第46話 ジンジャーチョコクレープ
ヴィティアは、追われているらしい。トムディが固唾を飲んで、緊張に表情を強張らせた。
「追われてるって……何で?」
「処分したいんじゃないの? だから私、逃げて、逃げて……この通りよ、もう浮浪者と何も変わらないわ」
多少自虐的に、ヴィティアは笑った。確かに、裸にローブで財布を盗んで回るなんて……俺には出来ないな。
しかし、命を狙われて追われるのと、金が無くなるのはまた別だ。俺は腕を組んで、冷静にヴィティアを見た。
「一発逆転を目指して、ギャンブルにでも手を出したか?」
ヴィティアの挙動が一瞬、ロボットか何かのように硬くなった。…………やっぱりか。
どうせ、そんな事だろうと思ったぜ。金に困って冒険者依頼所に行ったら、絶対儲かるギャンブルがあってとか、そんな話に乗ったんだろう。そんな事を考えるのは、俺も過去に誘われた事があるからだ。行かなかったけど。
「セントラルの裏カジノは、ウエスト・タリスマンなんかとは違って、イカサマが多いんだよ。引っ掛かったのか?」
俺がそう言うと、ヴィティアは視線を地に落とした。……この様子だと、相当にやられたのか。
「そ、そう……なの」
「どのくらい、吸われたんだよ」
「…………四百、セル」
「四百セル!?」
ギャンブルに負けたって金額じゃねえぞ!? 完全に詐欺じゃねえか!!
流石に、セントラル・シティのギャンブルでそこまで吸われた人間を、俺は知らない。……最も、ギャンブルなんて元々そんなに好きじゃないから、あんまりやらないんだけども。
どうしようもなく、ヴィティアは沈黙していた。
「…………そう。大切なママの髪飾りまで奪われて、もう自分が何者なのかも分からないのよ。……本当に、馬鹿」
俺はその様子を、黙って見ていたが。
しかし、四百セルは流石にやり過ぎだ。そんな大金、持ってない人の方が多い……何か、金を持っていると一目で分かってしまうモノをヴィティアが身に付けていた。そう考えるのが妥当な所だろうか。
初めから、全てを巻き上げるつもりでギャンブルに誘っていたのか。
急に、ヴィティアは俺に擦り寄ってきた。
「そうなの、私今、すごく大変なのよっ。だから私の事、匿ってくれない?」
何だよ急に……気持ち悪いな。ヴィティアは無駄に瞳を輝かせて、俺の腕を抱いた。トムディが飴を舐めながら、ヴィティアの様子を見ている。
「……さっき、『私は行くわ』って言ってなかった?」
「いちいち癪に障るデブね」
「僕はデブじゃない!!」
憤慨しているトムディ。俺は構わず、ヴィティアの様子を見ていた。
仮にも、一度は敵として戦った事のある存在だ。下っ端である事はおそらく間違いないだろうが……しかし、ヴィティアが嘘を吐いていない、という保証は何処にもない。仮にこれまでの説明が本当だったとしても、ヴィティアは連中に対して、何ら知識を持たない。俺が匿うメリットは無いという事になる。
……そして、もしも嘘を吐いていたとしたなら、ヴィティアは俺達を脅かす為に潜り込んだ刺客、と考えられる。何れにしても、良い事は何も無いだろう。
連中の情報が何か聞き出せれば、と思ったんだけどな。
「……別に、暫くパーティーに入るのは構わないが。条件がある」
「条件?」
目を丸くしているヴィティアに、俺は言った。
「例えばお前がスパイで、邪魔な俺達を排除する為に動いていたりするかもしれないだろ」
「な、なにそれ……裏切らないわよ!! 人の事を何だと思ってるのよ!!」
表面上は、そう言っているが――……まあ良い。俺は口の端を吊り上げた。
「スケゾー」
「あいあいっス」
スケゾーが手を叩くと、その場に帽子が現れた。魔法使いの被るような、黒の三角帽子。俺はそれを、ヴィティアの頭に被せる。どうやらヴィティアは、このアイテムを知らないらしい。俺は帽子に向かって人差し指を向け、円を描くように指を動かした。
「繰り返せ、ヴィティア。『マムウ・マ・シュカルト。我此処に、主従の関係を誓う』」
「『マムウ・マ・シュカルト。我此処に、主従の関係を誓う』…………えっ?」
言ってから疑問に思う辺りが、本当に騙され易そうだと思う。
帽子はヴィティアの頭の上で飛び跳ね、回転する。帽子の鍔がヴィティアの肩幅程に広がり、すっぽりとヴィティアを覆い隠した。やがて、帽子は透明になって消える。
それ以上、何が起こる事もない。ヴィティアは自身に何が起きたのかを確認しようと、身体を眺めているが――……変化が無いことに驚いているようだった。
「そいつは、『誓約の帽子』だ。今は透明だからな。別に生活に支障が出る訳でもないよ。ただ、『あること』を守ればな」
「…………あること?」
どうやら、気付いたらしい。ヴィティアは顔を真っ青にして、恐る恐る、俺を見上げた。
「これから、風呂と寝る時以外の全ての時間、お前の行動を監視させて貰う。主人は俺、俺の命令は絶対だ。お前が無害だって分かるまで、俺の奴隷として働いて貰うぞ」
