してくれていたとは。別にヴィティアには、何を言った訳でも無いんだが……一応、パーティーメンバーとしての自覚があるのか。大したものだ。


「いや、そんなもんで良いだろ。ありがとな、探してくれたのか」

「あの二人と居ると頭がおかしくなりそうだから、ついでに探しただけよ」


 全く、同感である。いや、常識人が居ると話題が共有出来て助かるな。


「私に魔法が使えたら、こんなの一人で受けちゃうんだけどね。仕方ないから、あんたに譲ってあげるわ」


 ヴィティアは無い胸を張って、俺にミッションの依頼書を寄越した。胸を張ると、胸囲に悲壮感が漂うな。俺のローブを着ているからか……一応、ミッション前に服くらい買ってやるか。


「ヴィティア、今のうちにどんな装備で行くのか、考えとけよ」

「何言ってんの……? 私に選択の余地があるわけ無いじゃない」

「いや、買ってやるから。まあべらぼうに高くなければ、一式揃えてやるよ」


 ヴィティアは目を丸くして、驚いているようだったが…………当たり前だろ。何を驚いているんだか。


「…………いいの?」

「良いのも何も、装備が適当だったからミッションで怪我しました、なんて事になりたくないからな。感謝してくれるんなら、働いてくれ」


 渡されたミッションの依頼書を見ながら、内容を確認する俺。ヴィティアはそれきり黙って、俺の隣に立っていた。

 ずっと、見られている。……何だよ。そんなに良いミッションなのか。俺も探したけど、今日はろくなミッションが無いと思ったものだが。

 えっと…………何々。



『結婚相手を探しています』



「知るかアァァァ――――――――!!」

「私にキレないでよ!!」


 気が付けば俺は、ヴィティアに全力でツッコミを入れていた。


「何で数ある依頼書の中からコレなんだよ!! 怪しい香り満載だろうが!! あれか!? 何か賭博的な香りがしたのか!?」

「それはっ…………その、ちょっと…………」

「嬉しそうにしてんじゃねえ!!」


 前言撤回。コイツもリーシュやトムディの事は全く言えないという事が判明した。ミッションの依頼なんて、魔物討伐関係をメインに漁っていれば良いのだ。他の依頼書なんて分かり難い達成条件で、面倒な事が多いのだから。


「大体、そんなものは婚活でもしろ!! 冒険者に依頼する内容じゃないだろ!!」

「で、でもっ!! 見てよ!! 報酬の所!!」


 ヴィティアはどうにか弁解するべく、俺に手を振って依頼書を指差す。……既に依頼書を握り潰してしまった俺だったが、仕方無く潰れた依頼書を開き直した。

 報酬がどうした。大体この手の依頼は、報酬がべらぼうに安い。まあ大した苦労もないので、当たり前と言えばそうなのだが――――――――って、えっ?


「ごっ…………五十セル…………!?」


 五十トラルじゃなくてか!? 五十セルか!? 五十万トラルか!?

 結婚相手探しに五十セル…………!?


「ほら、顔色変わった!! そうでしょ!? これは受けるべきでしょ!!」


 懸命に、ヴィティアは俺にミッションの重要性をアピールするが。……俺は怪訝な表情を浮かべたまま、ヴィティアの言葉を半信半疑で聞いていた。こんな依頼、何か裏があるに決まってる。

 とは言え、この報酬額では。……依頼主から実際にミッション内容を聞ける事になっている。つまり、詳しい内容は後で話します、って所か。余計に怪しいぞ。


「絶対大丈夫だから!! こんなに楽で高いミッション、他に無いでしょ!? そうでしょ!?」


 …………裏があると思うけどなあ。



 *



 冒険者依頼所の奥には、依頼主と直接相談できる相談室がある。

 殆どの依頼は、依頼書と冒険者依頼所の間で完結する内容なので、使う事はあまり無いが。ミッションの内容が込み入っていて、とても依頼書だけでは語り切れないという状況の場合のみ、要相談、と依頼書に書くことによって、依頼主はミッションを受ける冒険者と事前に打ち合わせが出来るのだ。

 俺達は相談室の長い椅子に横一列に座り、ミッションの依頼主と対面した。


「あらー、ごめんなさいね。わざわざ呼び出してしまって」


 どうしても、顔が歪んでしまう。

 現れたのは、全身紫の毒々しい服に身を包んだ、見た目四十位のおばさんだった。トムディなど可愛く見える程の贅肉で、あまりにも無駄が多過ぎる印象。高価なアクセサリー。酷い厚化粧。

 いや、そんなのはいい。何よりきついのは、その香水の量である。


「いえ…………それで、依頼の内容なんですけどねェッフンッ」


 もはやテロだろこれ。一体どうなってるんだよ……!! 扉を閉めた瞬間、もう全てが咽るような香水の香りに支配されている。

 スケゾーは依頼主に嫌がられる可能性がある為、今は席を外しているが。リーシュは目を丸くして依頼主を見ているし、トムディは明らかに怯えている。

 ヴィティアは――――…………滝のように汗を流して、笑顔を作っていた。


「あーんもう、困っちゃったわー誰も相談に乗ってくれなくて。あなた達が初めてなのよー。やだもー」


 そりゃ、結婚相手を探して冒険者依頼所に依頼もするわ…………!!

