第8話 村長、そっちじゃない

 俺は、知った。


 村長は、頭の切れるアホだと。


「頼むっ……!! この通りだ!!」


 さて、セントラル・シティに傭兵登録をしている、所謂腕っ節に物を言わせる何でも屋――……又の名を『冒険者』と呼ばれる職業。危険な場所に行っては貴重な食材を手に入れたり、人を苦しめる邪悪な魔物を退治したりする連中が、一体どの程度の金額で仕事を引き受けるのかと、そういう話だ。

 当然、魔物を退治出来るだけの能力を備えた連中だ。生半可な努力では、剣士にも武闘家にも、当然魔導士にだって成れやしない。セントラル・シティはそういった連中を集めて管理する事で、同時に街の護衛もしているのだ。

 そうやって護衛をさせられない、資金力の無い村ってのは、やっぱり緊急時の貯金が必要になる。通常はそういった災害とも呼べる事態の為に、村は金を貯めておく。或いは、村の中から誰か一人でも、冒険者に成るだけの実力を備えた人間が出れば頼もしい。


 普通、やっている事だ。どこの村でも、当然のようにやっておくべき事。

 それを――――…………


「二十セルって……」


 重ねて言おう。今回出した俺の見積もり、『二百セル』は安い。普通は一案件で、三百や四百セルなど当たり前。自分の命を危険に晒して戦うのだから、一年生活出来る程度の金は貰って当然なのだ。

 セントラル・シティでは、ワンショットの案件にそんな多額の金を払っていられない為、年額幾らで冒険者を冒険させず、雇う事もある。セントラル護衛隊のことだ……ああ、確か最近名前が変わって、『治安保護隊員』とか呼ばれるようになったんだったか。まあどちらでも良いけど、それにしたって年額一千セルとか、まあ普通はその位の感度だ。


「確かに、俺の所にこういう仕事は来ないけど……足下見られてんなァ……」


 思わず、ぼやいてしまう俺だった。


「違うんだ、決して、君のことを馬鹿にしている訳じゃないんだ。村にも貯蓄が全然無くて……どうにか鮮度の良い魚を売り捌いて手に入ったお金が、それなんだよ。だが、頼みたい……!!」


 俺は、席を立った。

 ……せっかく足を運んだが、無駄に終わってしまったか。まあ、この可能性も考えなかった訳じゃない。俺の所に来る仕事なんて、大概は分が悪いものだろう――……という事は、何となく察しが付いていた。


「バーンズキッド君……!!」


 だが……ここまでコケにされるとは思っていなかったな。

 この男は、嘘を吐いている。そう察した俺は、村長を見下ろし、言った。


「話になるとかならないとか、そういう話じゃないな。……ひとつの村で、持ち出し可能な金が二十セルってことがあるか。ここの魚は、セントラル・シティではそこそこ出回っている。歓迎会の時に出て来た料理には、ここでは栽培されていない食物が混じっていた。……つまり、金無しで回ってる村って訳じゃないんだ、ここは」


 村長は苦い顔をして、口を噤んだ。……つまり、この一見優しそうな顔をしている男は、俺に冒険者やガードマンとしての仕事が入って来ないと知っていて、わざと話にならない金額を持ちかけて来たって事になる。

 ……少し、裏切られたような気分だった。二百は動かせない、そんな展開は予想していた。だが――……相場から考えて、有り得ないだろう、二十セルは。セントラル・シティに住んでいたとしたら、一ヶ月も生活出来ない金額だ。

 ろくに金の価値を知らないリーシュを使いに寄越したのも、そのせいなのでは。……悪い想像ばかりが浮かんで来る。


「本当にそこまで金が無いんだったら、いっそ支援に協力した方が良いんじゃないのか。確かに誰かは分からないけど、作物を求めて来るって事は、同時に護られるって事でもある。……生活は貧しいかもしれないが、まるきり悪い話とも思えないぜ」


 俺はそれだけを告げて、村長に背を向けた。

 ……やれやれ。まあ、貴重なカモーテルも採集出来たしな。これを薬にしてセントラルで売れば、この旅費くらいは出るだろう。スケゾーは妙にこの場所を気に入っているようだったが……まあ、金輪際だ。


 俺は部屋のドアノブに手を掛けた――……



「ちょっと、待ってくれ」



 不意に、呼び止められた。

 振り返ると、村長は俺の方を見ていなかった。何処か明後日の方向を見詰めて、ぼんやりとしている。


「確かに、君の読みは正しい。サウス・ノーブルヴィレッジは、完全な自給自足で生活している訳じゃない。セントラルとも交流があって、ある程度、お金で繋がっている――……『本来』は」

