第35話 ビビリ・泣き虫・根性無し
魔法は発動された。…………らしい。トムディは、何やら得意気な顔をして俺を見ていた。
「どうだい? 凄いだろう?」
「ああ、何だか凄い気がしてきたよ。…………で、何が起こったんだ?」
トムディは、その場で腹の脂肪を揺らしながら、足踏みして見せた。やがて、両手を振り動かしながら、その場でアグレッシブなステップをキメていた。
動きにキレがある。大したものだ。
俺は、その様子を黙って見ていた。
「ふふふ……これは、『足音を消すスキル』さ!!」
言葉もない。
「へえー…………そうなんだ…………」
勿論だが、聖職者の使う魔法に、そんな支援魔法は存在しない。……という事は、これはトムディオリジナルの変化魔法だ。
いや、使い道が無い訳ではないと思う。確かに使えるとは思うが……それは、ある程度の実力があった上で、じゃないか。戦闘で闇討ちしようと思ったら、これを使って寝込みを襲うとか、そんな所だろう。
寝込みを襲える実力も無い状況では、意味が無いのでは。
トムディは、未だに俺へ得意気な顔を向けている。
「――――女風呂を覗く為だけに、会得したスキルさ」
心の底からどうでもいい…………!!
とてつもなく無駄な時間を過ごした気がして、俺はその場に固まった。
「あー……まあ、俺、行くわ。頑張れよ」
それだけをトムディに言って、その場を去ろうとした。トムディは何も言わず、振り返る俺の様子をただ眺めて――――…………
「…………やっぱり君も、僕の事を笑うかい」
俺の背中に、そんな言葉を投げ掛けた。
その声は、今までのトムディとは別人のようにも見えた。驚いて、思わず振り返る。
不意に。
俺は、目が覚めるような想いに駆られた。
澄んだ瞳が、俺を見る。真っ直ぐ過ぎるその視線に、俺は堪らず一歩、後退った。
何かが冗談に変化するようには、見えない。
「あ、いや…………どうしたよ、急に」
素直な感想だったが。トムディは俺を見て、何故か悲しそうにしていた――……俺は別に、トムディについて何かを言った訳では無い。
ならどうして、そんな顔をするんだろう。
トムディは、その場に座り込んだ。杖を地面に置いて、頭の上の王冠を外す……自身の王冠を見詰めると、トムディは言った。
「今はまだ、本気を出していないだけさ。…………僕は、いつか絶対に、誰もが助けを求める至高の聖職者に、なるんだ」
出会ってから今まで、それなりに時は経っていたが。俺は初めて、トムディの真摯な表情を見たような気がする。
…………そうか。
トムディが俺達と居る時、他の誰かと居る時、自分の魔法を無意味に誇張表現して、冗談にしていたのは。……単に、笑いを取りたかったからではないんだ。
全く、ふざけてなどいない。…………こいつは、根っから本気で魔法を使って、この状態なんだ。それが外の目に触れれば、笑う人間も居るだろう。同情する人間も、現れるかもしれない。
だが少なくとも、トムディの夢は、誰もが否定するに違いない。
お前は向いていない。……諦めて、別の道を探せと。
多分俺でも、そう言う。
「『零の魔導士』の君なら、分かるんじゃないかと思ったんだ。……でも、やっぱり君も、僕の事を笑うかい」
もしかしたらトムディは、俺に同種の血のようなモノを、感じていたんだろうか。
『……【ヒール】の練習をしていたら、ハマっちゃってね。大変だったよ』
『それって、回復魔法だよな?』
『そうだよ? 『零の魔導士』の君なら分かるだろ?』
あれは、冗談じゃなかったのか。トムディは、俺ならそんな現象が起こる事も理解出来ると、期待していたんだろうか。
確かに、俺の魔法も飛ばない。程度がどうだかは知らないが、俺とトムディはよく似ているのかもしれない。
……参ったな。トムディに対する評価を改めなければならないだろうか。
「いや。……俺は、笑わないよ」
喉元過ぎれば何とやら、か。……俺だって、魔法が飛ばないだけの時期は散々苦労させられたものだ。トムディも、同じだったとしたら。
俺にトムディを笑う事は……やっぱり、できない。
トムディは俺の言葉を聞いて、少し安心したようだった。俺にガッツポーズを見せると、今度は屈託の無い笑顔を向けた。
「ありがとう!! よーし、一緒に頑張ろうぜ!!」
「一緒には頑張れないが……まあ、お前も頑張れよ」
瞬間、トムディの表情が落胆のそれに包まれた。
「何でだよ!! 一緒に頑張りようがないだろ!?」
うーむ……仕方ない、何か使えそうな事をアドバイスしてやるか……と言っても、何をアドバイスすれば良いんだ……? そもそも、【ヒール】が出来ないというレベルの話ではなく、全く違う魔法が発現しているからなあ……。