「なっ!? 何で私が、そんな――……」
ヴィティアが叫んで俺に掴み掛かろうとした瞬間、透明になった帽子が突如として現れる。ヴィティアの全身を、電気が襲った。
「きゃあああああっ!?」
驚く程度の感電だ。最も、俺の命令に逆らえば逆らう程、その威力は増していくように出来ている。その昔、言う事を聞かない奴隷への体罰や、拉致した敵の拷問に使われた粗品。……師匠からのバースデイ・プレゼントだったが、あの人も恐ろしいモノをくれたものだ。
因みに、最初の呪文を唱えなくても、無理矢理主従関係を築く方法もある。
こんな所で役に立つとは思わなかったな。
「お前がやった事、未遂に終わったとは言え、対外的には大問題だからな。これくらいのハンデは当然だろ?」
まあ、匿って欲しいと言うのであれば、この程度の障害には耐えなければ、だろうな。
リーシュの一件、もし仮に使われただけだったとしても、こいつは俺と村に向かって魔法を撃った。それは紛れも無い事実であり、俺が居なければ村には大変な迷惑が掛かっていた。
「別に、逃げても良いぜ? そうしたら俺はお前に関わらねえよ。匿ってくれって言ったのはお前だしな」
既に『誓約の帽子』を装備してしまったヴィティアは、衝撃にぱくぱくと口を動かしていたが――……自分の言った言葉の重みを、感じて貰わなければな。
決して、悪ではないぞ。村を一つ支配しようなんて考えた奴――の、下っ端だったのかもしれないが――として、きちんとした評価と対価を下したまでである。
「女の子を四六時中監視とか、もうエロい意味にしか聞こえないっスよねえ」
俺はスケゾーを殴った。
「…………あの、私ちょっと、外に出ていますね」
ふとリーシュが立ち上がり、返事も待たずに外へと出て行った。
……やたらと静かだと思っていたけれど、やっぱり元気が無い。凶悪なボケの一つや二つ、とっくに飛び出していて良い頃なのに……俺が居ない間に、何かがあったのだろうか。スケゾーが腕を組んで、リーシュの出て行った扉を見ていた。
腹でも減ったのか……?
「まあ、この話はこれで終わりで良いっスよね。ご主人、早いとこ、リーシュさんを追い掛けましょう」
そう言って、スケゾーは俺の肩に乗る。何を言っているのか分からず、俺はスケゾーの顔をまじまじと見てしまった。
「何で……? 一人になりたい時もあるだろ。そっとしておいた方が良いんじゃないか?」
「言い方を変えますね。おい、腐ったチェリー。良いからリーシュさんの後を追え」
「何で俺、怒られてんの!?」
何故か分からないが、使い魔のスケゾーにボロクソ言われる俺だった。
「そういえば、途中で帰って来たけどさ。リーシュとのデートは上手く行かなかったの?」
不意に、トムディがそんな事を俺に言う。
「…………えっ?」
「なんか呼び出してたじゃん。なんか頑張って服選んでたけど」
デート? ……何の話だ? 何でそんな勘違いを……別の人の話じゃないのか?
リーシュだって、勘違いする要素なんて…………いや、待てよ。
俺はトムディの事について相談するために、リーシュを呼び出した。……結果として、だ。結果として、ではあるが、俺はトムディからわざわざ離れて、リーシュに『大事な話がある』と言って、路地裏に二人きりになったのだ。
…………もしかして、それか?
何だか妙に浮き足立っていると言うのか、そんな気はしていた。……リーシュが恋愛的な内容として『大事な話』を予想していたとするなら、それはやっぱり……リーシュに告白、か、リーシュに恋愛相談、の二択だろう。
『や、やっぱり、恋愛相談の方なんですか……!? そんな……!!』
そ、そういう事か……!! やっと謎が解けたような気がする……!!
「ご主人。一応言っておきますけど、謎だと思ってたのはご主人だけっスからね」
チェスのルールも理解出来ない使い魔に、苦笑して同情される俺だった。
仕方ないだろ!! そんな乙女チック思考してねえんだよ!!
*
宿の近くには、リーシュの姿は無かった。
一先ずヴィティアの事はトムディに任せて、夜のセントラル・シティを彷徨う俺。……だが、店もとうに閉まっているし、リーシュが酒場に行っているとも思えなかったので、探す場所が見当たらなかった。
他の人なら兎も角、銀髪金眼の少女なんて珍しいので、月明かりに反射してすぐに分かりそうなものなんだが。だが実際は、リーシュは何処にもいない。
何処か、人目に付かない場所に隠れているのだろうか……。
「どこにも、見当たりませんね……」
俺の隣で、リーシュが息を切らしていた。
「そうだな……一体、どこに隠れているのやら……」
走って探していたから、隅々まで探せていなかったのだろうか。セントラル・シティと言えば、残っているのはこの花壇のある広場位のものだと思っていたが……。仕方無い、もう一度宿に戻って、探し直し…………ん?