「…………本来?」


 なんだ。まるで、今まではお金があったけど、何らかの原因で無くなったみたいな話じゃないか。


「最悪の事があった時の為に、村の皆で相談して、貯金を使おうと話したんだ。……今後、今まで通り魚を売って行けば、少しずつお金は入ると思う。でも……今は、本当にお金が無いんだ」

「使い込んだって……ってことは、数十セルの単位じゃないんだろ? 最低でも数百セル、数千セルって事も……何に、そんなに使ったんだよ」


 村長はテーブルの上に肘を付いて、指を組んだ。

 な、何だ……!? 急に村長から、とてつもない凄味を感じる……村長の眼鏡がキラリと光り、まるで効果音でも聞こえて来そうな程に、圧力を放った。

 そして、村長は――――…………



「…………リーシュの、装備に」



 そう、言った。


 …………って、えっ?


 なんつった今、この人……リーシュの装備?


 …………ええと、装備って事はやっぱり、あの恐ろしく身体に不釣合いな剣と、身体に不釣合いな重い兜と、そもそも身体に不釣合いなビキニアーマー……

 思わず呆気に取られてしまったが、俺は村長の言葉を理解し――そして――気付いた。


 ビキニアーマーって、こいつの調達品かよ!?


「おっ……おい、村長、まさか…………」


 俺は半ば青褪めて、村長に聞いた。村長はむしろ清々しい程の笑顔で、苦笑していた。


「いや、セントラル・シティで一番優秀な防具を売っているお店に行ったら、やっぱり高くてねえ。そうしたら、その防具屋さんの一つ奥で、もっと良い装備売ってるって言うからさ、ラッキーだったよ」


 おかしいと思ったんだ、リーシュにビキニアーマーなんて。リーシュの趣味で買うとはやっぱり思えなかったし、剣だって重過ぎて、リーシュの腕力じゃ満足には振れていない様子だった。……あんな装備で、これまで戦って来たとはとても……


「あ、あれを一体いくらで……」

「占めて、千五百セルくらいだったかな!! ……でも、良いんだ。村の皆、リーシュを娘みたいなものだと思っているからね。せめて良い装備を手に入れて、万一村に何かがあっても生きて行けるようにって、そう考えたんだよ」


 拳が震える。


「本当は支援の事も、季節ごとの食物なんて大した問題じゃないんだ。これまでも皆、支え合って生きて来たし……問題は、『村で一番綺麗な処女』だよ。……リーシュは、そんな所に行っちゃいけない。だから、もし何かがあったら逃がすつもりで、精一杯の投資を、ね」


 俺は、知った。


 村長は――――ただのアホだ。


「バッ…………バカー!! 村長、あのな、ビキニアーマーってのは本当の防具ではなくて……いや、本当の防具もあるにはあるけど……その殆どは宴会とか、ちょっとアレな店で使われるものなんだよ!! プレートって言ったって、あんな素肌丸見えの装備で戦闘なんか出来る訳ないだろ!?」


 あまりのアホさに、敬語を使う事も忘れて真実を告げてしまった俺。村長はその言葉に目を丸くして、俺を見た。


「…………えっ? …………どういう事だい、つまり?」

「ええい、つまり、村長は騙されたんだよ!! ビキニアーマーの強い奴ってのは大体防御用に魔法が掛かってるけど、リーシュの奴にはそれもなかった!! どうせ防具のイロハなんて知らないと高を括られて、異様な高値を突き付けられた……ただの詐欺だ!!」


 その言葉を言い始めてから言い終わるまでに、村長の表情は目まぐるしく変化していった。最初は達成感に満ちた顔だったのに、段々と事情が分かるにつれて驚きの色に染まり、そして。


「――――――――ええエェェェッ!?」


 村長の家中に、情けない村長の声が木霊した。



 *



 さて、どうするべきだろうか。


 既に俺の目的は、達成されない事が分かってしまった。この村にもはや金はなく、セントラル・シティの――おそらく詐欺的な、行商人――に、本来俺が受け取るべき金は吸い取られた後だという事が判明した。