「…………あー、魔力が分散しているから、トリガーになってる筈の部分が正しく機能してないんだよ。もっと丁寧に、決められた場所に魔力を流し込む必要がある」
「そ、そうかっ……!! それは試してみよう……!!」
急に真面目になって、魔法陣を書きながら顰め面をするトムディ。魔法陣にどのような意味があるのか詳しく理解出来ていない内は、何度も書きながら覚えるしかない……俺はその様子を眺めて、少し懐かしくなってしまった。
ぶつぶつと呟きながら、杖を使って地面に文字を書いては消す。そんなトムディを、俺は立ち上がり、上から見下ろした。
「…………ところで、トムディは何で聖職者になりたいと思うんだ?」
魔法の傾向から言うと、ヒーラーという感じでは無いしな。トムディは顔を上げて、俺に答えた。
「何故って、誰かを救えるじゃないか」
「まあ、そりゃ確かにそうなんだろうが……」
そんなの、当たり前と言ってしまえば当たり前だ。そういう職業なのだから。分かり易くて良いのかもしれないが……トムディは、笑った。
「まっ、僕は王子だし? 街の皆を護る事が、僕の勤めでもあるから? 別に聖職者じゃなくても良いかもしれないけどね?」
「自分で言うのか、それを……」
「……と言うのは半分冗談で。僕は、誰かがピンチになった時に、それを護れる人でありたいと思うんだ」
さっきから、すっかりスケゾーは黙ってしまっている。……寝ている訳ではない。話を聞いているのだ。
「得体の知れない誰かなんて、どうでもいいよ。父上がやっている事はすごいと思うけど、僕には街の皆を護るなんて大それたこと、出来ないと思うから」
「…………そうか」
「そうじゃなくても良いんだ。……僕は、英雄じゃなくても良いよ。大好きな何人かを一生懸命護れれば、それで良い」
その態度を、一途だと思う。だが、俺がそうだったように、多くの人間は気付かずに通り過ぎて行くんだろう。
外側の滑稽さや不格好さや、その他色々なモノに邪魔されて、本質が見えない。……トムディ本人が、そのひたむきさを隠している事も一つの障害かもしれないが。
だが、それは仕方ない。真っ向から立ち向かえば、周囲の人間は皆、諦めろと言うのだろうから。トムディは、自分の努力を人に見せず、誰にも認められない事と引き換えに、獲得したんだ。
誰にも邪魔されず、ただ努力する事の出来る環境を。
『トムディも、努力家なんだけどね……』
思えば、ルミルはトムディの事をよく理解していたのだろう。
…………俺も、理解しなければな。場所や環境が違うとはいえ、同じ穴のムジナだ。
認めて貰える人が居ない。その分だけ、トムディは俺よりも不遇な環境に居ると言える。その逆境に負けず、頑張っているのだから。
「…………ほんと、頑張れよな」
「おおっ…………アアァ――――!!」
瞬間、トムディの尻が浮いた。
「ああっ……!! トームデーィ!!」
慌てて空を飛び始めるトムディの腕を掴む俺。泣きながら俺の腕を掴むトムディ……しかし、よく浮く尻である。一体何がそうなっているのか、本当に理由を調べたくなって来たぞ。
さっきよりも魔力が集中している分、浮力が強い……!!
「くっ……魔法を解除しろ、トムディ!!」
「僕はもう駄目だァァ!! ここは僕に任せて先に行け!!」
「一体何を任せてどう先に行けば良いんだ!!」
今度は間違いなく、ふざけているだけである。……いや、魔法を使う所までは真面目にやっていたんだろうけども。
「いつまで、そんな遊びを続けるつもりだ」
声がして、俺とトムディは同時に振り返った。トムディは速やかに魔法を解除し、俺の腕を掴んで地面に戻った。
威厳のある声。それは、トムディを怯えさせるには充分な声量を伴っていた――……茶色の髪と髭。親子とは思えない程の、整った顔と身体。
「…………父上」
トムディの父親が現れた。父親は俺を見て、微笑を浮かべた。
「貴方は、昨日の」
「……あ、はい。先日は名乗りもせずにすいません。……グレンオード・バーンズキッドです」
「トムディの父親です。すいません、このバカ息子がお世話になって……」
父親の言葉に、トムディは憤慨しているようだった。……誰も居ないから、遠慮が無い。冗談を言う空気では無いと一目で分かる程に、トムディの態度は変わっていた。
「グレンに魔法を教えて貰っていたんだ!! 父上、帰ってくれよ!!」
「良いから、城に入りなさい。どうせ使えない魔法を覚えたって無駄だ」
前回もそうだったが、父親は有無を言わさない態度だな。トムディが怒るのも無理はないと思えてしまうが……分からない。トムディが向いていないと思われるのは仕方のない事だろうとも思えるし、俺が口を出せる立場でもない。