 俺はヴィティアの脇腹を小突いた。小声で、ヴィティアに耳打ちする。


「おい……!! お前、責任取れよ……!!」

「私、今は奴隷だし。……あんたの言う通りにするからっ」

「お前…………!!」


 受けるべきだって言ったのはヴィティアじゃないか。……もう、こいつを信用するのは止めよう。マジで。

 言いたい。こんな香りテロな状況で、どうやって結婚相手を探すんだと。俺は、声を大にして言いたい。……だが、そんな事をしたら、キレられて冒険者依頼所に報告されるかもしれない。冒険者として悪評が付くのは避けたい。

 耐えるんだ。……ミッションを受けて、それで失敗してもいい。とにかく、形だけでも探すしか……!!



「このままじゃ、結婚できそうにないですね!!」



 リイイィィィィ――――――――シュ!!



 どうしてお前はそうやって、地雷原に自ら足を踏み入れるような真似をするんだアァァァ!! 死にたいのか!? 自殺志望なら今だけ協力してやらないでもないぞ!?

 まずい……まずいぞ、これは。怒られても何も文句は言えない……!! 態度が変わったら、リーシュの頭を下げて謝り倒すしかない……!!


「もー、そうなのよー!! ダーリンを探してくれないと、結婚式が一週間後に迫ってるのに!!」


 怒られていない!? 奇跡だ!!

 ……いや、待て待て。今なんて言った、このババ……おばさん。


「結婚式…………直前なんですね。それで、お相手が逃げ…………姿を消してしまったんですか?」


 いや、もしかして。『結婚相手を探しています』って、誰か良い人探してるのよアタシ、じゃなくて、アタシのダーリンが逃げちゃって見付からないのよ、って、そういうヤツなのか。

 おばさんは大袈裟に手を振って笑った。…………笑い方が酷く汚い。


「そうなのよー!! 人見知りするから、もしかして怖くなっちゃったのかもしれないわ。私はそんなの気にしないのに」


 まあ、逃げてもおかしくないだろうな……!!

 いや、しかし待てよ。これはチャンスだ。依頼書には、結婚相手についての情報は何も書いていなかった。これが謎のお見合いイベントではなく、捜索願いなのだとしたら。あの極端に高い報酬も、頷けない事もない。金にモノを言わせて、逃げた結婚相手を見付け出そうなど、俺には趣味が悪いとしか思えないが。

 だが、依頼は依頼である。良かった、男の紹介だったら、俺にはラグナスくらいしか紹介できる男は居ない所だった。


「どこに行ったのか、大体の予想など付きますか?」

「それが、分からないのよねえ。彼も飄々としていて、どこにでも行っちゃうから」


 それは困ったな。セントラル大陸の全てなんて、当然探せる筈もない。

 いや、待てよ。人間である以上、何処かの街に寄ったら宿に泊まる筈だよな。利用記録から、その人物を特定できるかもしれない。


「…………分かりました。それでは、お相手のお名前を頂いてもよろしいですか?」

「ドラゴンって言うのよ」

「ドラゴン!?」


 チンピラか!? そうなのか!?

 なんか、無駄にかっこいい名前だな……このおばさんの相手なんだが……いや、いけないな。幾らなんでも、顔で差別するのは良くない。きっと二人共、互いに愛し合っていた筈なのだから。……逃げたけど。


「そうなのよ、写真があるのよ。これを渡しておくわね」


 そう言って、おばさんはテーブルに、一枚の写真を置いた――――…………


「ドッ…………ドラゴン…………」


 衝撃に、俺は絶句し。そして、絶望した。



 ――――――――ドラゴンって、本物かよ!!



「やばいよグレン……!! 断ろうよ……!!」


 トムディの足下がガタガタと震えていた。俺の服の裾を引っ張りながら、どうにか俺に拒否の意思を伝えようとしている。


「馬鹿、依頼主相談まで行った案件を無闇に断ったら心象悪いだろうが……!!」

「で、でもっ……!! 幾らなんでも、人じゃなきゃ探せないよ……!!」


 二足歩行のドラゴンがタキシードを着ている。確かに、ぱっと見た所、格好良いと思えない事もない……が、落ち着け。そもそも人間じゃない場合、結婚って成立するのか。

 そもそも喋れるのかコイツ。どうなんだ……!!

 おばさんは頬に手を当てて、溜め息を吐いた。


「もう、結婚指輪も買ってあるのに。本当、どこに行ってしまったのかしら」


 あるべき場所に帰っただけじゃないのかよ!!

 リーシュが立ち上がり、テーブルに手を付いて、驚愕の瞳でおばさんを見た。


「ちなみに指が三本しかない場合、薬指はどこになるんですか!?」

「どうでもいいわアァァァァ――――――――!!」


 驚くポイントはそこじゃないだろ!! まず結婚相手がドラゴンだって所に違和感覚えろよ!!

 俺は鬼の形相で、隣のヴィティアを睨み付けた。既にヴィティアはテーブルに突っ伏して、身動きが取れなくなっていた。

 次からはコイツの意見は絶対に聞かないからな…………!!


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