 堤防の上に立ち、腕を組んだまま海を見詰める。夜の海には、当然のように誰も居ない。リーシュも既に俺は眠ったと考え、自身の部屋で寝静まっている頃だろう。


「……ご主人、どうします?」


 俺の肩で、スケゾーがぽつりと呟いた。

 どうするってもなあ……。正直な所、こんなに面倒な事は勘弁願いたい。正直、村が誰かの手中に落ちようがどうなろうが、俺には何の関係もない。

 何の関係もないが、しかし…………このまま帰るだけってのも。どうにも収まりが付かずにいる。


「良い奴だったからなあ、村長……」


 リーシュは、そんな所に行っちゃいけない。だから、もし何かがあったら逃がすつもりで、精一杯の投資を。

 村長は、そう言っていた。恐らく、村の連中も同じことを考えたのだろう……俺とリーシュを執拗にくっつけようとしたのも、将来の幸せを願っての事なのだろうし。

 新米冒険者……見習いのリーシュには、仕事が来なかった。その事を、村の誰もが気にしていたのかもしれないのだ。


 不器用な奴等だと、思う。


 俺は堤防の上に、胡座をかいた。


「もう少し、様子を見てみるか。……スケゾー、お前はどう思う?」

「いや、オイラは別に。オイラが意見して、何がどうこうなる問題でもねーと思うんで……良いんじゃないっスか、ご主人の判断で」

「またお前は、いつも肝心な時だけ使い魔ヅラしやがって」

「オイラはいつも、ご主人の役に立つ優秀な使い魔じゃないっスか」

「……シャレコーベ被ってるからって、洒落が面白くなるとは限らねえんだぞ?」

「面白いかどうかは知らねーですが、ちょっとオシャレな洒落でしょ?」

「上手くねーよバーカ」

「ヘッヘッヘッ」


 俺とスケゾーは、互いに厭らしい笑みを浮かべて、笑い合った。


 …………が、直ぐに真面目に戻る。


 初めての仕事で、いきなりツケってのもやり辛い。……なら、可能性があるとしたら『投資』だ。……何に? この村が発展するのは、何かのヒントを得たとしても、良くて二、三年後だろう。悪ければ、俺が生きている内には開花しないかもしれない。売れるのは魚、それだけだ。特に、他に珍しい食材がある訳でもない。


 投資できるモンが、あるのか。……俺だって新米魔導士だ。ここは大人しく、サービスで戦いに参加するべきなのか。


 サービスって、何だ。……この依頼は、『戦闘の依頼』だ。俺は召喚された魔物と、どういう理由があれ、戦わなければならない。

 相手が強かったら、どうする。俺の力では、太刀打ち出来ない相手だったら……魔物は、人を殺す事に躊躇なんかしない。今は戦っていないから実感が無いかもしれないが、きっと相手を殴れば否応無しに気付くだろう。

 この長閑な空気は、戦地になれば一変するのだということに。


「でもね、ご主人。なんかオイラ、この一件には強い魔物が絡んでそうな気もするんスよねえ」

「お前も感じてたか。……あれだろ、リーシュが見せてくれた手紙」


 スケゾーは頷いて、俺の膝の上に座った。


「そりゃ、気付きますよ。『契約は絶対。さもなくば、死も厭わない』……生物の生き死にを直接決められる魔法陣っスからね。ご主人にも、オイラにも書けない……相当強い魔物ですよ。人間だとしても賢者クラスじゃないっスか」


 俺は、スケゾーの言葉に納得する。


「問題は、誰が何の為に、こんなちっさくてへんぴな村を支配下に置きたいか、だよな」

「そこなんスよねえ。……ずっと考えてるんですが、魔界にも思い当たるヤツが居なくてですね」

「だよなあ…………」


 仰向けに寝転がると、星は瞬いていた。

 セントラル・シティは夜も何かしらの明かりが点いていて、星が見難いものだが……ここは綺麗だな。


「ご主人、リーシュさんの事は良いんスか? なんも気にしてねーみたいですけど」


 む。まるで俺が、人でなしみたいな言い方だ。別に俺だって、あいつの事を欠片も考えていない訳じゃないぞ。頭の隅っこの方には、一応入っている。


 一応。


「別に連れて行かれたとしても、それで未来が暗くなるとは限らないだろ、今の段階では。もしかしたら良い場所かもしれないじゃねえか」

「……ま、確かにそうっスね」


 仰向けの状態で頭を上げると、空は下に、地面は上に見える。逆さまの民家を眺めていると、その向こう側に薄っすらと、明かりのようなものが見えた。

 ……何だ? あれは、村の入口の方だ。魔法による明かり……じゃない。煙が出ている。

 素早く起き上がり、遠方の事情を再確認した。


「……ご主人」

「ああ……どうやら、来たらしいな」


 きっかり五日。……まさか、夜の内に来るとは思わなかったが。

 支配者志望のお出ましって訳だ。



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