「お前も早く、城の仕事を覚えなさい。……いつになったら一人前になるんだ」
トムディの父親は少し、諦めに近い感情を覚えているように見えた。トムディは父親を、睨むように見詰めていた。
「ほら、城に入りなさい。これ以上旅の方にご迷惑をお掛けしないように」
それだけを言って、父親はトムディに背を向ける。
「フレディが、いるじゃないか」
その父親の足を、トムディの言葉が止めた。トムディは小憎たらしい笑みを浮かべて、父親を睨み付ける。その表情を見ることで、父親の反応が変わる。
……荒れそうだな。
「父上の大好きな、何でも出来る賢いフレディが居るじゃないか。僕なんて、もう居ても仕方無いだろ? 放っておいてくれよ」
「……お前は、何を卑屈な」
「僕は、冒険者になる!!」
杖を握り締めて、トムディは叫んだ。父親と真っ向から対立するように、肩幅程に足を開き、戦闘態勢を取る。
それは、トムディの強い意志の現れだ。……王様と王子の喧嘩なんて、あまり見たくないものだが。
「冒険者冒険者と言うが、お前に出来ると思うのか。……冒険者の仕事は命懸けだ。特にお前の目指す立場なら、尚更な。身を挺して、仲間を護らなければならない」
「そんなこと、分かってる!!」
「いや、お前は分かっていない。身の危険を感じても、逃げることが出来ないんだぞ。これまで逃げ続けて来たお前が、もしもそんな場で逃げたらどうする。仲間は全滅だ。お前のせいでな」
「僕は逃げない!!」
「お前には未来が視えていないんだ!!」
俺は城壁に凭れ掛かり、二人の様子を見ていた。割と温厚そうな父親が、珍しくトムディに激昂している――……一点張りで聞く耳を持たなかったトムディが、その態度に怖気付いたようで、少しだけ身を引いた。
…………トムディにとっては、辛い状況だな。
「今まで何か一つでも、長続きした事があったか!? お前がやりたいと言った事を、私は何でもさせてやった!! その結果がどうだ!? 何一つモノにならなかったじゃないか!! お前は逃げ続けて来たじゃないか!!」
トムディの目が潤んだ。歯を食い縛っていたが、父親の言葉に言い返す事は出来ないらしい。……本当なんだろうな。そうでなければ、こんなにやりたいと言っている事を否定されないだろうと思う。
「そんな装備を買えるほど、小遣いをやっていた事を後悔している位なんだ。いい加減に現実を見て、フレディを手伝え。……あれは頭が良い。お前を上手く使う事もやってのけるだろうと思う」
歯茎から血が出そうな程に。
「…………大丈夫さ。僕なら、できる」
トムディは、堪えていた。
「お前には根性が無いから無理だと言っているんだ!!」
トムディは上手く捕まらないように父親をすり抜けて、その場から逃げた。俺には目もくれず、一目散に街の方へと向かって走って行く。
「おい、トムディ!!」
父親はどうにかそれを捕まえようとしたが、一歩及ばなかった。背の小さなトムディは思いの外素早く、父親はその後姿を、黙って見詰めていた。
……………………。
やれやれ。家族事情になんか、首を突っ込みたくない。そろそろ『赤い甘味』に行かないとな。リーシュはもう、起きて向かっているかもしれない。
「申し訳ありません、変な所を見せてしまって」
不意に、父親が俺に話し掛けてきた。父親は苦笑して、俺を見ていた。
「あ、いえ。……何となく、気持ちも分かるので」
「もしトムディに魔法を教えているというのが本当なら、貴方からも言ってやって下さいませんか。……あれには、無理です」
どう答えたものか。……そりゃまあ、俺だって滅多な事は言えないが。
「…………まあ、本当に無理なのかどうかですね。そこに尽きると思いますよ」
それだけを父親に伝えて、俺は会釈してその場を離れた。
先に、『赤い甘味』に行くか。リーシュが居なければ、スケゾーに呼んで来て貰えば済む話だ。うっかり修道士の練習時間を過ぎてしまった、なんて事があれば、本当に無駄足になってしまうからな。
少し、駆け足で現地へと向かう。
「自分と重なりますか、ご主人」
肩のスケゾーが、そんな事を俺に言った。
どうだろう。俺には、努力を認めて貰えない人間ってのは、居なかったから――……同時に、親身になって俺の立場で物事を考えてくれる人間も、居なかった。
究極、トムディの気持ちってやつは、俺には分からない。
「さあな」
だから、俺はそれだけをスケゾーに伝えて、それで会話を終えた。
まあ、トムディのやる気が本当なら、こんな所でへばっている訳にもいかない。今は、放っておくべきだろう。
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