「ところで、何を探しているんですか!?」
「お前だよオォォォォ!!」
「ふえっ!?」
お気楽すっとぼけ娘は、気が付けば俺の隣に居た。
背中に立たれればすぐに気付く俺が、気付かないなんて……。どれだけ魔力のコントロールが上手いのかよく分からないが、やはりリーシュは只者ではない。色んな意味で。
身も心も脱力してしまったが、リーシュにはやはり、俺の気持ちなど理解出来ていないようだった。……いいさ。俺は強く生きるよ。
「何してたんだよ、こんな所で」
広場のベンチに腰掛けると、リーシュは隣に座った。
「ちょっと、魔法の練習をですね」
「魔法? …………ああ、もしかして回復の?」
「はい」
手が早いな。今日言ったばかりなのに、もう始めてくれていたとは……。相変わらず、真面目な娘だと思う。
同時に、何だか罪悪感がこみ上げて来た。
「……悪いな、今日。一緒に居てやれなくて」
「いえ、良いんです。私こそ、舞い上がってしまって……ごめんなさい」
ちらりと、リーシュの表情を盗み見た。
リーシュは、少し寂しそうな顔をしていた。
申し訳ないが、少しだけ嬉しいと感じている自分がいた。リーシュは俺の為に時間を作ろうとしてくれて、それが叶わなかった事に無念を感じている。その事実は何というか――……気恥ずかしい。
もし仮に、俺がデートの依頼をしていたとしても、ヴィティアの財布事件によって、結局は今日と同じ事が繰り返されただろうが――……あ、そうか。だからスケゾーは、『後でちゃんとフォローを』と俺に言ったのか。
頭の悪い使い魔の癖に、頭が良いだと……
「あ、あのさ、リーシュ」
「はい?」
これって明らかに、デートの誘い、になるんだよな……生まれてこの方、女の子を遊びになんか誘った記憶がない。……顔が熱くなって来た。
しかし、フォローってこういうことだ。
「おっ、お前さえ良ければ、今度、一緒に――……」
「ジンジャーチョコクレープ…………」
リーシュは月を見て、悩ましい吐息を漏らした。
想像もしていなかった言葉に、俺は思考が停止してしまった。
「…………は?」
「ううー、やっぱり食べたかったです……カップル限定で、今日だけ半額だったんですよっ!! 次にセントラル・シティに来るのは一ヶ月後だって言うんです!!」
何の話だ? ……いや、今日の話だよな。ジンジャーチョコクレープ……っていうのは、多分食べ物の名前なんだろうな。お菓子、か。カップル限定、今日だけ半額……
…………あれ? もしかして俺、とんでもない勘違いを……してしまったのか?
「グレン様さえ良ければ、一緒にと思ったんですけど……カップルイベントだったので、お一人様には販売していなくて……!! く、悔しいです……!!」
俺は、人知れず笑みを浮かべていた。
「…………そかあー。…………そしたら次に来た時に、食べようなー」
「はいっ!! 私はめげません!!」
何だ。俺が勘違いしていただけか。てっきりリーシュは、俺とのデートを望んでくれているものだとばかり……フッ。まあ、分かっていたよ。俺と色恋沙汰なんて無縁な話だってな。
俺もやっぱり、ラグナスとかキャメロンとか、あの辺の『お一人様』と一緒なんだろう。
…………くっ。
「あ、そうだ!! グレン様、新しい回復技、考えたらすぐに出来てですね!! 今、試してみても良いですかっ?」
「おう、痛くない奴なら何でも良いぞ」
リーシュの事だから、また突拍子もない回復方法なんだろうが……この際だ。頼んだのは俺だし、何が来ても耐えてやる。
少し、自暴自棄になっている俺がいた。人間、変な期待はするもんじゃない。赤っ恥をかくのは、もう懲り懲りだ。
リーシュは俺の前に立つと、俺の首に腕を回した。
「【リラクゼーション・キッス】」
――――――――えっ。
唐突な出来事だった。何が起きたのかよく分からなかったが――……身体がじわりと、暖かくなっていく。回復魔法を使われた時の、まるで温泉にでも浸かっているかのような、心地良い感覚と、柔らかい唇の感触。
俺の時は止まった。
「じゃあ、宿に戻りますねっ。……えへへ、ジンジャーチョコクレープ、約束ですよっ」
俺の視界から、リーシュが消える。
何だ。…………今、何が起こったんだ。俺は今、何をされたんだ。
俺は呆然と、その場に立ち尽くしていた。
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